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天王寺は意外と

談笑が終わったところで午後六時を回っていることに気づく。


「天王寺、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」


「あ、もうこんな時間なんだ?」


 少し速いからか、天王寺はあせった様子はなかった。


「今日はさすがに晩ご飯を家で食べなきゃいけないのよね」


 独り言を言うが、それってどういう意味なんだろう。


「摂津くんはどうするの? 今日の晩ご飯」


 天王寺に聞かれる。


「天王寺を送れるところまで送ったら、そのあとでコンビニでも行くよ。それかスーパーの割引弁当」


 その時の気分でだいたいどっちかにしていた。

 コンビニは近いけど少し高く、スーパーは安いけど距離があるんだよなあ。


「そうなんだ。よかったら私、作ろうか?」


「え、いいのかなぁ。時間もないだろうし」


 三十分足らずで料理ってできるものなのかね。


「平気よ。そんな手のかかるものまだ作れないから」


 天王寺はにこりと笑う。

 頼るのはどうかと思うけど、断るのも悪い気分になる。


 彼女の表情にはそんな力があった。


「じゃあお願いしてもいいか? と言っても食材、何かあったかなぁ」


 とつぶやく。

 俺が見たところで解らないんだけど。


「よかったら冷蔵庫の中身、見せてもらってもいい?」


「いいんじゃないかな」


 たぶんうちの両親は怒らないだろう。

 それどころか天王寺の存在を誤解して、ニヤニヤしながらからかってきそうだ。


「じゃあ見せてもらうわね」


「あ、案内するよ」


 さすがに俺が立ち会わないのはちょっと問題だろう。

 こっちは平気でも天王寺が困るんじゃないかな。

 天王寺には先に階段を下りてもらい、廊下で俺が抜いて冷蔵庫まで誘導する。


「何か入ってたらいいけど、俺が自炊しないのを母さんだって知ってるからね」


 俺が親の立場だったら、冷蔵庫の中はからっぽにしてるだろう。

 あるいは日持ちするものだけ入れておくかな。


「どれどれ……入ってるのはタマゴとトマトにキャベツかあ」


 天王寺は何か悩んでいるようだ。

 タマゴとトマトとキャベツで作れる料理なんてあるのか?


 目玉焼きくらいじゃないか?


「決めた。ちょっと調理器具使わせてもらうね」


「うん、いいよ」


 調理器具なしで調理しろっていうのも無茶な話だ。

 背後から黙って彼女の動きを見守ることにする。


 彼女は鼻歌を歌いながら料理をはじめた。

 意外だったのはそんなに手際がよくなくて、「ひゃ」とか「おっと」という声が聞こえることだろう

か。


 てっきり料理上手だと思っていたので、親近感を覚える。

 できる時点で圧倒的な差があるのは否定できないが。


「ふう、何とかできたわよ」


 うっすらと汗をにじませながら天王寺は振り向く。

 そしてちょっと頬を赤くする。


「ずっと見られていたんだと思うと、何だか恥ずかしいね。私別に料理上手じゃないし」


「そんなことはないよ」


 否定する。


「女の子が料理してる姿っていいもんだなーって見てた」


 そう感想を言うと、天王寺はうつむいてしまう。


「やだ、それならいいけど」


 言葉とは違い、かなり恥ずかしがっている。

 これもまた意外な姿だった。


「じろじろ見て悪かったな」


 謝っておく必要性を感じたので詫びておく。


「ううん」


 天王寺は首を横に振ると、できた料理をテーブルの上に並べる。


「プレーンオムレツにサラダっていう簡単なやつだけど、よかったら召し上がれ」


「ありがとう」


 出された料理は普通に美味そうだと思う。


「送って行くよ。どこまで行けばいいかな」


 と聞いたのは家の前まで送ってもいいものか迷ったからだ。


「あっ、ちょっと待ってね」


 天王寺はそう言うと、サランラップをかけてくれる。


「おお、女子力」


 全然気づかなかったと言うより、思いつきさえしなかった。


「何か違うかも」


 天王寺は笑ってハンドバックを手に取る。


「それじゃここで失礼するわね。今日はどうもありがとう」


 彼女はエンジェルのような微笑で言った。


「こっちこそ。楽しかったし、お菓子もらったし、料理まで作ってもらったし……」


 どう考えても俺のほうがもらいすぎだよな。


「気にしないで。今日ここに来れて、私は幸せだったから」


「お、おう」


 幸せだと笑顔で言い切られると、ずしりと心にくる。


「迷惑じゃなかったらまた遊びに来てもいい?」


 天王寺は笑顔を消して少し不安そうな顔になった。

 どっちかと言えば不安になるのはこっちのほうだと思うんだが、ファン心理ってやつだろうか。


「もちろんだよ。毎日来てくれてもいいよ」


 これは冗談のつもりだったが、天王寺はそうは思わなかったらしい。


「えっ? 毎日来てもいいの? さすがに迷惑じゃない?」


 この返しは予想してなかった。


「天王寺こそ、毎日は無理じゃないのか」


 俺の指摘に彼女はハッとなる。


「そ、そうね。いくら何でも毎日はちょっと難しいかもね」


「だよなー」


 毎日天王寺と遊べるなら、メチャクチャうれしいけど。

 いや、さすがに毎日来られると本を読んだり小説を書く時間がなくなるか?


