17 神様の倒し方
目が覚めたらベッドの上だった。
大きなベッドの上で、裸にもされず、服を着たまま寝転んでいた。
「ミト」
僕は隣に座って本を読んでいる男に声をかけた。彼の本名ミトロヴィッチは長すぎるので、縮めてミトと呼ぶことにしていた。
「ラブホテルに連れ込んだのなら、気を失っている間に犯すのが礼儀ってもんだろ?」
「あほかお前は」
「もう、いつになったら君は僕を抱いてくれるのかなぁ」
ぼやきながら僕は体を起こした。へし折られた首がぐらりと落ち、視界が上下逆さまになった。
「ああもう、せめてくっつけといてよね」
僕が落ちた首を拾いつつ文句を言うと、ミトは「そいつはすまなかった」と瞬間接着剤を渡してくれた。
「扱いがぞんざいすぎないか?」
使うけどさ。これよくくっつくんだよね。人間も大したものだ。
「それで、どこで何してたんだ?」
「えー、もうだいたいわかってるんでしょ?」
「いいから言え」
めんどくさいなあ、と思ったが仕方ない。僕は接着剤を割れ目につけて首を置くと、乾くまで支えている間の暇つぶしに、神々にコテンパンにされて堕ちた後、祐一さんに出会ってから今までのことを話した。
「……つまり、京都で藁をも掴む思いで声をかけたら高松へ行く人だったから、ちょいと記憶をいじって坂出へ一緒に行った、ということか?」
「そ。一人じゃ行けなかったからね。取り憑かせてもらった」
ちょっと心を探ってみたら、僕好みの憎しみを抱えていた。なかなかに熟成されていた憎しみは、食らえば滅びる寸前だった僕に力を与えてくれそうだった。
だから、心の奥で凍結されていた憎しみを散々に揺り動かし、ぐつぐつと煮えたぎらせてから食らった。やっぱり憎しみはアツアツじゃないとね。
「なかなかに美味だったけど、物足りない」
「それで首塚にも出向いたのか」
「まあね」
ああ、そういえば将門の怨念を食い損ねたな、と思った。あれを食ったらすぐに回復するのに、ミトに邪魔をされてしまった。
「さて、食っても回復するかどうか」
ミトはそう言って、僕に小瓶を渡した。
「なにこれ……神社応援?」
「お前がなかなか来ないから、神田神社のあたりぶらついてたんだよ」
平将門の首塚から徒歩と電車で二、三十分、御茶ノ水の地に神田神社がある。平将門はそこに祀られているが、その神社の売店で売っているのがこの「神社応援」だそうだ。
「攻めた神社だねえ」
神田神社には平将門が祀られている。だが当の神社がこんなものを売っていたら、平将門も脱力して怨霊なんかバカバカしくてやってられないかもしれない。かしこまって祀るよりよっぽど怨霊を鎮める、現代ならではの鎮魂ではないだろうか。
「ま、秋葉原電脳街が氏子らしいからな。アニメキャラのお守りもあったぜ」
「……それ、いいのかい?」
「この国は八百万の神がいるんだろ? 二次元の神もわんさといるさ」
「うーん、ホントに攻めてるねえ」
観光対策もあるんだろうよ、とミトは言うと、読んでいた本を閉じて僕に示した。
「それで、この本は何なんだ?」
「ん? 物理学の本だよ」
「こんな本どうするんだ?」
「勉強するんだよ」
僕はそっと頭から手を離した。うん、うまくくっついた。一晩もすれば馴染んで一体化するだろう。
「この十万年、神々との戦いには負けっぱなし。だけどね、僕はついに神々を倒す方法を見つけたよ」
「その言葉を聞くのは一億回目ぐらいか?」
「知らないよ。いいから聞けって」
僕は転がっていた神社応援の瓶を手に取り、蓋を開けて口をつけた。うん、生姜風味が強めの、まごうことなきジンジャーエールだ。
「神々の力の根源……祈りってのを、物理学で解明したら無敵だと思わないか?」
何を言ってるんだ、こいつ?
そんな顔のミトを横目に見ながら、僕はジンジャーエールを一気に飲み干した。