4 裏切り
「あなたと組んで、私に何の利益があるの?」
彼女は抗議した私を鼻で笑うと、手元のパソコンを操作しメモリースティックを投げて返した。
「ほら、返してあげるわ。言っとくけど、そのデータは私とあなたの共有物。私は私で利用させてもらうから」
約束が違う。
そう抗議する私に、彼女は「頭の悪い人ね」とうんざりした表情を浮かべた。
「データはしょせんデータ。そこから何を導き出すかが重要。あなたにはその知性がないの」
だから彼女は、私ではなく、別の男と組んだ。教授の覚えめでたい、まもなく准教授の座に着くと言われているあの男と。その条件として、男の一夜のお相手となって。
「真面目にやったってね、万年ポスドクのあなたとなら無駄なの。もっと効率的にやらないとね」
彼女は「体で買えるなら買ってやるわ」と言い捨てると、机の上にあった紙の束を私の足元に投げ捨てた。
「そのゴミ、処分しておいてね」
「こ、これは、俺が書いた……」
「そ、ゴミみたいな論文。私には価値がないから、あげるわ」
「ご、ゴミだと!?」
この論文を書くために、私は生活の全てを捧げ、全身全霊を打ち込んだ。私の研究内容を知り、近づいてきたのは彼女の方だった。
私も協力するから一緒に頑張りましょう。
そう言ってくれた彼女に報いるためにも、私はそれまで以上に研究に打ち込み、ようやく論文として形になったところだった。
「まったく、あんたなんかに付き合って無駄な時間を過ごしたわ」
部屋を出る直前、彼女は小馬鹿にした口調で告げた。
「真面目にがんばるしか能のない人は、しょせんその程度よね。ゴミに必死にたかるあなた、まるでウジムシよ」
「き、貴様ぁっ!」
気がつけば彼女に殴りかかっていた。
殺してやる、と叫びながら彼女を幾度も殴りつけ、駆けつけた研究室の仲間に取り押さえられた。
「ちくしょう……ちくしょう……」
傷害罪で訴えられ執行猶予付きの有罪判決、研究室は出入禁止となり、職も失った。これまで必死で集めたデータも、書き溜めた論文も、彼女の共同名義となっていたものは持ち出すことは許されなかった。
「ちくしょう……ちくしょう……」
あの女を殺せるのなら、悪魔とだって契約してやる。そんなふうに思い、憎んで憎んで憎み抜いた。
裁判では洗いざらいぶちまけてやった。だがそれは逆上した私が捏造した話とされた。彼女は研究成果を盗まれそうになった被害者を演じ切り、私の研究成果を根こそぎ奪った。
そして、体を売ってつかんだチャンスを生かしてポストを得た。
「な、なんだこれは……」
有罪判決後、彼女が書いたという論文を手に入れ、私は愕然とした。
ゴミみたいな論文。彼女がそう評したはずの論文が、ほとんどそのまま載っていた。