28 問答
ザァッ、と音がして記憶が扉の向こうに消えた。
ひどい耳鳴りがして、全身から冷や汗が流れ出た。震えながら顔を上げると、私の肩を掴んだ兄さんがのぞき込んでいて、何かを必死で呼びかけていた。
「いや……いや、離して……」
全身に悪寒が走る。足が痛む。下半身がしびれる。とっさに逃れようとした私を、兄さんの両腕がしっかりと抱き締めた。
「奏、私だ。大丈夫か?」
「に……兄さん……」
キリキリと音がした。両手で顔を挟まれて、兄さんの目が私をのぞき込むと、その音がさらに大きくなった。
「落ち着きなさい。大丈夫、もう大丈夫だ」
兄さんは私を抱きしめて、何度も撫でてくれた。
頭を、背中を、肩を、両腕を、そして両手を。
撫でられるたびに感じた悪寒は、次第に感じなくなった。過呼吸状態で短くなっていた呼吸も、兄さんに言われるままに深呼吸して整えた。ぼやけていた意識がやっとクリアになり、私は自分がどこにいるのかを思い出した。
「兄さん……あの、わ、私……」
「お説教は、家に帰ってからだ」
兄さんは立ち上がると、神社へと続く階段の方を睨みつけた。
「さて、宮田くん。こんな真夜中に妹を連れ出して、何をする気だったのか聞かせてもらおうか」
ハッとして兄さんの視線の先を見ると、月の光の中に立つ零が見えた。
冷え冷えとした笑顔を浮かべ、手には朽ちかけた藁人形を持ち、ただ静かにこちらを見ていた。
「わかっているのかね。これは、誘拐未遂と言ってもいいのだよ?」
静かな怒りを含んだ兄さんの言葉に、零はククッと笑った。
「何がおかしい?」
「玄関を出る前からずっと見ていたくせに、と思っただけですよ」
え? と思って私は兄さんを見上げた。後ろ姿だから顔が見えない。だけど兄さんは零に何も言い返さなかった。
「まあ、いいですけどね」
「……君の目的はなんだ。なぜ奏に近づいた?」
「その質問に答える前に、一つだけ確認したいんですけど」
「何かね?」
「あなたと奏さん、実の兄妹ですか? それとも血の繋がらない兄妹ですか?」
「……何を聞いているんだ、君は。個人情報だ」
「答えてくださいよ」
「断る。答える義務はない」
「そうですか」
零は肩をすくめると、手に持っていた藁人形を人差し指の先でくるくると回し出した。
「では実の兄妹ということで。まあ、義理の兄妹だなんて思ってませんけどね」
「そんなことより、私の質問に答えたまえ!」
「別に何をする気もありませんでしたよ。ただの散歩です」
「こんな時間に散歩なんて、非常識ではないか!」
「学生が夜遊びするなんて、普通だと思いますけどねえ」
藁人形がくるくる回る。それを見て兄さんがイライラと足を動かす。
「まあ心配なさらず。僕、妹さんには興味ありません」
「……そういうことを聞いているんじゃない」
「そうですか? とても可愛がってる妹さんが、夜中に他の男と外出したから、嫉妬に駆られて追いかけてきたんだと思いましたけど」
ザァッ、と耳鳴りがする。零が憐れむように笑って私を見る。
いやだ、お願い……それ以上は言わないで……そんな目で見ないで……
「……貴様」
「そんなに怒らないでくださいよ。僕、その件については興味ないですから」
零が藁人形を回すのをやめた。
「でも、早間准教授。あなたが本当に聞きたいのは、それじゃないでしょ?」
ピタリ、と兄さんの足が止まった。
「さあ、どうぞお尋ねください。嘘偽りなくお答えしますよ、准教授」




