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ファンミーティング

「俺ってどうすればいいんですか?」


 とイベントの企画者の河内さんにたずねる。


「ヒカミ先生は自己紹介などをしていただければ、私から質問をおこなわせていただきます」


 いかにも仕事ができそうなお姉さんという河内さんは、落ち着いて答えた。


「なるほど、回答するってスタイルなら俺でも何とかこなせそうですね」

 

 たぶん、トークができないことを想定して考案してくれたのだろう。


「私もトークが苦手なんですが……」

 と久宝寺先生。

 ほんとこの人、よくイベントに出る気になったよね。


「河内さん主導なら何とかなるでしょう」


 神崎川さんはそう言った。


「お任せください」


 河内さんはわりと無茶ぶりされてるのに、いやな顔もせず頼もしい返答をする。

 仕事だとわりきっているんだろうか。

 それでも立派だと思う。


「これをご覧ください」


 と河内さんがホチキスでとめた紙の束をくれる。


「スケジュール表です。完璧にこのとおりにこなすのは無理でしょうが、私がおこなう質問事項などについては書いてあります」


 なるほど、これを見て答えを考えておけばいいのか。

 やっぱりこういうのには台本があるんだね。

 舞台慣れしてる芸能人じゃないんだから、用意されてるのは当たり前か。


「時間までに目を通しておいてくださいね」


 そう言われて椅子をすすめられたので、座ってめくる。

 何を聞かれるのかと言うと、やっぱりデビューした経緯についてだな。

 あとはどれくらい書いてるかとか、どんな工夫をしているかとか。


 空気は何となく気まずい。

 俺と久宝寺先生が話さないと誰も話さないって感じ。


「ヒカミ君は人前で話したことないよね?」


「あるわけないじゃないですか」


 久宝寺先生の問いに即答する。


「仲間だ」


 彼女は目を輝かす。


「そうですね。グダグダになりそうですが、河内さんが何とかしてくれると期待しましょう」


「そうだね」


 ダメ人間二人の会話に担当たちは微妙な顔をしてるけど、当の河内さんはすまし顔のままだ。

 百戦錬磨って感じがして頼もしいね。


「一応流れを説明しておきますと、最初三十分が久宝寺先生の時間、次の十五分がヒカミ先生の時間。それから一時間と十五分がフリータイムです」


 と河内さんは言う。

 フリータイムは雑談も席の移動も自由となるらしい。

 もっとも、ほとんど久宝寺先生と話したいって人たちばかりだろうな。

 あるいは他の人ともおしゃべりを楽しむか。


「フリータイムになったら俺って帰っても大丈夫ですかね?」


 さすがに俺目当ての人なんていないだろうし、久宝寺先生だって逃げ切れないだろう。


「ええっ?」


 そう思ってたら、久宝寺先生が変な声を出す。


「ヒカミ君、帰っちゃうの?」


 幼女がすがるような目で、罪悪感がハンパない。

 計算してやってるんだったら無視するところだけど、この人天然なんだよなあ……。


「もう少しいていただけないでしょうか?」


 神崎川さんが拝むように頼んでくる。


「わかりました」


 俺はあっさりと折れた。

 断ったら何のために来たのかわからないことになりそうである。


「今度、何かおごってくださいね」


 と久宝寺先生に頼んだ。


「うん、何がいい? ステーキ? ハンバーグ?」


 彼女はうれしそうに目を輝かせながら承知する。

 この人、気前はいいんだよな。


「ハンバーグがいいです」


「じゃあ美味しいハンバーグのお店、探しておくね」


 久宝寺先生はそう約束してくれた。

 神崎川さんは露骨にホッとしている。

 久宝寺先生いい人なんだけど、扱いがけっこう大変なんだよね。


 いい人だからこそかえって難しいんじゃないかなという気はする。

 高井田さんは俺と久宝寺先生のやりとりをあっけにとられて見ていたが、言葉に出しては何も言わなかった。

 たぶん一番賢い選択だと思う。


 前途多難だなと前段階だった。

 高井田さんや神崎川さんのフォローが期待できるだけまだマシだろう。

 そう思って開始時間を待つ。


 サプライズゲストの俺は一度退出するのかと思っていたけど、その必要なかった。

 待機スペースみたいなものがないという理由らしい。

 三十分前から会場が開き、人が入ってきた。


 当然、全員女性でわりとおしゃれな服装をしている人から、ラフな格好の人、それに着物姿の人までいる。

 年代は二十代から四十代と推測できた。

 全員俺と高井田さんを見て不思議そうにしている。


 そりゃ久宝寺先生のイベントに来たはずなのに、十代らしき男と二十代らしき男がいるんだもんな。

 俺だって反対の立場だったら変だなと思っただろう。

 あるいは久宝寺先生が実は二人組だったのか、なんて早合点した人もいるかもしれない。


 俺は見たことないけど、実は二人組っていう作家さんは存在しているそうだ。

 有名どころで言えばやっぱりエラリー・クイーンだろうか?

