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天王寺は知りたい

「天王寺は女向けって読まないのか?」


 ふと思ったのでたずねてみる。

 少女漫画、乙女ゲー、少女小説なら話が合う女子もいるんじゃないだろうか。

 そう考えたのだ。


「女向けは何か違うって感じがするのよね」


 天王寺は難しい顔をする。

 どう説明すればいいのか、悩んでいる感じだ。


「男性が書く男性のほうが私の好みにあってるみたい」


 ひとまず彼女はそう話す。

 そういうものなのかなぁ。


「趣味なんてそんなものかもな」


 男だからと言って男が描くものを好きになるとはかぎらないんだろうし。

 俺の意見を聞いた天王寺は目を丸くする。


「摂津くんは柔軟よね。女の子なのに、みたいな意識が全然ないみたい」


「まったくないと言えばうそになるかなぁ」


 と答えた。


「最初のうちは女性読者が多いって言われて、えっ? とは思っていたんだし」


「ああ、そう言えばそんな反応見た覚えあるわよ」


 天王寺はそう言う。


「男の人って意外と想定してないのかなと思ったわ」


 彼女の表情はなつかしそうだった。


「昔のこと、よく覚えてるな」


 とてもじゃないが俺にはまねできないと思う。


「好きなことに関してはね。ヒカミ先生のことなら、一字一句暗記してる自信あるかも」


「うわ……」


 天王寺の顔はいたずらっぽく、おそらく冗談なんだろう。

 でもこの発言、冗談でもちょっとこわいよ。

 俺の内心を察したのか、あわてて彼女は言った。


「さすがに一字一句は無理よ」


 あんまりフォローになってない気がする。


「だよな」


 だが相槌を打っておく。


「八割、九割くらいなら大丈夫かな」


 だからフォローになってない……と思いかけて、ひらめいた。

 別にフォローする気ないんじゃないか? 

