11 発車
骨付鳥で有名な店に開店と同時に入り、鶏肉とビールをたらふく飲み食いして店を出た。
「祐一さん、飲み過ぎです」
「どうせこの後は朝まで寝てるだけだろ」
「その前に電車に乗らないとダメですよ」
零と肩を組んで歩きながら駅へと向かう。列車が発車するのは午後九時半頃。あと二時間もあったが、もう一軒飲みに行くには酔い過ぎていたし、お腹もいっぱいだった。
途中、スーパーに寄ってお茶と水を一本ずつ買うと、私と零はそのまま駅へ向かった。時間を潰すあてはない。仕方ないので私たちは、改札をくぐり、ホームのベンチで列車が来るのを待つことにした。
ひどく酔っていた。
そんなに飲んだかな、と思ったが、昨夜は遅かったし、あの悪夢のせいで寝不足なのだろう。零と出会わず、当初の予定通り高松に泊まっていたら、あの夢を見ることも寝不足になることもなかったのだろうか。
──うん? 何か変なことを考えたような気がする。当初の予定通り……高松に?
「祐一さん、眠いなら少し寝たら?」
夢と現を行き来していたら、零が私の頭を引き寄せて膝の上に乗せた。
「お、おい、零」
「いいじゃない……キスした仲なんだから」
零が私の顔をのぞき込み、はにかむように笑った。ああちくしょう、可愛いなあ、女だったらマジで口説くのになあ、と思っていたら、額にそっとキスをされた。
「列車来たら起こしてあげる」
零がそっと頭を撫でた。優しくて心地よい撫で方だった。私は「じゃ、甘えさせてもらうよ」と目を閉じ、たちまち眠りに落ちてしまった。
──あの女が見えた。
ゴミと断じた論文を自分のものと偽って発表し、評価を得ていた。
私が欲しくてたまらなかったポストを与えられ、研究者として毎日を送っていた。
悔しい。妬ましい。腹立たしい。憎くてたまらない。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
この恨み、どうしたら晴らせるのか!
「崇徳院にあやかってみる?」
不意に、鈴の音のような美しい声が響いた。
朝のあの夢で聞いた声だった。その声を聞いた途端、零の唇の感触が蘇り、ゾクリとした快感が背中を駆け抜け、私の中でくすぶっていた憎しみが炎となって燃え上がった。
「死者となり、怨霊となって、あの女を祟り殺してみる?」
そんなことができるのか? 本当にできるのか!?
「できるよ」
しかし、しかし、しかし、しかし!
「真っ当な方法では、恨みは晴らせないんでしょ?」
悔しいでしょ? 妬ましいでしょ? 腹立たしいでしょ? 憎くてたまらないでしょ?
またあの声が聞こえる。今朝の問いが再び繰り返される。
悔しいとも。妬ましいとも。腹立たしいとも。憎いとも!
私は即座に声に応えた。押さえがきかない、どうにもならない。憎しみの炎で、何もかも焼き尽くし、燃やし尽くしてしまいたいと思った。
「じゃ、手伝ってあげる」
それが、私の頭を優しく撫でる。優しく、なだめるように、何度も私の頭を撫でる。
「目が覚めたら、僕の部屋においで」
そして君の思いを僕に捧げて。それが対価だよ。
甘い囁きが耳朶を打つ。
私はもう何も考えることができなくなり、美しい声の誘いにうなずくと、眠りの底へ沈んでいった。
──ガタン、と大きく揺れる感覚で目を覚ました。
私はベッドの上で寝ていた。ここはどこだ、とぼんやりとした頭で考えていたら、また大きく揺れた。
「電車の中……か……?」
私はいつの間にか列車に乗っていて、自分の部屋で寝かされていた。零が運んでくれたのだろうか、それとも零が駅員に頼んで運んだのだろうか。
「う……」
頭がひどく痛んだ。二日酔いになるほど飲んだかな、と思いつつも体を起こし、枕元に置かれていた水を飲んで一息ついた。
列車は速度を上げ、夜の街を走り抜けた。
私はまたベッドに横になった。零はどうしたのだろうかと思ったが、起き上がるのが億劫で、明日でいいかと目を閉じた。