 五分前に二十人目が入ってきて、俺はおやっと思った。


 どこからどう見ても天王寺るりかだったからだ。

 ファッション雑誌のモデルが着てるような服装の彼女は、やはり俺を見て変な顔をする。 

最初、河内さんがあいさつをして、参加者に礼を言う。

 そして作家の紹介に入る。


「まず女性が本日のメインゲスト、久宝寺翼先生です」


 久宝寺先生がぺこりと頭を下げると、みんなが納得したという顔で拍手を送った。

 俺ももちろん拍手を送る。


「そして隣にいらっしゃるのが本日のサプライズゲスト、ヒカミコウ先生です」


 俺がぺこりとすると半分くらいが「ああー」という声をあげた。

 どうやら知っている人が多かったらしい。

 SNSで久宝寺先生とよく絡んでて、仲いいと知られているからだろう。


「ヒカミコウ先生は久宝寺先生と同じ小説コンテストでデビューなさり、久宝寺先生と親交がある方です」


 と河内さんが話したことで、残り半数が納得した顔になる。

 ……もしかして久宝寺先生のキャラクター、ここに来ている人にはバレてたりするのかな。

  そして否定的な反応が出なかったことに安心する。

 さっきまで「男禁止イベントに来てるお前は誰?」みたいな空気はあったからなー。


「ではさっそくお話をうかがっていきましょう」


 と河内さんが質問を開始する。

 てきぱきとした手順で進められ、あっという間にフリートークタイムになった。

 さて、俺はここからヒマだろうな。


 久宝寺先生はすぐに人に囲まれる。

 そして彼女は困った顔で俺を見た。


「頑張ってください」


 と声をかけると、彼女は実に情けない顔をする。


「お二人は仲良しなんですね」


 と三十代くらいの女性が話しかけた。


「ええ、まだ一年くらいのつき合いなんですが」


 久宝寺先生はすらすらと話す。

 特定のことなら饒舌になる人だった。


「どのようにしてお知り合いになったんですか? パーティーかオフ会でしょうか?」


 二十代、久宝寺先生と同じ年くらいの女性が興味ありげに聞く。


「えっと彼と知り合ったのはオフ会で……」


 何だか俺との関係にまつわる話ばかりが聞かれている気がするんだが。

 ちらりと高井田さんに目を向けると、仕方ないだろうという目で見返される。

 そりゃここに来たのは久宝寺先生のファンだから、先生が話しやすそうな話題を自発的に選ぶのは当然か。


 そう思っていたら何と天王寺るりかが俺のところに来た。

 何しに来たは言いすぎだとしても、どんな理由だろうと内心身がまえていると、思いがけないことを彼女は言う。


「ヒカミ先生、ですよね? 私、ラピスラズリです」


「…………えっ」


 間が抜けた顔と声だったと思うけど、許してほしい。

 無防備なところに不意打ちを受けたような気分だ。


「ラピスラズリさんって感想くれたり、ファンレターくれた?」


 数秒後、何とか自分を再起動させて問いかける。


「そうです!」


 天王寺るりかはパッと緑色の瞳を輝かす。

 やばい、この子メッチャクチャ美人だ。


「よかった、覚えていてくださったのですね」


 感動して目を潤ませる。

 トップ女優、トップモデルにも負けてないような美少女にそんな表情されてもドキドキして困ってしまう。

「ま、まあ、熱心に感想をくれたから」


 あれだけ毎回感想をくれてたら、いやでも覚えてしまう。

 熱烈なファンだということが伝わってくるような文章が綴られていればなおさらだ。


「本当に面白くて……意外に思われるかもしれませんが」


 天王寺るりかは不安そうに言う。


「いや、俺の作品、女性読者が多いってデータがあるみたいなんで」


 と答えておく。

 別に疑う必要がないところなんだから、はっきり言ってしまっていいだろう。


「ああ、そうなんですね」


 天王寺るりかの視線はそこで高井田さんに移ったが、二人に会話は発生しない。


「先生はおいくつなんですか?」


「十七歳です」


「同い年なんですね!」


 俺の回答に天王寺るりかは目を丸くしている。

 そうだろうな。

 同じ学校の同学年だって、彼女は知らないんだからな。


 同じクラスになったことがなく、俺が一方的に知っているだけという関係性だったから何も変じゃない。


「ところで久宝寺先生に話しかけなくていいのかい?」


 と聞いてみる。

 彼女だってお目当ては久宝寺先生だろうに。


「話しかけたいのですが、ちょっと」


 天王寺は苦笑する。

 まあたしかに何重も輪ができていて、順番待ち状態になっている。

 一方で俺のほうは数人だけで、二十代の女性たちばかりだった。


「ヒカミ先生、お若いと思っていましたが、現役高校生なんですね」


 一人の女性が言う。


「ええ」


 まあ作家のプロフィールなんて把握してる人は少ないよな、と思いながらうなずく。


「小説書きはじめてからどれくらいなんですか?」

「今年で七年目くらいでしょうか」


 そう答える。

 正確な年数はもう覚えていないけど、だいたいあってるはずだった。


「へえ!」


 女性たちは感心してくれる。


「先生の作品は男性キャラがカッコいいですよね」


 おそらく大学生だろうなと思われる女性が褒めてくれた。


「ありがとうございます」


 礼を言っておく。


「わかります! ヒカミ先生のキャラは全員とても素敵で!」


 天王寺がすごい勢いで食いついていた。

 お姉さまたち、半分苦笑してるよ。

 おかげで俺以外ほぼ全員女性という環境でも気楽に乗り越えることができそうなので、そういう意味ではファインプレーかな。

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