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次の約束

「天王寺って料理が得意なのか?」


 と聞いた。


「人並みにはできるわよ」


 彼女は淡々と答える。

 特に誇示するようなものではないという態度から、かえって自信がありそうに思えた。


「やめておくよ」


「え、どうして⁉」


 断られると思っていなかったのか、天王寺の声が大きくなる。

 人の視線を集めたところでハッとして、声を低くした。


「私じゃダメなの?」


「いや、何て言うかさ」


 いくらファンとは言え、良く知らない美少女にご飯を作ってもらうのはな。


「何かこわい」


「こわいってなんで?」


 天王寺は本当に不思議そうだった。

 俺みたいな人種の感覚や思考回路、解らないタイプか。


「ぼっちの陰キャはぐいぐい距離を詰められるのが苦手なんだよ」


「えっ?」


 天王寺はまたしても不思議そうな声を出す。

 そしてハッとする。


「ごめんなさい。距離の詰め方なんて、人それぞれだものね」


 彼女はすぐに謝ってくれた。


「いや、謝ってもらうことじゃないよ」


 気にするなと俺は首をふる。


「どっちかと言うと、好意を無にした俺が謝らなきゃいけないよな」


 おそらく天王寺はただの善意だったんだろう。

 ヒカミコウという作家のファンであるがゆえに。

 それを条件反射的に拒否してしまった、俺に非があるんじゃないかという気がしてならない。


 その点、天王寺は好意を無下にしても自分の対応がよくなかったと考えるのだから、人間ができているな。

 中身も美少女か。


「そんなことはないと思う。はっきり言ってもらえたほうが、私としてもありがたいわ」


 天王寺の声には何やら実感がこもっていた。


「いわくありげだな」


 軽くさぐりを入れてみる。

 何となくだけど、聞かれたくないならこのタイミングで言わないんじゃないかと思ったのだ。


「まあね。私って摂津くんから見てどう思う?」


「どうって……」


 とまどったものの、彼女の真剣な目に応えて率直に言う。


「リア充、美少女。みんなの人気者」


「でしょうね」


 彼女はため息をつく。

 自分のスペックや評価を確認したかったわけじゃないことは確実だ。

 どっちかと言うと、うっとうしく思ってそうである。


「でも、いいことばかりじゃないのよ。私の前じゃたいていの人は遠慮しちゃうし」


「うん、どういうことだ?」


 天王寺は何を言いたいのだろう。

 リア充だっていいことばかりじゃない、というのは何となく想像できたけど、それ以外はピンとこない。


「私、ラノベが好きだし、ゲームやアニメも好きなの」


 突然の告白だったが、いまとなってはあんまり意外じゃなかった。

 久宝寺先生と俺に対する態度、そしてラピスラズリだと思えば納得だったりする。

 そこまで考えてふと思った。


「みんなには言ってない?」


「ええ」


 天王寺は悲しそうにうなずく。


「天王寺でも馬鹿にされるのかな?」


 アニメやゲームを好きな人間は馬鹿にされるというイメージは俺の中でも強かった。


「ううん」


 天王寺は首をふる。


「でも話が合わなくて気まずくなるし、中には私と話すために好きでもないのに覚えようとする子もいたかな」


 彼女は遠くを見る目になって告白した。

 仲良くなりたいがために、好きでもないものを見るのか。

 俺には想像できないな。


「それで隠してるのか?」


「そうよ」


 天王寺は認めたあと、ふっと微笑む。


「まさか大好きな作家さんが同じ学園に通ってるとは思わなかったけど」


 大好きという部分にドキリとする。

 あくまでも作家としてだということは解っているんだが、モテない非リアの心臓によくない。


「本当にそうだよなー」


 改めてとんでもない偶然だと思う。


「それにしてもどんなゲームが好きなんだ?」


 アニメや漫画はともかく、ゲームならもしかした共通点があるかもしれない。

 俺はちょっとだけ期待して質問した。


「知ってるかしら? 『グラスマ』ってやつなんだけど」


「グラスマ⁉ それなら解るよ」


 と俺は答える。


「え、本当に?」


 彼女は身を乗り出して食いついてきた。

 意識してないんだろうが、豊かな点が強調される。


「お、おう。息抜きする時にだいたいやってる」


「ほんと? 知り合いでやってる人いないから、いつもオンライン対戦しかできなかったのよね」


 天王寺は表情を輝かせた。


「ああ、そうだろうなぁ」


 と納得する。

 『グラスマ』は対戦型アクションゲームで、いろんなキャラを使ってコンピュータや人間と戦う。

 知り合いがいなくても何とかなるだろうが、同じゲームが好きな仲間がいないのはつらいなー。


「よかったら今度一緒にしてくれない?」


「いいよ」


 俺は即答する。


「い、いいんだ?」


 天王寺は拍子抜けといった顔だった。

 ご飯を作ってもらうのは断ったからか?


