表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

ファンミーティング終了

「フリータイムは終了です」


 という河内さんの声で、参加者のみなさんは席へと戻っていく。

 しめのあいさつを終えて、解散となる。



「お疲れさまでしたー」


「ありがとうございました」


 と俺たちは帰路につく参加者のみなさんを見送った。

 俺たちは簡単な話と打ち上げがあるから帰れない。

 全員いなくなったところで、久宝寺先生が悲しそうな目で俺を見る。


「ヒカミ君が助けてくれなかった」


「いや、無理でしょう、あれ。みんな久宝寺先生と話したくて来てるんですから」


 と弁明した。

 あそこで俺がしゃしゃり出てたらみんだ大ブーイングだっただろう。


「かわいい女の子と楽しそうにおしゃべりしてたよね?」


 久宝寺先生はすねたように俺を見つめる。

 しっかり見られていたか。

 こういう表情を見ると同世代か、年下に見える。

 若々しいと言うか、子どもっぽいと言うか。


「あれ、ラピスラズリさんですよ」


 ラピスラズリさんは久宝寺先生も知っているので、言ってもよいと判断する。


「ああ、あの子が」


 久宝寺先生の表情に驚きと納得が広がった。


「たしか久宝寺先生にもファンレター書いてたんですよね。話せそうにないって残念がっていましたよ」


 そう言うと、久宝寺先生は苦笑する。


「そうね。思っていた以上にみんな積極的だったもの」


 出遅れたら一言も話せない可能性が高かった。

 河内さんが上手くさばいてたみたいだけど、全員話せたのかわからない。

 少なくともラピスラズリこと天王寺は話してないはずだが、たぶん気にしてないんだろうな。

 そこで河内さんが咳払いをして、俺たちの視線を集める。


「恐れ入りますが、話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 でないといつまでたっても帰れないよね。

