表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

ぼっちのラノベ作家、ファンレターをもらう

 友達がいない俺には学園生活は退屈で苦痛だ。

 スマホで小説書くか、小説を読むか、それとも机に突っ伏してるか、トイレに逃げ込むしかない。

 放課後にはそんな状態から解放された喜びがある。


 俺は軽い足取りで書店に寄ってみた。

 太陽書店は一般書籍とラノベを扱ってる大型書店で、品ぞろえがいいし取り寄せ注文にも対応してくれる、ありがたい店である。


 俺はラノベコーナーに進み、ある一角で足を止めた。

 何冊も積まれている『死神と恐れられた英雄』という本を見て、にやにやしてしまう。

 この小説の著者『ヒカミコウ』は俺だ。


 そう、俺は高校生ながらラノベ作家なのだ。

 やることがなく小説を読んだり書いてたりして、ウェブの賞に応募してみたらまさかの受賞である。

 作家になってから約一年、灰色だった日々は充実していた。


 それからというもの、ヒマがあれば書店に足を運んでしまう。

 いやなことがあっても、自分の本が並んでいるところを見れば忘れることができる。

 ……あんまり長くいると変に思われるからな。


 そろそろ退散しよう。

 それに『死神と恐れられた英雄』の原稿もあるし。

 書店の大きな出口に向かった時、俺はおやっと思った。


 前方から歩いてくる一人の美少女の顔に見覚えがある。

 思わず近くの人が足を止めて息を飲む美貌と、制服の上からでもはっきりと分かるメリハリのあるボディラインの持ち主は天王寺るりかという。


 同じ学園に通う女子で、同級生なら知らない者はいないアイドルだ。

 美少女ランキングがあるなら間違いなくナンバーワンだろう。

 学園のカーストで言えば間違いなく頂点で、おそらく向こうは俺のことは知らないだろう。

 そんな有名人が書店に何の用だろうか?


 実は本が好きなら、ちょっとは親近感がわくというものだが。

 そう考えてすぐに打ち消す。

 仮に彼女が本好きだとしても、お目当ては女性向け小説か、それとも女性にも人気がある文芸作家たちだろう。


 ここなら有名どころの作品はまず間違いなく手に入るからな。

 学園のアイドルが何を買うのか興味はあるが、お互い制服ってのはまずい。

 だいたい、彼女が何を買ったとしても話す相手がいないからな。


 クラスメートに話したとしても、どうして彼女が本屋で本を買っていたと知っているのかと詮索されたら面倒だ。

 ストーカーまがいのことをしたんじゃないか?

 天王寺はそんな疑いがすぐ出るレベルの人気者なんだから。


 俺はさっさと退散する。

 書店から家までは徒歩十五分といったところだ。

 自転車通学がギリギリ認められていない、悔しい位置に我が家はある。

 家につくとカギを開けてさっさと服を着替えてしまう。


 どうせ誰もいないから、自由にしていい。

 昔はダラダラとネットで小説を読んでいる時間が長かったが、今は違う。

 『死神』シリーズを待ってくれている読者のために頑張るのだ。

 『死神』シリーズは小説投稿サイト『作家になりたい』に投稿したもので、今も連載中だったりする。


 一話あたりは三千文字程度で、今は十日間隔のペースで更新していく。

 パソコンを起動させるとさっそく『作家になりたい』にアクセスする。

 ちょうど昨日新しい話を掲載したところだから、感想をもらえるはずだった。

 『作家になりたい』のすばらしいところの一つは、掲載した作品に対する感想をもらいやすいという点だろう。


 もちろん作品、ジャンルなんかでハードルは変わるんだが、『死神』シリーズはこのサイトで人気のファンタジーだ。

 もらいやすいと言ったら怒られるかもしれないが、他のジャンルと比べたら感想がくるのは事実である。


 新着の感想が十二件ありますと表記された。

 さっそくチェックしていく。

 主だった感想はどのシーンがいいとか、メインヒロインが可愛いとかそういうものだ。


 残念ながら肯定的な感想ばかりじゃないが、これはスルーする。

 最初は傷ついたもんだったが、今は割り切った。

 しっかり本文を読んで感想をくれるってことは、この人たちは俺が大好きなんだ。

 ただ、愛情表現がこっちが期待しているものとは違うだけで。


 ある先輩の商業作家さんと話したのがきっかけで、そう思えるようになった。

 ストレートに好意的な感想はパワーをもらえる。

 読んでくれてありがとう、好きって思ってくれてありがとうって感じに。


「あっ」


 と手を止めたのは「ラピスラズリ」というハンドルネームで書きこまれた感想だった。


「私は女なので女の子に萌えるということはあまりないのですが、主人公とヒロインの関係性は好きです。それに主人公と親友の熱い友情が大好きです! この小説は本当に神がかった面白さです!」


