1 白峰神宮
「それで、次はどこへ行くの?」
白峰神宮の参拝を終え、鳥居を出てスマホを見ていると、隣に立った少女……のような男が、私を見上げながら微笑んだ。
「え、あ、ああ……」
私が首をかしげると、彼はククッと楽しそうに笑った。
ストレートのショートヘア、小顔でぱっちりとしたやや釣り目。その可愛らしい顔が、身長百九十センチの私の胸元あたりにある。少し大きめのリュックを背負い、デニム生地のキャップ、白いパーカー、Gパン、スニーカーとボーイッシュな格好で、気軽な一人旅、という感じだ。
いや、男なのだから、ボーイッシュと言うのは変か。
「次、て……」
「やだなあ、行き先同じなら一緒に行こう、て誘ってくれたじゃないですか」
口調こそ男っぽいが、声は完全に少女のそれだった。対して私は、筋肉の塊みたいな大きな体に低い声。しかももう三十半ばだ。知らない人が見たら、まさに美少女と野獣に見えるだろう。
「ああ……そうだった、な」
私は頭をかきつつ、さてどうしたものか、と考えた。
これといって目的のない、気晴らしを兼ねた旅行だった。ただ、東京から途中下車しつつつ京都まで来て、一人でぶらぶらしているうちにだんだん退屈になってきた。
誰でもいいからちょっと話し相手になってくれないかな。
そんな風に思いながら白峰神宮を参拝していると、彼が──そのときは女の子だと思っていた──が、ベンチでへたり込んでいるのを見かけ、「大丈夫か?」と声をかけた。
「ああ、すいません。ちょっとめまいがして……」
軽い熱中症かも、と言うので、持っていたペットボトルのお茶を差し出した。彼は礼を言ってそれを受け取り、あっという間にお茶を飲み干した。
一人旅だと言うので放っておくこともできず、そのまま話し込んだ。すると、次の目的地が私と同じ香川だとわかった。一緒に行こうというのは半分社交辞令だったが、どうやら本気にされたようだ。まあ、話し相手のない一人旅も少々飽きていた。二、三日一緒に行動するのも悪くないだろう。
「六時台の電車に乗れば、高松まで行けるんですよね」
「そうだな」
目的地へ行くことではなく、旅をすること自体が目的だ。新幹線や特急などに乗るつもりはなく、のんびりと在来線に揺られて行くつもりだった。一応、もう一本後の電車が最終だが、最終電車は意外と混むので避けたかった。
「で、今が一時半。四時間以上ありますけど、どうします?」
「まずは昼飯だな」
ここから東へ歩いていけば同志社大学がある。そこの学食でお昼を食べる予定だと言うと、彼は「それはいいアイデアですね」と笑った。
しかしまあ、可愛らしい笑顔である。本当にこいつは男なのだろうか。
「助けてくれたお礼もあるし。お昼は僕がおごりますよ」
「いいってそんなの」
たかがペットボトル一本だ、大した値段じゃない。
「それよりもしっかり食って、倒れないようにしろよ」
「はい、そうします」
「じゃ、行こうか」
そう言って、私はふとまだ彼の名を聞いていないことを思い出した。
「零ですよ。あなたは?」
「ああ、祐一だ。よろしくな」
彼が苗字を名乗らなかったので、私も名だけを教えた。彼は「それではよろしく、祐一さん」と笑うと、私との距離を半歩詰め、並んで歩き始めた。