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作家グループ

 俺たちが二人で話してると、別の作家さんがメッセージを書き込む。


久宝寺翼》こんにちは。ヒカミ君、ファンレターもらったの? おめでとう!


 久宝寺翼という作家さんで、俺よりも二年前にデビューした先輩だ。


ヒカミコウ》ありがとうございます。久宝寺先生よりずっと少ないですが。

久宝寺翼》私はキャラ文芸だしね……。作風もジャンルも違うせいじゃないかな。


 相変わらず謙虚な人だなと思う。

 デビュー作こそあまり売れなかったようだけど、新作の「夏薫る君の思い出」という作品で大ブレイク。

 発行部数四十万部を超えと、一気に人気作家の仲間入りしたすごい人なのに。


船場大国》はぁ、この三人グループでもらってないの俺だけかよ……。

ヒカミコウ》ど、どんまいです。

久宝寺翼》ファンレターなんて狙ってもらえるものじゃないんだし、気にしないほうがいいですよ。


 俺も久宝寺先生の意見に賛成だった。


船場大国》解ってはいるんですが……。


 船場先生は久宝寺先生には敬語である。

 久宝寺先生は大学生だから船場先生のほうが年上なんだけど、そこは社会人マナーってやつだろうか。

 ぶっちゃけ俺はよく解っていないので、この二人をはじめ人生の先輩たちを見ながらちょっとずつ勉強していくしかない。


久宝寺翼》ヒカミ君は今、家にいるのかな?

ヒカミコウ》ええ、部活やってないですし。


 友達もいないしと書きかけてやっぱりやめた。

 リアル生活のさびしさをあんまり言いふらすのもな。


船場大国》ぶかつ……昔聞いたおぼえがある単語だな。

久宝寺翼》高校生と会話してるって感じがしますよね。

 

 二人との年齢差を実感していると、メールの通知が入る。

 これは担当編集からだな。


ヒカミコウ》すみません、担当からメールが来たみたいなんで一度離れますね。

船場大国》メールには既読通知なんてないんだから、すぐに見なくても大丈夫だぞ。

久宝寺翼》船場先生、まじめな高校生に悪い道を教えるのはやめてください。

船場大国》ごめんなさい。


 冷静な叱責をする久宝寺先生と謝る船場先生の文面に思わずふく。

 狙ってやってるわけじゃないだろうけど、時々この二人は漫才みたいになるんだよな。

 久宝寺先生に言うと注意されそうなんで、指摘したことはない。

 クリックしてメールの内容をチェックする。


「おっ」


 そして思わず声が漏れた。

 連絡はコミカライズが決まったということだった。


「やった!!」


 このことはまだ知らせないでほしいと書かれている。

 作家仲間に言っていいのか迷ったが、一応知らせておく。

 二人とも経験してるから、相談相手にはうってつけだ。


ヒカミコウ》ただいま。


船場大国》おかえり。用件はなんだったんだ?


ヒカミコウ》コミカライズが決まりました。


船場大国》おお、おめでとう。


久宝寺翼》おめでとう!


 二人の祝福がうれしい。


ヒカミコウ》ありがとうございます。


船場大国》それで作画担当は決まってるのか? 掲載媒体は? 連載開始予定日は?


ヒカミコウ》まだ雑誌しか決まってないみたいです。


船場大国》あー……それじゃ長引くかもな。


 えっ? 何だって?


久宝寺翼》とんとん拍子に決まることもあるけど、連載がはじまるまで二年近くかかることもある。コミカライズは恐ろしい。


 え、まじで?


ヒカミコウ》そうなんですか?


船場大国》俺は早めに決まったけどな。五回くらい変わったと愚痴ってた人なら知ってる。


久宝寺翼》私も二回変わって、三人目だからね。結果的にすごいクオリティの人になったから不満はない


けど。


ヒカミコウ》そ、そういうものなんですね……。覚悟はしておきます。


船場大国》それでいい。


 何か喜びが一瞬で吹っ飛んでしまった。

 でも、二人の先輩の忠告はありがたい。

 特に久宝寺先生のおかげで担当が何回か変わっても、すごい人が来るかもしれないと期待を持てるようになった。


船場大国》ところで久宝寺先生、ファンミーティングのほうはどうです?


久宝寺翼》何とかメンバーそろったけど、今になってやめたくなってる。


ヒカミコウ》えええ?


 思わず叫んでしまう。

 久宝寺先生は人気作家だけに読者を呼ぶイベントが近々開催される。

 女性限定とのことで俺は行けないけど、レポがあがるだろうと楽しみにしていたんだが。


久宝寺翼》知ってる人が担当だけっていうのが……そうだ、ヒカミくん来てくれない?


ヒカミコウ》はぁああ? 俺、男ですよ? 知ってますよね?


 もう一回叫んだけど、許されるはずだ。

 何が悲しくて女性限定の集まりに男一人参加しなきゃいけないんだ。


久宝寺翼》知ってるけど、緊張しない人って他に思いつかなくて。


ヒカミコウ》船場先生じゃダメなんです?


久宝寺翼》船場さんは「大人の男性」でしょう。ヒカミ君は高校生だから、ギリギリセーフかなと。


 あ、そういう問題なんだ……。

 女性に信用されやすいと喜ぶべきなのか、大人扱いされなくて悲しむべきなのか、ちょっと迷ってしまう。


ヒカミコウ》えっと、どうすればいいんでしょう……?


