43 鼓動
カコン、カコン、と規則正し乾いた音が聞こえてきた。
暗い部屋の中、一人で膝を抱えていると、どこからともなくその音が聞こえてくる。それはもうずっと昔からで、一人になると必ず聞こえてくる音だった。
「いつっ……」
身じろぎしたら、殴られたところがズキズキと痛んだ。隼人に連れられて町に戻ったのは日が暮れる少し前。町の入口で待ち構えていた兵士に捉えられた僕は、まるで罪人のように縄をかけられて領主の館へ連行された。
「そのまま死んでしまえばよかったものを」
引きずられてきた僕を見て、領主は吐き捨てるように言い、持っていた木の棒で僕を強かに打った。何度も何度も打ち据えられ、泣いて許しを請うた僕を、領主は館から蹴り出して門を閉じた。
それから、どうやってここまで来たのか覚えていない。気がついたら神殿の片隅にあるこの部屋の隅で、膝を抱えて丸まっていた。
隼人、無事かな。
連れて行かれる僕を守ろうと隼人は必死で追いすがってくれたけれど、多勢に無勢、取り押さえられどこかへ連れて行かれた。だけど、僕と違って隼人は次期領主だ、そんなにひどい目には合っていないだろう。
カコン、カコン、と音が響く。
この音は一体なんだろうか。物心ついたときから、ずっと聞こえ続けている音。隼人にも桔梗にも聞こえないらしく、こんなにはっきりと聞こえるのにどうして二人には聞こえないのか、不思議で仕方なかった。
この音を怖いと思ったことは一度もない。むしろ、懐かしくて、何だか安心できるような気さえする。規則正しく、いつも一定で、まるで鼓動のように思えた。
鼓動。
そうだ、これは鼓動だ。
僕は昨夜のことを思い出した。隼人に抱きしめられ、温もりと力強い鼓動に包まれて眠った。幸せで、ずっとこのままでいたいと心の底から願った。
トクトクと、優しくて力強い隼人の鼓動。
それに比べると、今聞こえている音は何の感情もない乾いた音だった。
これは、ひょっとして僕の鼓動なのだろうか。
いまさらながら僕はそう思い至った。
だとしたら、隼人や桔梗に聞こえないわけだ。他人の鼓動なんて、胸に耳を押し当て、聞こうとして初めて聞こえる。外から聞こえてくると音だと思って耳をすませたって聞こえるわけがない。
カコン、カコン、と乾いた音が続く。
無機質で、力のない、まるで人形の心臓のような、そんな音。これが僕の鼓動ならば、僕は本当は人形なのではないだろうか。
「……そうか、だから僕、死なないのか」
水に飛び込んでも、棒で打たれても、縄で縛られて町の中を引きずり回されても。
それだけじゃない。
矢で胸を射抜かれても、剣で切られても、何人もの男に殴り倒されても。
僕は死ななかった。致命傷を負い、瀕死の重傷を負い、ろくに手当てもされず放置されたのに、僕は命を取り留めて生きてきた。
──そう、僕は死なない。
僕の中にいる、別の僕が囁いた。
領主に渾身の力で打たれ、粉々に折れたはずの僕の腕が、カコン、カコンと音がするたびに、くっついて、元に戻り始めた。
音は続く。
カコン、カコン、と音が続く。
その音がするたびに、僕の腕が復元されていく。
治癒ではなく、復元。カコン、カコン、と脈打つたびに、僕の腕が元通りになっていく。僕の体の一番奥から何かが溢れ出し、それが僕の壊れたところを塞いでいく。
カコン、カコンと。
カコン、カコンと。
夜が更け、誰もが寝静まった頃、僕の体はほぼ復元を終えていた。
──いい加減、認めたら?
僕の中にいる、別の僕がまた囁く。
認めたくない。僕は僕だ、僕は人形じゃない。人だ。人なんだ。
人でいたい。
何度も何度もそう言い聞かせて、別の僕を押し込んだ。
もう痛みはない。
僕はホッと息をついて、また膝を抱えて目を閉じた。