 じっと彼女を見るときょとんとする。


「私の顔に何かついてる?」


「いや、何でもない」


 そんなことを指摘する勇気はなかった。

 単純に可愛くて世話焼きな正確なだけじゃないと思っていたほうがいい。


 俺の本能がそう告げている。

 せっかくだし、話の続きをしてみよう。


「他にどんな小説を読んでる? 書籍化作家の作品は読んだ?」


「ああ、船場先生の作品とか読んだわよ」


 質問に答えてはくれたものの、ちょっと義務的だった。


「合わなかったのか?」


「申し訳ないけどね」


 天王寺はあいまいな笑みになる。


「あの人の作風、男向け特化で女性読者いないらしいからなぁ」


 彼女の趣味に合わなかったとしても、仕方がないことだと思う。

 本人は気にしているし、この会話を知れば男泣きしそうだが。


「何となく解るかな」


 天王寺は遠慮がちに言う。

 船場先生の話はやめたほうがよさそうだな。


「久宝寺先生のは? ファンミーティングに参加してたし、ファンレター出したくらいだから、読んでるんだろう?」


「ええ。大好きよ」


 天王寺は笑顔で断言する。


「久宝寺先生の作品、面白いもんなあ。情景描写がきれいで、心理描写も何と言うか、心に入ってくる感じ?」


「解る! とても解るわ!」


 俺の意見に彼女は全力で共感してくれた。


「りんちゃんとたけるの関係性が最高なの!」


「解る!」


 天王寺の言葉に思わず叫ぶ。

 りんが主人公で、たけるがその男友達だ。

 何となく俺たちは握手をかわす。


「私たち、けっこう話が合うんじゃない?」


「ラノベやネット小説についてはそうかもな」


 天王寺に対して俺は少し慎重な答えをする。

 今のところだけど、無理に話を合わせてる感じが彼女からはしないもんなあ。


 同じ学園の女子にこんな気が合う子がいるとはびっくりだ。

 そう感じながら雑談で盛り上がる。

 話が途切れたところで思いついた。


「天王寺、今日は何時くらいまで平気なんだ?」


「十八時半にここを出れば大丈夫よ? そんなに遠くないし」


 天王寺はそう答える。

 そっか、近所とは言えないけど、そこまで遠いわけでもないのか。


「あの喫茶店行った時点で予想はしてたけど、天王寺も徒歩通学してるのか」


 地元の人間くらいしか知らない穴場って感じだったからな。


「うん。電車通学は親が許してくれなくて」


 天王寺は苦笑気味に答えた。


「そうなんだ」


 過保護な親なのかなと思うが、彼女の表情を見るかぎり仲は良さそうだな。


「天王寺ならもっといい高校に行けたんじゃないかって、うわさ話になってたな」


 誰ともなくクラス内に広まったやつなんで、友達がいない俺の耳にも入ったというわけだ。


「電車を使わずに通える範囲で、一番レベル高いのがうちだったのよね」


「なるほどなぁ」


 天王寺の説明に納得する。

 正確に言えば「レベルが高いコースが存在する」と言うべきだろう。


「特進はレベル高いもんな」


 俺の言葉に彼女は微笑んだだけだった。

 上から特進コース、進学コース、情報コース、商学コース、一般コースとなる。


 特進は難関大学を目指し、進学コースはそれに次ぐレベルを狙う。

 情報、商学は横並びで進学コースの次くらいのレベルを。

 一般コースは上記に当てはまらない普通の生徒たちで、俺もここになる。


「摂津くんは芸術コースでもあれば、余裕で入れたんじゃない?」


 天王寺の言葉に肯定もせず、否定もしなかった。

 学園側には何も言ってないからなぁ。

 報告すれば、たしかに作家系コースがあるところでは優遇されたかもな。


「私は将来、どうしようかな」


 天王寺はぽろりとこぼす。


「行きたいところがあるんじゃないのか?」


 意外に思って聞いてみた。

 すると彼女はふるふると首を横に振る。


「特にないのよね。やりたいことが見つからないならまじめに勉強しておいたほうが、将来絶対得だと親に言われて、素直に従ってきただけ」


 彼女は何とも思っていないらしい。

 だが、親に言われるとおりにしていい結果を出せるなんてうらやましいもんなんだけどな。


「それは解るかもなあ」


 俺はそう言った。


「摂津くん、賛成なの?」


「うん」


 天王寺の質問にあっさりうなずく。


「だって天王寺だったらどの大学の学部でも選べるんじゃないか?」


「たいていの国立大からはね。医学部とかトップクラスのところは無理よ」


 天王寺は得意そうじゃなかった。

 他人から見ればうらやましいけど、本人にはそうでもないことの一例だったりするのかな。


「俺からすれば選択肢の多さがうらやましいけどね」


 と言った。


「その発想はなかったなぁ……」


 天王寺は意外そうに答えて、じっと俺を見る。


「摂津くんは大学どうするの?」


「決めてない。作家養成コースだったら試験免除で通えないかなって思ってるんだけど」


 それだったら受験勉強もしなくていいから楽だよなあ。


「大学を行くつもりあるんだ?」


 天王寺は驚いたようだった。


「行きたくないけど、いつまで売れるか解らない世界だからね。一生食っていけるだけの売り上げを出してないなら、大学には行っておけって知り合いはみんな言う」


 現実なんてそんなものである。


「そうなんだ」


 天王寺はショックを受けたようだった。

 大好きな作家が専業としてやっていくのは難しいと教えてしまうのは、ちょっと残酷だっただろうか。


 いや、でも今の時代調べればすぐ解ることなんだよな。

 デビューが決まったら最初に担当に言われることは仕事を辞めるな、らしい。


 担当の高井田さんに言われたのは大学に進学して就職してほしい、だったけど。

 高校生相手だからそう言っただけだろうというのは理解できる。


「久宝寺先生も大学生だしね」


 たしかそこは隠してなかったはずだから、言ってしまってもいいだろう。


「うん、それは知ってる」


 天王寺は即答だった。

 好きな作家のことなら何でも暗記してそうなレベルだもんな。


「作家コースがある大学ってあるの?」


「あるのかどうか解らないよ。まだ調べてない」


 と俺は答える。

 何で天王寺は気にするんだろう?

 ファンともなると、作家の進学先だって気になるのかなぁ。


「久宝寺先生、じつは難関国立大学だって知ってた?」


「それは知らなかった」


 天王寺は目を丸くしている。


「あれ、これは言ったらダメなやつだったかも。忘れてくれ」


 あとで久宝寺先生に謝らないといけないかな。


「うん、任せて。忘れたよ」


 天王寺はにこっと笑って右手の親指を立ててくる。

 速すぎやしないだろうか!?

 だが信じよう。


「もしかして天王寺は大学決めてるのか?」


「まだよ」


 天王寺は首を横に振る。


「そっか。俺は参考にならないだろう?」


 まずは成績が全然違うし、次に受験を頑張る気はまったくない。


「ううん。まったくタイプが違う人の意見を聞いてみたかったの」


 彼女はそう言った。

 そういうもんなのかなぁ。

 あ、ちょっと解るぞ。


「たしかに俺も自分にはない発想ができる人の意見はありがたく思うな」


 そういう考えを取り入れることで、登場キャラクターに幅を広げることができる。


「んー、そうじゃないよ」


 天王寺は迷いながらも否定した。


「おっとごめん」


「ううん。いかにも作家さんらしい感覚だなって。見られてうれしいよ」


 的外れなことを言っちゃったのに、喜ばれるとはこれはいかに。

 もしかしてファン補正ってやつだろうか。


「訂正しようか迷ったんだけど、私の考えをインプットできたほうがたぶん摂津くんとしてはうれしいよね?」


 天王寺はちらりと顔色をうかがうように聞いてくる。


「それは間違いないな」


 きっぱりと断言すると、彼女は頬を赤らめてうつむいた。


「私の場合、単純に摂津くんの考えが知りたかっただけだよ。摂津くんみたいに他の価値観を知りたいなんて理由じゃないの」


 もじもじしながら教えてくれる。


「そ、そうだったのか」


 その発想はたしかになかったけど、ちょっと俺もうかつだったな。

 信者アピールしてくるくらいの子だったんだから、気づいてもよかったのに。


「何か恥ずかしい思いをさせちゃってごめん」


「いいよ。摂津くんしかいないから」


 詫びたらすぐに許してくれた。


「摂津くんにだけ特別よ。これは秘密ね?」


 彼女はにこりと微笑み、唇に右のひとさし指を当てる。

 彼女くらいきれいな女の子がやるととても絵になった。

 思わず見とれつつ、反射的にうなずいた。

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