天王寺るりかは気づく
日曜日を挟んで月曜日。
天王寺るりかはどう出るだろうという一抹の不安を抱えながら、学校に向かった。
ただ、俺のファンだったら頼み込めば黙っていてくれるんじゃないかという、かすかな期待もある。
そもそも学校で遭遇する機会なんてあるのかって疑問のほうが大きい。
何回か見かけたことはあったけど、向こうはまったく覚えていなかったわけだし。
そう思って校門をくぐると、ばったり天王寺と出くわしてしまう。
「えっ⁉」
彼女は信じられないという顔をして硬直する。
本物の宇宙人を目撃したレベルの衝撃だったみたいだなと思う。
幸い声は小さかったし、運よく人が少なかったから騒ぎになってない。
……一歩間違ってたらやばかったんじゃね?
今さらながら冷や汗をかく俺に、天王寺は話しかけてくる。
「あの、土曜日お会いしましたよね?」
おそるおそるという感じ。
否定されたらどうしようという不安がある。
「ええ。先日はどうも」
同級生なんだから堅苦しくならなくてもいいだろうと判断した。
「ああ……」
天王寺が漏らしたのは歓喜の声としか思えなかった。
「信じられない。夢みたい」
頬を紅潮させ、目をうるませて、うっとりとつぶやく。
喜んでもらえたのはうれしいんだけど、集団がやってきたので危険が一気にやばい。
「俺はここで」
片手をあげて立ち去ろうとしたら、呼び止められる。
「ま、待って!」
天王寺に呼び止められたのを無視して去るところを、誰かに目撃されるのはかなりまずい。
「何でしょう?」
伝わったらいいなと念じながら、迷惑そうな顔をする。
「ご、ごめんなさい」
彼女は何かを察してくれたらしい。
あわてて謝罪する。
こんな美少女に殊勝な態度をとられると、やりすぎたかなと罪悪感がわく。
「学校じゃ困るんですよ。……通じます?」
小さな声で言うと、こくこくとうなずいた。
「秘密は守ります。迷惑は死んでもかけません」
同じく小声で、そして断固たる誓いが飛んできた気がするが、気のせいだろうか。
ひとまず彼女と強引にでも別れた。
「るりかー」
だって彼女を呼ぶ女子の集団が現れたからである。
明るく華やかな、いわゆる「リア充」という女子たちだ。
俺が何を言えるんだろうか。
天王寺も今度は何も言わず、ホッとする。
とりあえず学校内で話しかけるのを自重してくれるなら安心だ。
授業は落ち着いて真面目に受けるフリができた。
一度も当たらなかったのは運がよかったな。
そして昼休み、当然俺は一人教室に残ってぽつんと食べる。
みんなは弁当に行くか購買でパンを買うかだけど、俺は持ってきた菓子パンとコンビニサラダだ。
野菜を食えと親がうるさいので、これならまあいいかと思える一品をつけるようにしている。
何気なく廊下を見ると、天王寺が友達と通り過ぎた。
目が合ったものの、彼女は無反応のままである。
この時、俺は彼女を信用してもいいと思うようになった。
さて、ヒマだからメッセージアプリでも起動するか。
学校ではスマホは禁止されていない。
緊急時、親族と迅速に連絡が取りあえるように、という理由だそうだ。
普段、学校でスマホさわってるのは俺のようなぼっちが多いけどな。
あとはバイト先とやりとりしてる奴くらいか。
俺がやってるのは先生たちとのグループチャットアプリと、日常のつぶやきを世界に発信していくタイプのものだ。
前者は学校中じゃやらない。
仕事してたり、大学に行ってたり、寝ていたりする人が多いからだ。
後者はまあ見るだけなら問題ないだろう。
学生作家だというのは公表しているため、この時間でツイートするのはちょっとやばいが、プライベート用アカウントなら……。
そう思っていたら、ヒカミコウのアカウントにダイレクトメッセージが届いている。
内緒話をしたい人が利用する機能だけど、送られた経験はほぼない。
船場先生や久宝寺先生のグループに入れてもらう際にいろいろやりとりしただけだ。
「何だろう?」
と思って見てみると、ラピスラズリからだった。
そう言えば相互だったな。
SNSじゃほとんど話さないから忘れてた。
「話しかけちゃってごめんなさい! びっくりしちゃってて、素顔さらしたくない系の方だと忘れてました!」
謝罪からはじまっている。
こっちのほうは感想欄と違って砕けた、それでいて可愛らしい文面に感じた。
まあ分かってくれたならいいかなと思う。
特にラピスラズリはランキングで上がる前から読んでくれて、感想をくれて、ずっと応援してきてくれた人だし……。
「ご迷惑じゃなければ学校の外とかで話しかけてもいいですか??」
うーん、学校の外かぁ。
ダメだとは言わないけど、天王寺って美人すぎて目立つ気がするんだよな。
でも、彼女ともっと話してみたという欲求は俺にもある。
読者と生で接する機会なんて普通はないもんなあ。
「誰かに見られた時、言いわけを考えてくれるなら」
とダイレクトメッセージを送る。
「わかりました。親が友達で面識はあるとか、そういう方向で考えてみます」
一分も待たずに返ってきた。
早くない?
