約束
天王寺が帰った後、彼女が作ってくれた料理を食べる。
考えてみたら女の子が作った料理を食べるなんて人生で初めてじゃないだろうか。
母親はもちろんノーカンで。
そう思うと作家になってよかったなあとしみじみと思う。
感想をもらったとか別のベクトルでた。
けっして女の子にモテたいなんて理由で書きはじめたわけじゃないんだが、いざこうなってみると俺って単純だな。
自分でも少しあきれてしまう。
けどまあきれいな女の子が作ってくれた料理がうれしいなんていうのは、きっと男の共通事項だ。
天王寺の料理、見た目はそこまでじゃないけど味は悪くなかった。
不器用な手つきからフィクションで言うところのメシマズヒロインの可能性が頭をよぎったけど、心配して損だったな。
オムレツとサラダを食べると、何だか味噌汁が飲みたくなる。
まあオムレツだしスープでいいか?
台所を適当にあさると、賞味期限が切れてないインスタントスープが出てきたのでお湯をわかしてそそぐ。
「ふー」
天王寺のおかげでいつもよりも美味く感じる。
ありがたいかぎりだ。
飯を食べ終えると、のんびり部屋に戻ってパソコンを起動させる。
満腹になってすぐに書く気にはなれない。
ひとまずネットサーフィンでもやって、それからが本番だ。
と思ったらグループに通知が着てるな。
久宝寺先生がイベント終わったことを報告し、喜んでいる。
同時に俺があんまり話してくれなかったと不満をこぼしてもいた。
俺としては訂正しておきたい。
ヒカミコウ》いや、イベントの趣旨的に俺たちばかり話せないじゃないですか
船場大国》正論。高校生に正論をぶつけられる大人……
久宝寺翼》うみゃあああああ
久宝寺先生が悲しそうに叫んでいる。
この人も解ってて言ってるんだよな。
それなのに正論並べて切り捨てるのはちょっとまずいかな?
ヒカミコウ》まあ機会があればゆっくりお話ししましょう
久宝寺翼》うん、必ずだからね? お姉さん信じるからね?
船場大国》久宝寺先生、それだとチョロインにもほどがありますよ
船場先生が苦笑している姿が目に浮かぶけど、余計なことは言わないでほしい。
久宝寺先生が俺のフォローにすぐ機嫌なおしてくれるのは、彼女が大人だからだ。
そういう意味じゃ船場先生もたいがいデリカシーがないよな。
俺にだけは言われたくないだろうし、面と向かって指摘はしないでおこう。
更新を頑張りたいので抜けると断りを入れて執筆をはじめる。
今はまだ七時半くらいだから、頑張れば普通に間に合うだろう。
二時間ほど集中して書き上げたので、一度立ち上がって背伸びをする。
今日はけっこうはかどったな。
天王寺にマッサージをしてもらったおかげか、体が楽だ。
特に肩が軽い。
こうして実感できるあたり、天王寺って上手いんじゃないかな。
そう考えて飲み物を取りに行く。
麦茶を飲んで目を休ませてから推敲に入った。
どうしても誤字脱字は出てしまうけど、でもやっておきたいからな。
それをすませて投稿したら十時は回っている。
天王寺との約束は守れたことになるかな。
よし、メッセージで連絡を入れておこう。
するとやはり一分以内で返事が来る。
「本当に⁉ やったあ!!」
ただの文面から激しい喜びの感情が伝わってきた。
ハートマークもついてるけど、これってあんまり意味ないんだよな。
最初久宝寺先生から送られてきた時はドキッとしたもんだが。
こうして喜んでくれると、頑張って書いた甲斐があるなと思う。
さて、ログアウトして仕事は終わりだ。
やれやれと感じていると、高井田さんからメールが届いていた。
おやっと思ったが、さっき来たところばかりらしい。
「漫画家の選定が進んだので、連絡します。担当は『マッスル♡ボンバー☆』さんで、画力が高く特に男キャラをカッコよく描ける点がヒカミ先生の作品と相性があってると思います」
そう説明されていて、添付ファイルにキャラデザやサンプルがついてある。
「どうしても合わなければ考慮しますが、できればこの人で進めたい」
と高井田さんは書いてあった。
時間がかかるとおどされてきたけど、意外と早く決まったもんだなあ。
ペンネームには正直不安しかないが、大事なのは面白い漫画を描けるかどうかだと思う。
チェックしたかぎりだと男くさいイケメンを描くのが得意みたいだ。
あと筋肉。
「承知しました」
と返事しておく。
いやだって言ってもこれよりいい人が見つかる保証ないしね。
そもそも作家に発言権なんてあるのか……やめておくか。
作画担当さんが決まったとして、ここからどういうペースで話が動いていくのかなあ。
タイミングを見て船場先生にでも聞いてみようか。
久宝寺先生、こういうことってあんまり覚えてない人だしね。
さて、今日の予定は終わったので風呂に入ってこよう。
親が帰ってくる前にあがっておかないとな。
風呂と言ってもシャワーですませて終わりだ。
冬はさすがにお湯につからないと寒いんだが、これくらいの季節だったらもういいだろう。
そして寝る前にヒマからとグループに顔を出してみる。
新着メッセージはない。
ヒカミコウ》更新した。そして風呂からあがりました
船場大国》おつかれさん
船場先生はだいたい反応あるよな。
この人は専業作家だから不思議じゃないけど。
久宝寺先生はいない場合のほうが多い。
漫画化の話はまだ伏せておく。
親しい作家さん、それもコミカライズ経験者になら教えてしまってもかまわないような気もするんだが、何となくタイミングがなあ。
船場大国》それで? ファンミーティングどうだった?