 というものである。

 最初女性だと知った時は驚いたものだ。

 何せ俺、男性読者を想定していたからな。

 カッコいい主人公がカッコよく戦い、ナイスガイと熱い友情で結ばれている、可愛い女の子と相思相愛。


 これのいったいどこに女性する要素が? と不思議に思ったものである。

 ただ、この人は毎回神がかった面白さと言ってくれるので、素直に喜んでいた。

 女性にも解ってくれる人はいるんだと思うとうれしいし。

 さて、冷静になったところで執筆をやっておくか。


 うちの学校は宿題の量は多くない。

 正確に言えば特進コース、進学コースは多いけど、俺が所属する普通コースは少ないのだ。

 執筆時間を確保できているのはそのせいでもある。

 一時間ほど集中して二千文字ほど書くと、立ち上がって背伸びをした。


 先輩作家に長時間座りっぱなしはよくないとおどかし半分の忠告を受けたので、守れる範囲で守っている。

 息抜きに郵便物チェックでもしておこう。

 父親は単身赴任中、母親は夜遅くまで帰ってこない。

 必然的に俺の仕事になる。


 出版社からの配達物が届いたりするので、苦にはならない。

 むしろ両親にあんまり見られたくないから好都合とさえ言える。

 いくつかの封筒、チラシと一緒に本を出しているセフィロト社から俺あての白い封筒が届いていた。


「何だろう?」


 思わずつぶやく。

 支払通知書が来るタイミングじゃないし、他に心当たりはない。

 何か連絡事項でもあるなら、担当編集からメールが来るはずなんだけど。

 まあいいか、部屋で開けよう。


 他の分はキッチンのテーブルの上に置き、自分あての封筒だけ持って部屋に行ってさっそく開ける。

 するとメモ用紙が出てきて「ファンレターが届いたので転送する」という文面が目に飛び込んできた。


「ファンレター、まじで⁉」


 ファンレターってファンの人が送ってくれるというアレか。

 いそいそと取り出してみる。


「ヒカミコウ先生。いつも楽しみにしています。『死神シリーズ』、ネット小説時代から愛読しています」


 かわいらしい女性的な文章だった。

 そう言えばファンレターをくれるのはほぼ女性って、先輩作家さんが言っていたっけ。


「主人公と親友、ライバルの関係がとても素敵です。カッコいい男性の活躍に胸がわくわくドキドキです♡」


 主人公や男キャラが好きらしい。

 まあ女性だもんな。

 男が描く女キャラを好きになれなかったりするのかもしれない。


「実は『ラピスラズリ』という名前で『作家になりたい』でも活動しています」


 え、この人ラピスラズリさん⁉

 思いがけない名前にぎょっとする。

 たしかに『作家になりたい』でもいつも感想をくれる常連さんだ。


 こうしてファンレターもくれるなんて、本当にありがたい。

 それにしても、この人って本当に女性だったんだな。


「これからも応援してます」


 という一文で結ばれていた。

 とてもありがたい。

 ネットで読んでくれて本を買ってくれて、さらにファンレターもくれる人なんてどれだけ珍しいだろうか。

 ついつい俺はスマホのメッセージアプリを起動させ、知り合いに自慢してしまう。


ヒカミコウ》やった、ファンレターをもらえた。

船場大国》まじで?


 反応したのは船場さんという先輩作家さんだ。

 おそらく最も会話する人である。

 俺と同じネット小説のコンテストでデビューした、いわば同期だ。


 年齢は船場さんのほうが十歳くらい上だが。

 と言うか、知っている範囲では俺が最年少である。

 

船場大国》いいなあ。俺、まだもらったことがないよ。


ヒカミコウ》僕も今回が初めてです。ファンレターって実在したんですね。


船場大国》そりゃ存在はしてるだろ。やっぱり女の子なのか?


ヒカミコウ》性別なんて判るわけないですが、文字を見るかぎり女性っぽいですね。あとレターも花柄でかわいいやつですし。


船場大国》やっぱり女の子のファンがいないとだめか……俺、読者はほぼ男性ですって担当に言われてるんだよな。


ヒカミコウ》船場さんの俺ツエエですけど、ハーレムじゃないですよね。何で女の子の読者がいないんでしょ?


船場大国》そんなの俺が一番知りてえよ……。


 文字だけのチャットでも、船場さんが落ち込んでるのが伝わってきた。

 ほんと不思議だよな。


船場大国》ヒカミくんの『死神』シリーズは女性読者が多いんだっけ?


ヒカミコウ》四割から五割くらい女性だろうと担当さんは言ってましたね。


船場大国》多いな……男向けを読む女性、最近増えてきてるらしいが。


ヒカミコウ》ネット小説だと女性は多いですよね。


船場大国》それでも四割くらいじゃなかったかな。運営が把握している範囲で、実態は判らんけど。


ヒカミコウ》性別明かしてない人だっていますしねえ。


 基本ネットでの性別なんて自己申告だからな。


船場大国》はぁぁぁ、ファンレターうらやましいな。ねたましいぞ、ヒカミ君。


 そうは言っても船場さんは明るくさっぱりとした性格だ。

 この人のねたましいは称賛の言葉として受け止めることができる。

 だからこそ報告する相手に選んだのだ。


ヒカミコウ》くれた人、ネットでも読んでくれてた人みたいですよ。船場さん、ネットでも女性読者いないんでしたっけ?


船場大国》いるかもしれんが、女性から感想もらった記憶がないなあ。男読者は熱心にくれるんだが。


ヒカミコウ》船場さんのとこ感想数多すぎて埋もれてるだけなんじゃ?


 俺はそう疑問を投げる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