 沈黙した船場先生に聞いてみる。


船場大国》とりあえず担当に相談したほうがいい。担当とイベント主催者の許可が出ないと無理でしょう。


 冷静な意見が来た。 

 

久宝寺翼》あ、許可が出た。本人と出版社がいいならって。


ヒカミコウ》え、まじで?


船場大国》何としてもやりたいという主催者と担当の意思を感じる……。


 船場先生の発言になるほどと思う。 

 久宝寺先生人気作家の仲間入りした人だし、さらに売りに出したいところなんだろうな。

 ただし、サプライズゲストとしてだ。


「参加者は女性限定って言ってる以上、ヒカミくんを特別扱いするのは無理みたい」


 と久宝寺先生から個別チャットが飛んでくる。

 まあ当然だな。

 と言うか、許可が出ただけでもびっくりだよ。


 大丈夫なんだろうか。

 セフィロト社の担当に相談してみたところ、普通に許可が出る。


「久宝寺先生のファンとは客層が違うでしょうが、ヒカミ先生の作品はもともと女性ファンが多めなので、意外とシナジー効果が期待できるかもしれません」


 なんて回答だった。

 久宝寺先生は喜んでいたので、もう何も言えない。



 それから流れる時間は早く、あっという間に当日がやってくる。

 当日、青いポロシャツとジーンズにスニーカーというラフな格好で行く。

 これでいいのかとちょっと思ったけど、ファッションの相談できる相手がいないんだよ。

 久宝寺先生、俺並みにファッションに興味がないし。


 たぶん、あんまり期待されてないだろうし、すぐに忘れられるんじゃないと期待する。

 目的地は最寄駅から四駅ほど先のターミナル駅近くにある大型書店「スター書店」だ。

 そこの多目的スペースを借りて開催されるという。


 スター書店の前に行くと担当の高井田さんがすでに来ていた。

 高井田さんは身長百八十センチと長身で浅黒く日焼けしている。

 ラノベ編集者と言うよりはスポーツ選手のような外見のイケメンだ。


「こんにちは。今日は急にすいません」


 とあいさつをして一言わびておく。

 この人、結果的に俺のせいで休日がつぶれたようなもんだからな。


「いえいえ。ヒカミ先生という作家さんをプロデュースするのも、担当の務めですから」


 彼はいやな顔をせずさわやかに白い歯を見せる。

 本当によくできた人で、十歳以上も年が離れた俺に対しても常に敬称をつけ、敬語で話す。


「久宝寺先生と私は面識がないのですが、まだでしょうか?」


 と高井田さんは聞いてくる。


「着いたから先に中に入っていると連絡がありました」


 電車の中、個別チャットで連絡が来たのだ。

 メインの人が俺を待ってるわけにもいかなかったんだろう。


「なるほど。私たちはあくまでも好意で呼ばれた側ですからね」

「ええ、まあ」


 正確に言うと久宝寺先生の力じゃないかなと俺は思っている。

 何となくだが、呼ばれた理由は予想できていた。


「それじゃ入りましょう」


 俺たちは書店の中に入って店員さんに事情を話し、どこに行けばいいのかたずねる。


「ああ」


 三十代の女性店員は俺を見て理解したという顔をして、案内してくれた。

 多目的スペースは「スタッフオンリー」と書かれた場所の向こうにあった。

 ……これって多目的スペースって呼び方でいいの?

 中には久宝寺先生とその担当さん、おそらくイベントを企画したと思われる四十歳くらいの女性がいた。


「あ、ヒカミくん」


 久宝寺先生はうれしそうな顔で立ち上がる。

 黒い髪をストレートに肩まで伸ばした和風の顔立ちの美女だ。

 服装は緑色のニットセーターに黒いズボンにパンプスという、お世辞にもおしゃれとは言えないファッションである。


 本人が美女なんでカタログの一部を切り取ったみたいな印象になってるけど。


「来てくれてありがとう。心強いよー」


 とほんわか笑う美人の久宝寺先生の隣に、二十代後半のこれまた美人が立つ。


「ヒカミ先生、お久しぶりです。本日はお越しいただきましてありがとうございます。おかげで久宝寺先生が参加してくださる気になりました」


 この人がヒカミ先生の担当の神崎川さんだ。

 感謝の気持ちがたっぷり込められたあいさつに、俺はやはりかと思う。


「土壇場になってやめたいって言い出したんですか?」


 と聞いた。

 久宝寺先生はわりと人見知りするタイプらしく、よくこのイベントを受けたなと思ったほどである。


「ええ」


 神崎川さんは困った顔をした。


「だから参加者の定員を二十名に絞り、女性限定としたのですが」


 久宝寺先生、男性が苦手って言ってたな。

 俺は年下で人畜無害なオーラを放ってるから平気だという。

 警戒されるよりはいいんだろうけど、男としてまったく見られていないというのはちょっと悲しい。


「初めまして、セフィロト社の高井田と申します。ヒカミ先生の担当をしております」


 ここで担当編集者同士の名刺交換と自己紹介がはじまった。

 そうだよね、避けて通れないよね。

 と思っていると、久宝寺先生が話しかけてくる。


「ヒカミ君、話すこと考えてきた?」


「何も考えてないですよ」


 無茶ぶりもいいとこだと思う。

 だって久宝寺先生目当てで来てる人たちに、俺が何を言えばいいのさ?

 そもそもどう思われるのか、それが怖いんですが。


「今回はネットの読者が多いみたいだから、ネットの話をすればいいんじゃない? 私もそうするつもりだし」


「そうなんですか?」


 だとしたらちょっとは気楽かな。

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