16 矛盾の人形
遥か昔、鬼と人との大きな戦いがあった。
人は鬼に攻め滅ぼされる寸前まで追い詰められたが、ある小人族の男が全知全霊をかけて鬼を退けた。
彼の名は一寸法師。
鬼との戦いの後、一寸法師は人間となり、主人であった人間の姫と結婚し子をもうけた。
その戦いの千年後。
神の卵と呼ばれる巨大な力をめぐり、一寸法師の子孫と鬼が再び相見えた。そのときまた小人族の男が現れ、一寸法師の子孫を助け鬼を退けた。
その後、小人族の男は各地を放浪、やがて都に到着すると、帝を助けて悪しき鬼に苦しめられる人々を助け、二代目一寸法師としてその名を残した。
小人族に伝わるという、古い古いおとぎ話だ。
それは僕が作られる前の話で、人間の時間で言えば十万年前になる。あの頃「鬼」と呼ばれていたものの大半は肉体を捨て神となり、残る一部はそのまま滅びて化石となり今では「ネアンデルタール人」なんて呼ばれていたりもする。本当はもっと他にもいたのだが、現代には伝わっていない。
時の流れとはかくも残酷で、実に面白いものだ。
そう、僕は十万年以上存在している。無論まともな人間ではない。
僕を作ったのは初代一寸法師だ。僕が作られた時には死んでいた人が、僕を作った。その時点で僕の存在には矛盾が内包されている。
だが、矛盾はそれだけではない。
命ある土塊。
死ぬために生きている人形。
男の体をした可憐な美少女。
無垢な魂を宿す汚れの塊。
「矛盾」という言葉を人の形にすれば僕になる。作ろうとしてできるものではない。かの初代一寸法師は天才として知られていたというが、その天才が作り上げた巨大な策略の端っこで、幾つものしわ寄せが集まり、そこへ偶然が混ざり、仕上げに奇跡をふりかけたら僕ができた。
相反するものが同居しぶつかり合い続ける僕の体には、無尽蔵のエネルギーが宿っている。
神々にしてみれば世界に二つとない美味なる珍味、わかりやすく言えば「ごちそう」だ。それゆえに、かつては神を相手に春を鬻ぐ男娼をさせられた。自身がエネルギー体である神々は、僕を買っては体に宿るエネルギーを貪り食らった。他者のエネルギーを食らうのが、彼らにとっての快楽だった。
もちろん、吸われる僕はたまったものではない。恐怖と絶望の中でカラカラに干からびるまで吸われ、死をもって終わったと思ったら蘇り、また別の神に吸われるのだ。
これを地獄と言わずしてなんと言おう。
僕は神々の強大な力に陵辱され続けた。
吸い尽くされてもまだ蘇る。
死んでも生きる。
生きているけど死んでいる。
滅びたくても滅べない。
そんな僕を救ってくれたのは、なんの皮肉か、二代目一寸法師ポポロビッチ=バン=ピロスキーだった。