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小人族御伽草子 呪いの珍皇子  作者: おかやす
第3章 楓機構
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40 隼人

 今朝のことだった。

 空が白み始めたばかりの頃に、僕は神殿を出た。ふらふらと、おぼつかない足取りで歩き続け、そのまま町を出て東の森に入っていった。

 夢の中を歩いているような気分だった。どうして歩いているのかさっぱりわからない。

 僕は森の奥へ進んだ。やがて道が途切れ、獣道へ入り、森の最奧にある泉を超えて、人が立ち入ってはならぬとされている禁域にまで踏み込んだ。

 その禁域に入ってすぐ、流れが急で深い川があった。

 その川は、人の世界と禁域を隔てる境界線。

 僕は川の岸辺に長い時間立ち尽くしていた。もしもすぐに飛び込んでいたら、隼人が追いつくことはなく、僕は今頃、川の底で息絶えていただろう。

 死ねと言われた。

 滅びろと言われた。

 抗っても抗っても声は消えず、やがて僕の意識がすり減った。死ぬのは嫌だった。怖かった。だけど執拗に続く声は死への恐怖すらすり減らし、僕はとうとう川へ飛び込んだ。


 ──途切れ途切れの記憶と隼人の言葉から、今朝から僕が取っていた行動はそんな感じだったと知った。


 「どうして、こんなことをした」


 禁域の入口にある監視小屋まで連れ戻され、僕は隼人に詰問された。

 だけど、まるで覚えていなくて、答えようがなかった。「わからない」と答えたら、隼人は「答えたくないか」と諦めたようにつぶやき、大きく嘆息した。


 ガタガタと、小屋の入口が鳴った。


 誰か来たのかとビクリとしたけど、風が強くなっただけだった。日はだいぶ傾いていて、今から町へ戻ったとしても途中で日が沈んでしまうだろう。ろくな武器も持たずに真夜中の森を行くのは、獣たちに餌にしてくれと言っているようなものだ。今夜はここに泊まり、明日、日が昇ってから帰るしかない。


 「冷えてきたな」


 隼人が静かな口調で言った。

 ぶるり、と寒さに体が震えた。ずぶ濡れになった服は脱ぎ、代わりに小屋に置かれていた毛布を巻きつけていた。日が傾くにつれ温度が急激に下がっている。こんな小さな火では小屋の中を温めることはできず、このままでは凍えてしまいそうだった。


 「楓、こっちに来い」


 隼人の呼びかけに、僕はビクリと震えた。寒さと、寒さではない別のものに震えながら僕は首を振った。「いいから来い」と言われ、それでも首を振って拒否すると、隼人が大げさにため息をついて立ち上がった。

 うつむいて、震えながら膝を抱えていた僕の隣に、どしん、と隼人が腰を下ろした。


 「このままじゃ、凍えて死ぬ」

 「で、でも……」

 「四の五の言うな。さすがにこの寒さはまずい」


 隼人は強引に僕を抱き寄せた。僕が激しく首を振ってもお構いなし。まとっていた毛布を剥ぎ取られ、何一つ身につけていない体で、隼人がまとう毛布の中に包み込まれた。

 大きくて頑丈で、分厚い筋肉と多めの体毛に包まれた隼人の体。その体と肌を合わせていると温もりが伝わってきて、僕の震えが止まった。


 「オヤジに、何か言われたか?」


 僕は黙ってうなずいた。首を振ったところで、きっと隼人にはバレている。


 「俺も言われたよ。桔梗と結婚するんだから、お前とはもう会うな、てな」

 「……うん」

 「桔梗は、かまわない、と言ってるんだがな」


 隼人が僕を抱きしめた。力強くて、でもとても優しい抱擁。だめなのに、許されないのに、その抱擁が嬉しくて、僕は分厚い隼人の胸に顔を埋めた。


 「だめだよ……僕は、男だよ」

 「世嗣ぎ争いをしなくて済むから、その方がいいとさ」

 「……桔梗らしいね」


 きれいで強くて頼もしい、誰もが認めるお姫様。その強さが、僕はとても羨ましい。


 「でも、だめだよ……君は次の領主になるんだよ」


 町で誰よりも強い男だからこそ、隼人の血を引く強い子が生まれることを誰もが望んでいた。それができるのは僕ではなく桔梗。どうがんばったって、男の僕に隼人の子は産めない。それができるのなら、僕の立場ももう少し違ったものになっていたはずだ。


 「僕は、もう隼人の近くにいちゃだめなんだよ……」

 「だからって……死ぬんじゃない」


 隼人が僕を強く抱きしめた。骨が折れるんじゃないかと思った。その力強さに、僕は隼人が本気で怒っているんだ、てことを改めて思い知らされた。

 隼人が、僕の顔を強引に上に向かせた。


 「だ、だめ……だめだってば……」

 「黙ってろ」


 僕の唇に、隼人の唇が重なった。逃れようと必死で押し返したけれど、華奢な僕が全力を出したってビクともしなかった。


 ──滅びよ、お前は存在してはならぬ。


 そんな声がどこからか聞こえてきた。けれどそれは、隼人の力強い優しさにかき消されてしまった。


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