 俺も久宝寺先生も反省して河内さんと話す。


「反省点はやはりフリータイムで、全員が集まったことですね。時間制などを設けるべきでした」


 河内さんは恐縮しているが、久宝寺先生の希望をある程度聞き入れた結果なんだろうなということは、俺でも理解できるよ。


「以上です。またの機会があればよろしくお願いします」


 河内さんは話が短い人だった。

 早々に解放されてホッとする。


「この後ヒカミ君はどうする?」


 と久宝寺先生に聞かれた。


「どうしましょうかね」


 俺は即答せず迷う。

 今の時間は十五時だから、微妙な時間なんだよな。

 書籍化作業には余裕があるから急いで帰らなくても大丈夫だし。


「俺は余裕ありますが、久宝寺先生はどうなんです?」


「私も大丈夫よ。締め切り破ったことがないのが取り柄だから」


 彼女は微笑み、神崎川さんも天使の笑顔を浮かべる。

 俺たちはどっちも締め切りを破らない優良ペアだと言えそうだ。


「よかったらお茶でもしていく?」


 久宝寺先生から提案される。


「そうですね。二人で行きます? それとも担当つきになります?」


 と俺は担当の高井田さんを見た。


「勘弁してください。それにヒカミ先生のことは信用してますよ」


 高井田さんは苦笑する。

 これ以上拘束されたくないってのが本音かなと推測した。


「あ、私はご一緒させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 神崎川さんはそんなことを言う。

 俺だけじゃなくて高井田さんを見る。


「ええ。うちは三年縛りなどもないですし」


 彼の返答はかなりきわどいものだった。

 神崎川さんも久宝寺先生も意表をつかれたらしく、一瞬固まっている。


「久宝寺先生はあったりするんですか?」


 何となく気になって俺はたずねてみた。


「あるわよ」


 と久宝寺先生が答える。

 同じコンテストなのに、会社が違うと変わるもんなんだなー。


「まあおかげで『夏薫る』を出せたというメリットもあるけどね。デビュー作がコケても、次を見てもらえるのは大きいわよ」


「それはそうですね」


 俺は同意する。

 だんだんとやばい話になってきてるんだけど。


「続きはどこかに移動してやりましょうか」


 神崎川さんが気を利かす。

 俺たちが帰らないと、ここの戸締りできないしね。

 全員立ち上がった。


 久宝寺先生は長身で、百七十センチくらいある俺とほぼ変わらない。

 対する神崎川さんは俺たちより二十センチくらい低い。

 とりあえずスペースから出て、邪魔にならない場所へ移動して神崎川さんがショルダーバックからスマホを取り出す。 


「私はここで失礼します」


 高井田さんはおじぎをして去っていく。


「近所の喫茶店ってわかります?」


 それを見送ってから俺は久宝寺先生にたずねた。


「さあ? このあたりあまり来ないから、土地勘なくて」


 久宝寺先生は困惑する。


「ヒカミ君は?」


「やっぱり来たことがないですね」


 初めて来た土地だからな。

 スマホのマップ検索機能がなかったら、スムーズに到着できなかっただろう。


「あの分だと神崎川さんも知らないんでしょうね」


「そうだと思う」


 なんて二人で話していると、神崎川さんがこちらを向く。


「何件か候補を見つけました。コーヒーと紅茶とどちらがお好きですか?」


 彼女は俺を見て聞いた。

 久宝寺先生の好みは知っているからだろうな。


「こだわりはないです」


 気を使ったわけじゃなくて本当にどっちでも問題ない。


「じゃああいてそうなお店を探すということで」


 と言って神崎川さんは歩き出す。 はた目から見れば美女二人を連れて歩いている少年、という風に見られるんだろうなと思った。

 道行く男性はチラチラ二人を見ている。


 久宝寺先生は天王寺に負けないくらい美女だし、神崎川さんも十人中八人は美人と言いそうな顔立ちだ。

 出版業界に美女はいないと思い込んでる一部の奴らが実態を知れば、きっと仰天するだろうなという意地の悪い考えがよぎる。


「はぁ、人が多いなあ」


 久宝寺先生は憂うつそうにため息を吐く。

 この人、徹底的なインドア派なんだよなあ。

 まあ俺も同類なんだけど。


「何で人が多いんだろう」


 と嘆く先生に俺は言ってみた。


「でも、人が多くないと本が売れないですよ」


 俺たちの職業にかぎった話じゃないだろうけど、人口は顧客に置き換えることができる。

 人口が減れば売れなくなって困るはずだ。


「ここで正論はいらない」


 久宝寺先生は悲しそうに言う。


「乙女心がわかってないよ、ヒカミ君」


 お姉さんぶって諭されたのがちょっとイラッときたので、やり返すことにした。


「あ、乙女だと思ってないんで」


「ひどすぎる⁉」


 久宝寺先生がガーンとショックを受けている。

 神崎川さんがちらっとこっちを見た。

 今のはちょっとやりすぎだというサインだろう。


「うそです。久宝寺先生は素敵な女性ですよ」


「……ほんとかなぁ」


 ショックが大きかったのか、半信半疑でこっちを見る。


「背の高い女性ってかっこよくて素敵ですよね」


 と褒めておく。


「そ、そうかな」


 久宝寺先生はぴくりと肩を動く。


「ええ。かっこいい女性、俺は好きですよ」


 ぴくぴくと肩を動かす。


「そ、そうなんだ」


 久宝寺先生はにんまりと相好を崩した。

 美人だとだらしない顔をしても色っぽくなるだけなんだよな。

 勝ったと神崎川さんに報告する。

 満足そうにうなずかれた。


「へえ、ヒカミ君、私みたいなのがタイプなんだ?」


 とニヤニヤしている。

 そこまでは言っていないと言いたいところだが、また神崎川さんに注意されそうだから放置しておこう。

 神崎川さんが案内してくれたのは、首都圏を中心にチェーン展開しているカフェだった。


 レトロで高級な雰囲気と、ゆったりとした空気が流れているセンスがいい店で、最初チェーン店だと聞いた時は驚いたものである。

 禁煙サイドの奥に案内された。


 黒い革のソファの奥に久宝寺先生、その右隣に俺が腰を下ろす。

 神崎川さんが座ったのは久宝寺先生の前の椅子だった。


「注文はあとにいたしましょうか?」


 メニューを持ってきてくれた男性ウェイターに聞かれる。


「僕はコーヒーにミルクと砂糖入りで」


 と俺が言うと、二人の女性もすぐに注文を決めた。

 ウェイターが下がったところで、俺は久宝寺先生をねぎらう。


「今日はお疲れさまでした」


「ほんとだよー。半年分くらい話しちゃった気がする」


 久宝寺先生はぐったりとした顔で、テーブルの上に顔を乗せた。

 はっきり言ってだらしない。

 だが、俺も神崎川さんもとがめようとはしなかった。


 ここでうるさく言ったら久宝寺先生の心証が大暴落するのは確定である。

 俺はともかく、神崎川さんはそんな危ない橋を渡れないだろうな。


「緊張しましたねえ」


 俺は自分が何を話したのか、よく覚えていない。

 天王寺以外にどんな人が来ていたのかも、正直あやしいレベルだ。


「ヒカミ君、助けてくれなかったよね」


 と久宝寺先生がうらめしそうに見上げてくる。

 その話、蒸し返すのね。

 ほんと、年下の女の子みたいな表情だよな……かわいいんだけど。


「助けたらイベントぶち壊しじゃないですか」


 そして俺だけが恨まれるというバッドエンドだ。


「ううう」


 久宝寺先生は情けない顔になる。


「頑張りましたね。見直しました」


 フォローを必要とされたっぽいので、フォローしておこう。


「うん、もっと褒めて」


 と甘えた声を出された。

 何だか妹ができた気分だなぁと思いながら、要望に応える。


「すごい。立派。作家のかがみ」


「わーい」


 褒め言葉を適当に並べると、久宝寺先生は機嫌をなおす。

 めんどくさいようでいて、手間がそんなにかかるわけじゃない。

 わりと複雑な女性だった。


「手慣れていらっしゃいますね。こほん、失礼」


 神崎川さんは俺にあきれたようで、すぐに訂正する。

 まあ人聞きがそんなによくない表現だったからな。

 そう言いたい気持ちはとてもよく理解できるけど。


「ファンレター書いたような人は、みんな来てたんですかね?」


「ううん、三人中二人だけ」


 俺の問いに久宝寺先生が答える。


「北海道の人は来てなかったかな。群馬と岐阜の人は来てたけど。ラピスラズリさんは別ね」


 へえ、そうなんだ。


「熱心なファンってすごいですよね、行動力」


 俺だったら行こうと思うかなあ。

 お金と時間があれば、あるいは行くかも?


「本当にね。元気をもらえたよ。喜んでもらえるものを書かなきゃ」


 と久宝寺先生はにっこりする。


「俺もですね」


 ラピスラズリこと天王寺に会えて、似たような気持ちになった。

 自分のファンと話せるというのは、そんなパワーがある。

 だから神崎川さんは久宝寺先生の性格を承知のうえで企画したのかな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