37 東京へ
「そういや、一つ気になってたんだが」
ホームの隅で東京行きの新幹線を待っていると、ミトが不意に尋ねた。
「なに?」
「お前、あの兄貴が『論文はどこだ』て聞いた時にびっくりしてたろ?」
「ああ」
僕は軽く肩をすくめた。
「あれ実は僕が仕込んでたんだよ」
あの夜、兄に神社へ向かった僕たちを追わせたのは僕の計画だ。兄を食った時に、ちょいと仕込んでおいたのだ。
「僕の質問に、『お前は奏と組んで私を追い出そうとしているんじゃないか』て言わせる予定だったんだけどねえ」
それを聞いた奏が「違う」と叫び、「私が愛しているの兄さんだけよ」とでも言わせれば、心に穴が開く。そこから奏の全部をほじくり出せば茶番は終わり、あとはちょいと心を食って立ち去ろうと思っていた。そのために奏が打ち付けた藁人形の回収を買って出たのだが、予定が大きく狂った。
「まさか呪いが跳ね返されるとはね。妹の呪いがかかってた、ていうのもあるけど、あの人は、宮田祐一の論文が気がかりで仕方なかったみたいだ」
「……ほう」
「ちょっと興味出てきちゃっただろ?」
特に考えなしに名乗った「宮田」の姓だが、思わぬところで効果を発揮した。
宮田祐一。僕が食った、しがないポスドクの成れの果て。だが彼の書いた論文を気鋭の若手学者も気にしていた。ゴミの山と言われた論文が、本当にゴミなのかどうか確かめる必要がありそうだ。
「祐一さんは素粒子を研究していた。きっとその論文も素粒子に関してだ」
俺はいつか大統一理論の完成に貢献したい。
茶飲話でそんなことを言っていた祐一さん。宇宙にある『力』がどのように生まれているか、それを解き明かすのに素粒子の研究は欠かせない。それがわかれば、僕は『神』を倒せるかもしれない。
「でも捨てられたんだろ、その論文」
「そう聞いてる。でも、持ってる可能性がある人が一人いるだろ?」
「ああ、そゆこと」
神崎詩織。
宮田祐一から研究成果を奪い、奏の兄に体と引き換えに論文を書かせた女。祐一さんの論文をゴミと称して捨てたみたいだが、ひょっとしたらどこかにコピーを持っているかもしれない。
「それで、行くのは東京でいいのか?」
「ああ」
僕はポケットから小さな手帳を取り出した。それは奏さんの兄さんの手帳で、関係者の連絡先がすべて書かれていた。
「慎重な人だよね。携帯で済むものを、すべて書き写していた。神崎詩織の連絡先も書いてある」
「なるほど、つまりカチコミってわけだな」
「やだなあ、一ファンとしてサインもらいに行くだけだよ」
「どうだか」
まあ、相手の出方次第で殴り合いになるかもしれないけれど。それはそれで構わない。
「妹の話じゃ、学者としては失格の人みたいだ。どんなツラして研究者やってるのか、ぜひ会ってみたい」
「やっぱお前、性格悪いなあ」
「ほっとけ」
僕がククッと笑うと、ミトが肩をすくめた。
駅員のアナウンスが鳴り響き、まもなく東京行きの新幹線が到着することを告げた。一分とせずに到着を告げる音楽が鳴り、世界に誇る高速鉄道が駅に滑り込んでくる。
「行こうか」
「おうよ」
僕はミトをお供に、東京行きの新幹線に乗り込んだ。




