13 誘い
零の部屋は扉が開かれていた。
ブラインドを下ろしているのか、零の部屋は真っ暗だった。自分の部屋の中から見ても零の姿は確認できず、私は一歩部屋の外に出た。
一歩、また一歩と零の部屋へ近づいていき、入口に立って零の部屋を覗き込んだ。
暗かった。ブラインドを下ろしているとはいえ、ここまで暗くなるだろうかと思い、この暗さは今朝のあの夢の中と一緒だと思うとゾッとした。
やめよう。
そう思って後ずさりしかけたときに、白く美しい体が闇の中にぼんやりと浮かんだ。
「……零?」
どきりとした。
零は、ベッドの上に座っていた。一糸もまとわぬその体が、闇の中に浮かんでいる。小柄で華奢な、黄金比を体現したその体は、確かに男の体だった。
「祐一さん」
零の、美しい声が響いた。
「入らないの?」
零の声に誘われて私は零の部屋に入った。やめようと思ったことなどもう忘れていた。扉を閉めてと言われたので、静かに扉を閉めた。
かちゃん、と音がして、私は零とともに小さな部屋の中に閉じ込められた。
零は、静かな笑みを浮かべて私を見上げていた。
「零、あの、俺……」
何かを言おうとして、何も言えなかった。そんな私に零はゆっくりと手を差し伸ばした。恐る恐るその手を取ると、零の柔らかな手が私の手を包んだ。
零に優しく引っ張っぱられ、私はベッドに、零の隣に腰を下ろした。
「裸で来た、てことは……僕、期待していいのかな?」
零の手が私の頬を優しく撫でた。
私が何も言えずにいると、零の両腕が私の首に回された。ゆっくりと引き寄せられ、私の唇に零の唇が重なった。ほんの軽く触れ合っただけなのに私の体は痺れてしまった。
零が体を預けるようにもたれかかってきた。私は震える手で零の体を抱き締めた。華奢で小柄な、しかし女のような柔らかさはない、少し異質な感覚。
「祐一さん。あなたの思い、僕に捧げてくれる?」
私は金縛りになっていた。そんな私に零は微笑みかけ、ククッと笑って私の体を指でなぞった。
朝の夢の中で感じた感触だった。いや、あれは夢だったのか? 本当にあったことじゃないのか? あの夢の中で、あの美しい声は、零は、何かとんでもないことを言っていなかったか?
──大丈夫、今夜は食べないから。
今夜は? 今夜は!? では今日は!?
「いいよね?」
だめだ、逃げろ。
ここにいてはだめだ。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。
頭の片隅で警報が鳴り響いた。しかし警報がいくらけたたましく鳴り響いても、私はもう零の体から手を離せなかった。
「ふふ、ありがと。男の体でも、大丈夫だよね?」
「あ、ああ……」
「だよね。もうこんなだし」
零が私の体の中心を指でなぞり、楽しそうに笑った。
「大丈夫、これでも神様相手に春を鬻いでたんだから。今生の思い出に最高の快楽を味わわせてあげるよ」
死に直面したような凍える寸前の恐怖と、それに匹敵する甘美な快楽。その二つが私の魂をがんじがらめにした。
「さあ、きて。君のその思い、僕が貰い受けるから」
私を引き寄せ、後ろに倒れた零。私は抗えず、引っ張られて零に覆いかぶさるような形になった。
暗闇の中、至近距離で目が合った。
零が、今まで見たことのない顔で私に笑いかけた。
「うっ、うわっ、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
私は魂の底から恐怖を感じ、絶叫を上げた。