困惑したが、アイデアは悪くないと思う。
その後用事は思いつかないので、いつも通りネット小説を読んで過ごす。
天王寺は俺の意思を尊重してくれて、全然からんでこなかった。
安心したし、信じてよかったと思う。
と思ってたら、またダイレクトメッセージが届いてた。
「学園から十分ほど歩いたところに『タンタン』という喫茶店があるのですが、放課後そこの前で待ち合わせってできますか?」
今日なのか?
と思ったけど、進行には余裕があるしなぁ。
予定を聞かれても帰って適当に過ごすとしか言えない。
どうせだったら天王寺と会っておしゃべりするのもいいな。
「いいけど、知らない場所だから時間かかると思う」
と返事を送る。
スマホのマップ機能を使うけど、微妙にわかりづらかったりするもんな。
「大丈夫です。突然お誘いしたんですから」
という返事が届く。
しかし、全部一分以内なんだが、大丈夫なんだろうか。
俺はぼっちだから気兼ねする相手いないけど、天王寺なんていつも誰かと一緒だろうに。
まあいいか、天王寺レベルなら許されるのかもしれないし。
あんまり待たせるのも悪いから、頑張って探そう。
下駄箱で靴をはきかえ、校門を出たところでマップを起動させる。
右に行ってしばらくまっすぐか。
どうやら住宅街の中にあるっぽいな。
俺の家とは反対方向だ。
最初は同じ学園の制服を着た生徒がいたものの、五分もすれば見かけなくなる。
この辺の子はいないのか、それとも部活でもやってんのか?
交差点を右に曲がり、また左に曲がってやや細い道筋を通っていくと、天王寺がカバンを持って立って
いた。
「ごめん、お待たせ」
と声をかけると、太陽のように輝く笑顔を向けてくれる。
「いいえ、来てくれてありがとうございます」
ていねいな言葉遣いに上品なおじぎまでついてきた。
そしてまじまじと俺を見つめる。
「何回見ても本物のヒカミコウ先生……まさか同じ学園の人だったなんて、まだ半信半疑です」
と言うわりには、かなりうれしそうな表情だった。
「俺もラピスラズリさんが同じ学園の人だとは思わなかったよ」
大人っぽい印象だったので、大学生か社会人かと思っていた。
女子のほうが男なんかよりも精神年齢が高いってこういうことなのか?
「久宝寺先生のイベントに参加しようか迷っていたんですが、思い切って参加してみてよかったです」
天王寺は幸せそうな表情で話す。
そしてハッとする。
「べ、別にヒカミ先生に会えたことだけがよかったわけじゃありません」
あわてて否定するところがかわいい。
「そんなこと思ってないよ」
と言っておく。
「久宝寺先生にもファンレターを送ったって、あの人から聞いているので」
「ああ、そうなんですね。やっぱりお二人は仲よしですよね」
天王寺は何だかうれしそうである。
「うん、まあ。ところで敬語やめてもらってもいいです? 同学年だし」
俺は気になっていたのでそう切り出す。
「そう言えばそうおっしゃっていましたね」
天王寺は同い年だと言ったことを覚えていたらしい。
「ヒカミ先生相手に敬語を使わないなんて……」
何だかためらっている。
「そのヒカミ先生もできればやめてほしいんだけど」
ここは譲れない。
「あ、そうか。隠していますもんね」
天王寺は納得してくれたようだったが、すぐに首をかしげる。
美しい金髪がサラサラとなった。
絵に描いたような美少女ってこの子のことを言うんだろうな。
「なんてお呼びすればいいのでしょうか?」
遠慮がちに聞かれる。
俺の本名、知っているわけないもんな。
「摂津でいいよ。同じ学園なんだし、本名を知らないほうが変だろう」
そう答える。
俺の本名なんて学園の生徒なら簡単に調べられるだろう。
天王寺に質問されて答えないクラスメイトなんているわけがないと思う。
クラスメイトが俺の本名をフルネームで言えるのか、という疑問はこの際無視させてもらいたい。
「摂津さん? 摂津くん?」
と天王寺が言う。
「クラスメイトはくん呼び?」
「はい。……じゃあ摂津くんと呼びますね」
天王寺は微笑みながら答える。
天使のような少女がうれしそうにしているので、こっちも気分が浮つきそうだ。
「敬語もいらないかなあ」
「それはちょっと勇気がいるんですけど」
次の要求には困り顔だった。
「クラスメートには敬語を使ってる?」
「使ってないですね」
俺の問いの意図を、天王寺はすぐに察したらしい。
長い髪を右手でいじりながら言った。
「頑張りま、頑張るわ」
ちょっとぎこちなかったけど、ため口をきいてくれる。
「うん、ありがとう」
「えっと、ところで摂津くんは私のことをご存知……知ってる?」
天王寺はそう聞いてきた。
俺が自分のことについて一切質問してこない時点で、おおよその見当はついているんじゃないだろうか。
そんな顔をしている。
「うん、まあ」
「そっか」
俺の返事を聞いた彼女は誇らしそうじゃなかった。
あきらめが混ざっているような表情で、正直意外さを禁じ得ない。
「うれしそうじゃないね?」
「私が知らない人でも私のことを知ってるのって、別に私が意図したことじゃないから」
天王寺は歯切れ悪く言う。