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天王寺るりかはお世話したい

 話が終わったところでクッキーをもらおう。

 一枚つかんでモグモグと味わった。


「美味しいな」


「よかった」


 息を飲んで見守ってた天王寺の顔が一気に明るくなる。


「こんな美味しいクッキーを食べたの、初めてかも」


「やだ、大げさね」


 天王寺は笑うが、大げさに言ったりお世辞を言ったりしたつもりはない。

 ついつい手が伸びてパクパク食べる。


「いや、本当に美味しいよ、これ」


 クッキーがこんなに美味しいなら、料理を作ってくれるって断らなかったらよかったかなぁ。

 そんな現金で自分勝手な後悔をしてしまう。


「ふふふ」


 天王寺は満足そうに俺を見ている。

 何だか同級生ってよりはお姉さんって感じだな。

 女子の方が精神年齢高めらしいし、仕方ないのかなあ。


「私、ご飯作りも苦手じゃないわよ?」


 天王寺は俺の考えを読んだようなことを言う。

 左手にあるばんそうこうは見ないことにしておこう。


「うーん、でも何だか悪い気はするんだよな」


 よく解らないけど、料理もお菓子もけっこう時間かかるよな。

 まだ知り合ったばかりってレベルの女子にやってもらうのはどうなんだろうか。


「私は平気よ? ヒカミ先生のお世話ならいくらでもしたいもの」


 ああ、なるほど、そういうことか。

 笑顔で明言されてちょっと納得する。

 天王寺にとって俺は「同じ学園に通う男子」じゃないんだよな。


「お世話されていいのかなぁ」


 断ったほうがいい気はするんだけど、同じ学園の生徒相手に気まずくならない断り方なんて、急には出てこないよ。

 と思ったところで、ふと口にする。


「女の子にお世話されるのか」


 改めて言葉にしてみると、わりと問題がありそうだなと思った。


「私にできることなら、ね。ご飯を作ったりとか、お菓子を差し入れしたりとか」


 天王寺は頬を赤くして、あわてて言った。


「うん、解ってるよ」


 変な意味じゃないってことくらいは。


「だ、だよね」


 天王寺は頬を赤くしたままうつむいてしまう。

 何なんだ、この微妙な空気は。

 言わなきゃよかったと後悔したけどもう遅い。


「げ、ゲームだけど、そろそろ俺の部屋に行く?」


「うん、いいよ」


 露骨な話題転換だったが、天王寺はすぐに乗ってくれた。

 もう一度手を洗い、お皿を流し台に置いて移動する。


「こっちだよ」


 廊下を通って玄関すぐ近くの階段に彼女を案内した。

 二階には物置と俺の部屋と両親の部屋があって、一番手前が俺の部屋だ。


「へえ」


 部屋のドアを開けると、後ろからそんな声が聞こえる。


「男子の部屋に入るのは初めて」


 なんて天王寺はつぶやいた。

 そんな風には見えなかったなと思う。


 遊んでそうとかじゃなくて、落ち着いているようだったから。

 俺の部屋は大して広くないし、ベッドと机があるくらいだ。


「座布団に座ってくれ」


「うん」


 ベッドと机の中間に敷いた座布団をすすめておく。

 そして黒色の携帯ゲーム機を手に取ると、天王寺は本棚を見て声をあげた。


「わあ! スターガンがある」


 彼女が言ったのはメジャー雑誌ステップで連載中の人気少年漫画だった。


「お、少年漫画読むのか?」


 ラノベを読んでるくらいだからおかしくはないのかもしれないけど、意外だったのは否定できない。


「読むわよ。ロマントレジャーも、暗黒狩人も。あと、最近ハマってるのはラノベ原作作品かしら。異世

界転生伝説とか、新天地で無双するとか」


「おおー! 有名どころは全部チェックしてるのか!」


 天王寺の言葉を聞いてるとうれしくなってくる。

 面白いと思ってて買ってて、さらに応援してる作品が好きな人がいるっていいよな。

 そこで天王寺は苦笑する。


「電子書籍が出てるもの中心にね。親が男向けばかり買うの、あんまりいい顔をしないから」


 電子だったらバレないわけか。

 女の子だし、天王寺はいいとこのお嬢さんな気がするからなぁ。


「あ、ヒカミ先生の作品は全部紙と電子と両方を買ってるわよ」


「それはどうもありがとうございます」


 ありがたい読者の代表例みたいな回答がくる。


「ちゃんと発売日に買ってるんだから」


 天王寺は貢献してますアピールしてくるが、まったくもってその通りなので頭があがらない。

 あと、どや顔もかわいかった。


「ありがたい、ありがたい」


 ちょっと拝んでおこう。


「それはやめて」


 天王寺には恥ずかしそうに拒絶された。


「新刊が出るたびに発売日に買ってくれて、電子でも買ってくれるって天王寺が女神さまに見えるよ」


 これはかなり本気である。


「そ、そんなんじゃないってば」


 天王寺は照れたように顔をそむけた。


「どっちかと言うと、作家さんのほうが神様じゃない? 私はその信者で」


 顔を戻したと思ったらそんなことを言われる。


「少なくともヒカミ先生の信者のつもりよ」


 耳まで真っ赤にしながらも、はっきりと宣言された。

 読者に信者って言われたのは初めてなんですが。


「一番熱心かどうか解らないけど、そう簡単に他の人に負けるつもりはないから」


 姿が見えないどころか、存在してるか解らないライバルに向かって宣言したようだ。

 これだけかわいいってだけで圧倒的アドバンテージなんだけど、たぶん言ったらいやがるだろうなあ。


「ありがたい。励みになります」