ヒカミコウ》それなら久宝寺先生が書いてますが?
いちいちコメントはしなかったけど、久宝寺先生の発言の履歴がしっかりと残されている。
船場大国》お前さんの口から報告が聞いてなかったからな
ヒカミコウ》そう言えばそうですね。緊張しました
船場大国》ストレートだな
船場先生は苦笑する。
だって本当に緊張したからな、アレ。
ヒカミコウ》女性ばかりでしたし。
船場大国》久宝寺先生のファン、三十代と四十代が多いイメージなんだが、どうだった?
ヒカミコウ》十代と二十代らしき人たちもいましたよ。
船場大国》そうなんだ。そういやラピスラズリって名前で二人にファンレターくれた女性、来てたんだって?
ヒカミコウ》来ててその人と主に話してましたね。同い年なんでありがたかったです
船場大国》久宝寺先生、それで不満タラタラだったのか。
ヒカミコウ》俺とばかり話すってイベントの趣旨が違いすぎませんかね。
船場大国》正論だが、あんまり言うな。
ヒカミコウ》おっとごめんなさい。
そうか、久宝寺先生を傷つけちゃう可能性がある言葉か。
久宝寺翼》埋め合わせしてくれたら許してあげる
ヒカミコウ》はーい。どうしましょう
久宝寺翼》今度、お休みの日に新しくできたカフェにつき合ってくれない?
ヒカミコウ》いいですよ。家から遠いときついですけど
まあカフェにつき合うくらいならいいかなって思う。
久宝寺先生はけっして無茶ぶりしてこないから安心だ。
久宝寺翼》わーい。じゃあ決まりね。スケジュールはそのうち連絡させてもらうわ
ヒカミコウ》しめきりやばい感じですか?
久宝寺翼》やばくなったと言うべきかしらね。今日連絡があって……
ヒカミコウ》あっ(察し)
船場大国》あっ(察し)
作家あるあるなんだよなぁ。
放置されてると思ってたら突然連絡が来るパターン。
そういう時にかぎって締め切りまで余裕がなかったりするよね。
久宝寺翼》そういうことで、何日か待ってもらう必要あるけどいい?
ヒカミコウ》ええ。大丈夫です。お疲れ様です
久宝寺翼》ごめんね
久宝寺先生はそう言ってログアウトして行った。
入れ替わるようにメッセージが来た通知音が鳴る。
確認してみると天王寺からだった。
船場先生には断りを入れて俺も退出する。
「読んだよ! エモい! 尊い! 言葉が出てこない! こんなに幸せでいいのって本気で思っちゃう!」
大絶賛だった。
これには自然と頬がゆるんでしまう。
「ありがとう。気に入ってくれて何よりだよ」
そう返事を送る。
天王寺が否定的な感想をよこすとは思ってなかったけど、ここまで絶賛されるとすごく気持ちがいい。
この気分のまま寝てしまおうかな。
「今日読めて最高に幸せ!」
おお、喜んでくれてるな。
そう言えば天王寺とチャットや通話で話すのはアリなんだろうか。
普通に考えればナシなんだろうけど、相手は同じ学園の同級生だからな。
メッセージアプリの登録し合うくらいは何もおかしくない。
相手がただの学園一の美少女だったら絶対に誘えなかっただろう。
だが、相手はラピスラズリさんなんだと思えば、心理的ハードルは一気に下がる。
「ラピスラズリさんはメッセージアプリ、何かやってる?」
「やってるよー」
相変わらず反応はすごく早かった。
そしてあがってるアプリの中から俺も使ってるやつを選ぶ。
「よかったら交換してくれない?」
「えっ⁉ いいの⁉ 本当に⁉」
天王寺の食いつきはハンパなかった。
思わず硬直してしまったくらいだ。
「うん。ただし他言無用で頼む」
「誰にも言わないよー。ヒカミ先生のファンに知られたら、私刺殺されそうだもん」
なんて返事が来る。
ハハハ、そんな馬鹿な話があるわけがない。
久宝寺先生くらい人気があったら、もしかしたらそんな過激なファンがいるかもしれないけどな。
相手のIDを登録してメッセージを送った後、大きく欠伸をする。
「ちょっと早いけど、寝るよ」
と報告して、俺は歯磨きをすませてベッドに入った。
いつもと比べたら早いんだけど、たまにはいいだろう。
知らず知らずのうちに目と筋肉を酷使してるって先輩も言ってたし。
ほどなくして眠りについた。