 沈黙に包まれたまま、玄関で靴を履いて外に出る。

 すっかりうす暗くなっていた。


「夜はまだ少し寒いよな」


「本当ね」


 玄関にカギをかけてから少し先で待っている天王寺に追いつく。


「家の前まで送ってもいい?」


「私は別にいいわよ?」


 家を知られたくないんじゃないかと思って聞くと、あっさりした答え。


「同級生なんだし、その気になれば解るでしょ」


 彼女はそう言って笑う。


「そうだな。つい作家仲間なんかと同じノリで」


 作家仲間相手だと基本本名も知らないし、住所だって解らない。

 特に仲良くしてもらってる久宝寺先生と船場先生だって例外じゃない。


「というわけで送ってくださる? 騎士様」


 天王寺は笑いながら言った。


「エスコートしましょう」


 だから笑いながら切り返す。

 女の子と肩を並べて歩くというのはあんまりない。


 久宝寺先生とならあるんだが、あの人は年上のお姉さんだもんなあ。


「摂津くんは星は好き?」


 突然の問いに首を横に振った。


「キャラクター名に困った時、星からとろうかなと思ったことはあるけどね」


 それ以外で星について思いをはせたことはほぼない。

 星座とそれにまつわるエピソードなら、多少は知ってると思うが。


「そうなんだ。私はけっこう好きなんだ。夏の星空を見上げるのが」


 天王寺は声をはずませて空を見上げる。

 都会ということもあって、けっしてながめはよくない。


 ただ、二人で夜空を見上げるというのは悪い気分じゃなかった。


「へえ……」


 女の子と二人、こういうシチュは悪くないな。


「どこかに見に行ったりするのか?」


 と聞いてみる。

 きれいな星空が見られる場所というのは少し興味があった。


「母の実家が空気のきれいな田舎でね。そこに望遠鏡を持っていくの」


「そっかあ……」


 実家とやらがどこかとは聞かなかった。

 ただ田舎ってどんなところなんだろうなとは思う。


 両親は地元出身だからなぁ。


「星空がきれいって想像できないから、その辺の描写は適当なんだよなぁ」


 ぽつりとつぶやく。


「そうね。満月がきれいとか太陽がまぶしいって記述はあるけど、星に関してはほとんどないね」


 と天王寺はくすりと笑う。

 見抜かれてる。


「バレバレかぁ」


「うん。熱心な読者はたぶん気づいてるよ」


 うっひゃー。


「未熟な作家でごめんね?」


 何となくだが謝ってしまう。


「それをおぎなって余りある素敵な物語が読めてるから、全然気にしてないよ。枝葉末節をあげつらうのは、ファンのすることじゃないもの」


 天王寺は天使どころか女神さまのような寛容を見せてくれた。


「ありがたいかぎりだな」


 こういうファンが俺のエネルギーになってくれる。


「ネットでも続き、楽しみにしてるね?」


 なんてうれしそうな顔で言われると、催促された気分にならないな。


「おお。このあと書けば今日中に投稿できるはずだよ」


「ええ、すごい」


 天王寺は宝石みたいな目を丸くする。


「一時間で何文字くらい書けるの?」


 彼女の問いに少し考えてから答えた。


「二千字くらいかな。見直して修正する時間を入れなきゃだけど」


「すごいじゃない」


 天王寺は拍手してくれる。

 そのせいで俺くらいのスピードの人はわりとザラにいるとは言えなくなった。


「今日投稿したとしたら、今日読むか?」


 ふと気になったので前を歩く少女にたずねる。


「時間にもよるかなぁ。二十三時にはベッドに入ってるから、それくらいの時間だと明日になっちゃう」


 心なしか寂しそうだった。


「やっぱり更新されたらすぐ読みたいって思うものなのか?」


 俺はそんなに思ったことはあまりないので知りたい。


「摂津くんの作品はね。他の人のはそうでもないから、摂津くんが特別なの」


 天王寺は空を見上げてさらりと言った。

 特に深い意味はさそうだったからこそドキリとする。


 もちろん特別なのは俺が書く作品なんだろう。

 それでもうれしかった。


「俺だけが特別か」


「ええ」


 天王寺は即答する。

 やっぱりうれしいな。


 書いててよかったと思う。


「じゃあ頑張って書いてみるか」


 そして喜んでもらおう。

 いろいろやってもらったことの恩返しになるなら、と力をこめる。


「でも無理はしないで。明日の朝、起きてからでも読めるんだから」


「まあそうだな」


 無理する必要があるのかと言われたら、たしかにない。


「ただ、エンジンがかかった気がするから、書けるだけ書くよ」


「書きたい気持ちになってるの?」


 天王寺はすんだ瞳で聞いてくる。


「ああ。天王寺のはあくまでもきっかけだし、気にしなくていいよ」


 自分のせいで俺が無茶したとか、絶対にごめんなんだろう。


「そっか。じゃあワクワクして待っていようかな」


 彼女は頬を赤くして顔を逸らす。

 いつしか大きな家の前の街灯のそばに来て、そこで彼女は立ち止まる。


「あ、ここでいいよ。送ってくれてありがとう」


「どういたしまして」


 笑顔にぎこちない笑顔で応じた。


「明日、学園で会った時は例の対応でいい?」


 そっと暗い影がさす。


「ああ、あの対応はありがたかったよ」


 ちょっとびっくしたけど、あのきつい対応されてて実はこんな関係だなんて、ばれる心配がなくていい。


「うん、またね」


 彼女は手を振って、門の向こうに姿を消す。


「またね、か」


 天王寺に言われるといい言葉に聞こえるなと思いながら来た道を戻る。


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