48 別離
神子は己の全てを神に捧げることを誓った者であり、神の寵愛を受けるのは喜びでこそあれ、泣いて拒絶するようなことは決してない。
あってはいけない。
「……か、えで……」
三体の神に蹂躙され、息も絶え絶えの僕の横で、隼人が土下座するような格好で慟哭していた。
ああ、全部見られちゃった。
神は隼人たちが退室することを許さなかった。隼人や領主を始め十数名が見ている前で、神は代わる代わる僕を嬲り者にした。
悲しくて悲しくて、だからこそ僕は泣けなかった。突っ伏している隼人の頭をそっと撫で、僕は笑顔を浮かべた。
「神様……僕を気に入ってくれたみたい。神子としての務め……ちゃんと果たせた……かな?」
やっと絞り出した声に、隼人はガバリと顔を上げた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔だった。何てひどい顔をしているんだろう、次期領主様として情けないじゃないか。
「楓……俺は、俺は……」
「君が治めるこの町に……恵みがありますよう……神子として、務めを果たせたのなら……」
よかったんだけど。
そう言い終わる前に、僕の意識は途切れた。
なにせ三体の神を相手にしたのだ、生きているだけで奇跡だった。神の相手をするというのは、その莫大なエネルギーを受け入れながら、命を吸い取られるということ。相手が強い神なら、受け入れることすらできず身も心も粉々にされる神子もいる。最後まで意識を保って相手を務め切る、それだけで神が満足するのに値するはずだ。
「起きた?」
次に目が覚めたとき、僕は随分立派な部屋にいて、豪華な寝台の上に寝そべっていた。傍にいたのは桔梗で、僕が視線を向けるとホッとした表情を浮かべた。
「ここ……どこ?」
「神殿よ。神子の部屋」
そんな部屋があったんだ、と僕はぼんやりした意識の片隅で思った。
「隼人は?」
「……うちに連れ帰った。ひどい有様だったし」
「そっか」
「会いたい? だったら明日にでも連れてくるけど」
「……いい」
もう、二度と会わない。
僕がそう言うと、桔梗は目を見開いた。だけど「どうして?」とは聞かず、黙ってうなずくと、これからのことを話してくれた。
今後、僕は正式に神子として神殿の主となる。世の中に神子は幾人もいるけれど、実際に神を受け入れた神子はほんの一部。僕はそのほんの一部の一人として、町の繁栄を祈り、神の恵みを受ける神子として崇められることになった。
神子の権力は絶大だ。神との橋渡し役として、時には領主をしのぐ発言力を持つ。特に神官に対しては僕の言葉は絶対で、これまで僕を虐げていた神官が、こぞって桔梗にとりなしを頼んでいるという。
「あなたがその気になれば、死を命じることもできるわ」
「……いいよ、めんどくさい」
そして僕を蹂躙した神は、僕とこの町に恵みを与えることを約束し、すでに町を去った。でも僕はもうあの三体の神のものだから、神がまた町に姿を見せたら、お相手を務めなければならない。
「とはいえ、神が同じ人の前に現れた、という話は聞かないわね」
「そう」
神に全てを捧げ、神の相手をするためだけに存在する神子。それなのに、もう二度と神には会えないらしい。
「……結局僕は、これからも何もせず大人しくしてろ、てことなんだね」
「そうなるわね」
桔梗は事務的に淡々と答えた。
「それでも、これから神殿はあなたを中心に回るわ。あなたが否といえば否、諾といえば諾よ。私はもちろん、隼人も領主様も、あなたが神の名を出せば逆らえない」
「そっか。じゃ、さっそく命令しようかな」
「……なに?」
桔梗の声が硬くなった。きっと、僕が何を命じるかわかっているのだろう。
「君と隼人は、二度と僕の前に現れないで」
「……わかったわ」
「それと、二人で幸せな家庭を築くこと。次期領主の隼人を、しっかり支えてあげて」
「……承知しました、神子様」
僕と桔梗のお別れは、それで終わった。部屋を出て行く桔梗を見送ると、入れ替わりにお付きの神官が入ってきたけれど、今は誰とも話をしたくなかった。
「神子様、あの、何かお持ちしましょうか?」
神官が恐る恐る声をかけてきた。その瞬間、「黙れ、その場で死ね」と叫びたい衝動が生まれた。それをかろうじてこらえると、僕は首を左右に振った。
「……出て行って。僕が呼ぶまで、何があっても入ってこないで」
「は? ですが、あの……」
「頼むよ。そうでないと、僕は、全員に死ねと命じてしまいそうなんだよ」
僕の言葉に神官は息を呑み、一礼して慌てて部屋を出て行った。
ああ、とうとう一人になっちゃった。
僕は目を閉じ、頭まで毛布にくるまった。
僕は神の物になった。神の力を受け入れた僕は、もう普通の人ではない。人としての生は終わった。神子として祭り上げられ、隔離され、何をすることもなくただ時を過ごし、朽ち果てていくのを待つ。それがこれからの僕の使命だ。
「なんだよ……なんなんだよ。僕は、何のために生まれてきたんだよ……」
僕のつぶやきに答えるように、カコン、カコン、と音が聞こえた。
ああ、やっぱりこの音は聞こえるのか、と僕は涙を流した。
カコン、カコン、と音が続く。その音に合わせて、体の奥で力が生まれ、神に吸い尽くされた僕の命がふさがっていく。
「もう……やだよぉ……」
お願いだから、このまま死なせて欲しい。
叶わぬ望みを抱きながら、僕は毛布にくるまって、大声で泣いた。




