67 女体変化
岸に打ち上げられた僕は、突っ伏したまま波の音に包まれていた。ちゃぷちゃぷと水音がして、冷たい海の水が僕の体を洗う。凍るほど冷たい海水に体温が奪われていくけれど、はらわたが煮えくり返った今の僕には、それぐらいがちょうどいい。
「ち……く、しょうがぁぁぁっ!」
僕は渾身の力で砂をつかみ、ありったけの怨念を込めて声を上げた。
「人の心の奥底をほじくり返しやがって! どこの神だ!」
「やっほー!」
僕が呪詛を吐き続けているところへ、なんとも能天気な声がかけられた。その能天気さが癇に障る。腹立たしくて仕方なく、僕は岩を飛び越えつつやってきたミトをにらみつけた。
「おーい、無事かー」
「うるさい! 無事で悪いか!」
あまりに腹が立ち、僕は起き上がると同時につかんでいた砂をミトに投げつけた。
「わ、おい、やめろって……お? おぉぉぉっ!?」
「よけるな! 動くな! ちくしょうが、ちくしょうがぁ!」
僕は何度も砂をつかんではミトに投げつけた。腹が立って腹が立って仕方ない。十万年も昔のことを、記憶の奥底に沈めて忘れかけていたことを、揺り動かしてほじくり返したやつがいる。ふざけたことしやがって。こんなことができるの神だけだ。いつまでもやられっぱなしじゃないぞ。見てやがれ、草の根分けても探し出して、ぶち殺して、徹底的に食らってやる。
「ミト! 僕が海にいる間に神が来たんじゃないのか!?」
「え? あー、いや、直接は見てねえけど……」
「直接は? じゃあ心当たりあるんだな! 誰だ、言え!」
「あ、いや、その、なんだな……」
ミトの歯切れが悪い。なんだ、何があったんだ? ひょっとしてこいつ、僕が海にいる間に神と戦ったりしたのだろうか。
「どうした? なんか変だぞ?」
僕が首をかしげて尋ねると、ミトが「お、おう……」とまたもや歯切れの悪い返事をした。
じろじろと、なんだか変な目で僕を見ているし。なんだよ一体。
「い、いや、なんというか……」
ミトがゴクリと息を呑み、僕を指差した。
「これまた、萌え萌えに色っぽくおなりで……」
「あ?」
何言ってんだこいつ。寒い中待たせたから、風邪でも引いたのか? 仕方ない、はらわたはまだ煮えくり返ってるけど、とりあえず温かいところに移動してからにするか。
そう思い、僕は立ち上がろうとして。
ぼよん、と揺れる違和感を感じた。
「……ん?」
恐る恐る違和感の正体を確かめた。
首のすぐ下、つまり胸。
なだらかな平原だったはずなのに、小高い二つの丘が生まれていた。
「……は?」
さすがの僕も思考が止まる。試しに揺らしてみたら、ぼよん、ぼよん、という感じで揺れ、それを見たミトが「おおう」なんて声を上げていた。
僕は、そっと股間に手を当ててみた。上からだと胸が邪魔で見えないのだ。案の定というか、予想通りというか、そこについていたはずのものが、きれいさっぱりなくなっていた。
「お前……女を食ったから……女になったわけ?」
「んなわけあるか!」
男であれ女であれ、これまで散々食ってきた。しかし一度たりとも体が変化したことはない。食事のたびに性別が変わったら大事じゃないか。
いや、違う。
ついさっき、海に飛び込んできた裸の女を食べるとき、僕は一つ試してみた。
ホモ・サピエンスの脳を手に入れる。
幸い女の脳は傷ひとつついていなかった。これを手に入れたらホモ・サピエンスの思考力が手に入れられるのではないか。僕はそう考え、脳という臓器を傷つけないよう食らい、取り込んだ。
「え、まじ?」
ひょっとして僕、やっちまった?
呆然としてミトを見ると、ミトは鼻の下を伸ばした、情けないほど嫌らしい顔をして僕を見ていた。
「なあ、ムラムラしてきたから、襲っていい?」
「やかましい! いいからその手に持ってる服をよこせ!」