「そりゃ一緒に遊ぶだけだし、ゲーム仲間はほしかったし」


「ふうん」


 天王寺はゆっくりと咀嚼しているような表情だ。


「じゃ、今度持っていくわね。いつなら平気なの?」


「うーん、今のところ進捗に余裕あるからなぁ……」


 わりといつでも平気なように思う。


「それじゃ明日は?」


「いいよ」


 天王寺の問いに即答する。


「じゃあ決まりだな」


 俺の問いに天王寺はにこりと笑った。


「ええ。ヒカミ先生と一緒にゲームができるなんて、最高に幸せだわ。人生最高の日になるかもしれない」


 心の底から幸せそうに言われて悪い気はしないが、ちょっと大げさだな。

 作家冥利に尽きるので言葉にはしないけども。


「場所はどこにする?」


 『グラスマ』は携帯ゲーム機で遊べるから、どっかの喫茶店でもいいかな。


「私の家に来る?」


「!?!?!?」


 想定外の意見に俺は思わずせき込む。


「冗談よ」


 天王寺はにっこりと笑う。

 今の彼女は天使じゃなくて小悪魔だった。

 白い羽よりも黒い尻尾のほうが似合いそうな顔をしている。


「か、からかわないでくれよ」


「ふふふ、ごめんなさい」


 抗議に対して謝ってくれたけど、あんまり反省してそうにないな。


「私としては摂津くんの家でかまわないんだけど」


「え、そうなんだ?」


 天王寺の言葉はまたしても意外だけど、さっきとは意味が違う。

 女子って男の部屋に入るのに抵抗があるかと思ってた。


「原稿とか私が見たらまずいものはないわよね?」


 またしても小悪魔な顔で聞かれる。


「な、ないよ」


 少なくともぱっと見て解るところには何も置いてないはず。


「じゃあお邪魔しようかな」


 天王寺は遊びに来る気満々だった。

 女子が遊びに来るなんて初めての経験だから、うれしさよりもとまどいがある。

 えっ? 女子ってこんな簡単に遊びに来てくれるものなんだ?


 なんて疑問が浮かぶ。

 そんなはずないよな。

 俺がヒカミコウだから、天王寺は信用して来てくれるんだよな。


「持っていくのは『グラスマ』だけでいいわよね?」


 天王寺は確認してくる。


「まあな。ハード機さえあればあとは俺の持ってるソフトを使ってもいいんだし」


 それが便利なところだ。


「ところで俺の家って解る?」


「知ってるはずないじゃない」


 聞いてみると苦笑されてしまう。

 そうだろうな、言ってみただけだ。


「待ち合わせ場所、どこがいいかな。校門は目立つし、ここは家とは逆方向だし……」


 声に出しながら思案する。

 天王寺からも意見がほしかったからだ。


「住所を教えてくれたら、一度家に帰ってから向かうわよ? それだと時間をロスすることもないんじゃない?」


 天王寺は即座にアイデアを出してくれる。


「そうだな。それがいいかも」


 どうせ家を知られるんだから、先に住所を教えてもかまわないだろう。

 待ち合わせをしなくてもいいというのも個人的には楽でいい。


「天王寺にしてみれば手間は変わらないか」


「ええ」


 天王寺がいいなら、それでいいかなという気がする。


「じゃあ家に帰ったらメッセージで送るよ」


「了解」


 話はまとまったか。

 女子が家に来るなんて大イベントの気がするけど、何かあっさり決まったなあ。


「そう言えば摂津くん」


「うん?」


 流れ的にちょっと不思議なところで天王寺に呼ばれる。


「制服のままがいい? それとも私服がいい?」


 何か意味ありげに聞かれた。


「どっちでもいいんじゃないかな?」


 俺は意図が読めず、正直に返答する。


「そう」


 天王寺はちょっと落ち込んだようだった。

 制服姿なら今日だって見られるからなぁ。


「まあどっちかと言えば、私服かな?」


「ふふふ、それじゃあ先生の参考になりそうなものを着るわね」


 天王寺はうれしそうに笑った。

 ああ、その発想はなかったな……。

 彼女の意見に感心してると、彼女はこてと首をかしげる。


「どうかした?」


「いや、自分じゃ出てこなかったアイデアだなぁと思って。ありがたいかぎりだよ」


 彼女を褒めて感謝の気持ちをあらわにする一方で反省もした。


「どういたしまして」


 彼女は笑って紅茶を飲む。


「ファッションに関心がない男子だと思いつけないかもね」


「そうだな」


 彼女の意見にうなずいた。

 ファッションについてはいつも苦労しているし、感想でちょくちょく指摘がある。


「今の時代は調べたら解ることも多いけど、調べただけじゃ解らないことも多いんだよなあ」


 便利になった反面、指摘も来やすくなったと先輩作家が言ってたなあ。


「そういうものなんでしょうね」


 天王寺は作家の苦労を肯定してくれた。

 こういう時、ファンってありがたいよな。


「私が協力できることなら、喜んで協力させてもらうわよ? もっとも、ファンタジー世界に出てくるような服は、あまり持ってないんだけど」


 天王寺は少し残念そうに言った。

 俺が今書いているのはファンタジーだもんな。

 そう思ったところでふと引っかかる。


「うん、あまり?」


 ということはちょっとくらいは持ってるのか?


「まあ興味本位でね」


 天王寺はそう言って認める。


「お姫様のドレスとかなら見てみたいけどなぁ」


 実物がないとイメージできないものはけっこうあった。


「こんな感じでって注文になって、イラストレーターさんに迷惑かけてるんだよな」


 あやふやな指示なのに、イメージ通りのクオリティに仕上げてもらえるのはありがたいし、申し訳ない。


「そうなの? 『死神』シリーズの担当はまぜらん提督さんだったわよね?」


 ファンだけにイラストレーターさんのことも知っているようだった。


「うん、あの人には頭があがらないよ」


 高井田さんもそう言ってたな。

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