 かわりにもう一度礼を言っておく。


「ずいぶんと謙虚ね……もう少し、威張ってもいいと思うんだけど」


 なんてことを言われる。


「無理だよ」


 発行部数が一千万、二千万なんて超大台に到達してるレジェンドなら、そうやって偉そうにしてもいいかもしれないけど。

 俺にはそんな勇気なんてないよ。


「『実るほど頭を垂れる稲穂かな』ってことかな」


 天王寺は一人で納得してた。

 まだ大して実ってないような……と言いたいところを堪える。


 信者だと言って応援してくれる子に、あんまりカッコ悪いところを見せたくないし。

 話がひと段落したところで天王寺もハンドバックから赤い機体を取り出す。


「『グラスマ』どれくらいやってる?」


「あんまりやりこんでないかな」


 天王寺はそう答えた。

 友達とおしゃべりしたり買い物行ったりカラオケ行ったりで忙しいんだろうと勝手に推測する。


「俺もライト勢だからちょうどいいかな」


 片方が圧倒的に強いとあんまり楽しくないからな、このゲーム。


「草原マップで行く?」


「ええ」


 通信対戦で、残り六人はコンピュータだ。

 『グラスマ』は対戦型アクションゲームである。


 格闘のみの乱闘スタイルで最後の一人になれば勝ちだ。

 草原マップとは短い草があたり一面に広がっていて、遮蔽物が一切ない場所だ。


 トリッキーな動きができないので、単純な強さで勝敗が左右される。

 もっとも八人同時で戦うわけだから、誰から狙っていくかという戦略性がないわけじゃない。


 はじまって俺はコンピューターから狙っていく。

 天王寺も同じだ。


 基本的に人間を狙うのは抵抗があるよな。

 コンピューターはそんなに強くないので、立ち回りを理解していれば順番に倒していける。


 コツと言えば一つのポイントにとどまらず、動き回ることだ。

 ヒットアンドウェイをくり返しても、特定のエリアから動かないと包囲されてしまうからな。


 それさえ気をつけていればいい。


「きゃっ」


「あっ」


「よっ」


 ただ、近くから女子の声が聞こえるという状況は新鮮だった。

 天王寺、どうやら無意識のうちに声が漏れるタイプらしいな。


 最後に二人になって一騎打ちがはじまったが、天王寺は自己申告通りあんまり強くなかった。

 俺だってやりこむ時間があるわけじゃないので、楽勝というわけにもいかない。


「ああーっ」


 天王寺は負けても残念そうじゃなかった。


「お疲れ」


 と声をかけるとクスッと笑われた。


「摂津くんもお疲れ様」


 そう返してくれる。


「私、強くなかったでしょ?」


「俺も大して変わらないからなぁ。力の差があるよりはいいんじゃないかな」


 立ち回り次第で勝敗が変わるくらいのほうが緊張感があっていい。

 それにしても肩がつらいな。


 叩いたり揉んだり回してみると、パキパキと音がする。


「めっちゃ音が鳴った」


「大丈夫?」


 天王寺が不安そうに表情をくもらせた。


「まあ職業病みたいなもんだしね」


 目、肩、首、腕、腰には気をつけろと同強者はみんなが言う。

 印税でいい椅子を買えって言われて買ったせいか、腰はわりと平気だけど肩こりや腕がつらい時はある。


「肩もみ、しようか? お父さんやおじいちゃんのをやったことがある程度だけど」


 天王寺はそう提案してきた。


「えっ? いいのかなぁ」


 厚意に甘えてしまっていいんだろうか。


「あなたが書けなくなっちゃうと、私にも大打撃だから」


 そりゃそうだろうな。

 俺の作品の信者だって言うくらいだから。


「じゃあお願いしてみようかな」


 天王寺にもメリットがあると思えば、抵抗感が減った。

 この場合、デメリットを回避すると言うほうが正しいんだろうけど、彼女が得をする点は同じだろう。


「任されたわ」


 心なしかうれしそうに返事して天王寺は立ち上がる。

 そして俺の背後に回って肩を揉みはじめた。


 女の子のひんやりした手が筋肉に触れる。

 ぎゅっぎゅっと揉まれているうちに心地よくなってきた。


「うーん、これ相当凝ってない?」


 息がかかっているが、本人は気にしていないらしい。


「そうかな?」


「うん。メチャクチャかたいよ。私の力じゃ無理かも」


 女子だから男子より筋力的には不利か。

 アスリートならまた別かもだけど。


「無理しなくていいぞ。悪いし」


 と俺は彼女に言った。


「ううん、頑張る」


 彼女はそう言って、肩から背中に移動する。


「背中も張ってるわね」


「まあ、座り仕事だからな」


 彼女の指摘にそう応えた。

 負担をかけまくってる自覚はあるけど、どうしようもないんだよな。


「そうだよね。大変そう」


 天王寺は責めたりせず、心配そうに言った。

 お説教されるより、心配されるほうが心には届くな。


「もうちょっと気をつけたほうがいいかな」


 自然と声が出る。


「私が定期的にマッサージをするって道もあるわよ?」


 近い距離で見つめられながら囁くように言われた。


「え、悪いよ」


 断ろうとしたが、天王寺は引き下がらない。


「読めないほうが私にはつらいもの」


 そう切り返されると弱いなぁ。


「ね、頑張るから」


 美少女に甘く聞こえる声でお願いされ、ついうなずいてしまう。

 けっこう押しが強いなと思ったけど、これはイメージ通りだった。


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