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【習作】描写力アップを目指そう企画参加作品

客商売の基本

作者: うたう

第七回 たのしいお仕事企画参加作品です。

https://ncode.syosetu.com/n9981du/210/

 父さん! 母さん!

 自分の叫び声で目を覚ました。

 夢はいつも同じだ。領主の息子ルイが立て続けに両親を斬り捨てる。それを目の当たりにして、力の限り叫ぶと夢は終わる。十数年、繰り返し見てきた夢だ。両親が殺されるところを実際には目撃していない。なのに、こんな夢を見る。

 隣家のおばさんが血相を変えて、通っていた小学校に駆け込んできたときのことは今も鮮明に覚えている。良くないことが起きたのは、表情でわかった。急いで帰宅すると両親は白いシーツに包まれていて、シーツは一部が赤く染まっていた。

 両親の死について、自分なりに調べてみた。が、よくわからなかった。ルイは公子接待の狩猟を行っていたらしい。公子が空腹を訴え、帰途にあった両親の料理屋に寄った。肝心の部分には何個か説があって、東洋の豆料理を出したところ、腐ったものを食べさせる気かと激昂したという話や、料理に髪の毛が入っていたせいだとする話もあれば、無礼な態度をとったためだという話もあった。その場にいた者に聞けば、全容が見えるのだろうが、店は両親が二人きりでやっていたし、ルイや公子に聞くのは難しい。そこにいた護衛の者たちにしたって同様だ。

 真実はようと知れないが、ルイに斬り殺されたのは事実であるらしかった。どの噂もそう告げていた。両親が誰に殺されたのか、それがわかれば充分だった。

 普段寝起きする時間よりずっと早かったが、昂ぶっていてもう眠れなかった。涙を拭い、冷たい水で顔を洗った。鏡に向かって笑顔を作る。笑顔は客商売の基本だ。亡き父の口癖だった。それで、ボロ家には似合わないピカピカの鏡がある。

 最初は小さな屋台からだった。父と同じ道を選んだのは、これが一番の近道だと信じたからだ。野菜のヘタだとか、肉の脂身の多い部分だとか、本来捨てる部分を食せば、まぁ、餓死することはないだろうという考えもあった。

 屋台が一年で横丁の店になった。さらに三年で店は目抜き通りへ移った。今は一等地に構えている。評判は上々だが、「もっと上手くやりなよ」と先輩同業者にはいつも笑われた。その度に「調理さえできれば、私は満足ですから」と返してきた。

 テーブルが二つと店は大きくない。従業員も給仕のジルとヴァイオリニストのソニアがいるだけだ。調理はすべて、自分一人でやっている。人を増やして、もっと大きなところに移れば、贅沢な暮らしができるのかもしれない。だが料理人を増やせば、それだけ疑われる人間が増えるのだ。なにより儲けてしまうと決意が鈍りそうな気がしていた。

 住居は雨露がしのげればいい。パリッとした調理服があれば、普段着はみすぼらしくたって構わない。必要最小限の金だけ懐に入れて、残りは店の運転資金に回してきた。他店よりもいい食材、他店よりもいいワイン、他店よりもいい食器。それでいて金額設定は他店と同等。そうやって評判を築き上げた。

 その苦労が今晩ようやく実を結ぶ。領主は時折、領民の暮らしぶりを調査するために町で食事をする。代々の慣わしだった。そこに目をつけたのだ。


「緊張してます?」

 下ごしらえの最中、食器を磨いていたジルに言われた。険しい表情をしていたらしい。

「領主様のお口に入るものだからね」

 五年ほど前にルイが跡を継いで領主になっていた。

「光栄ですね!」とジルは上気していた。「こんな小さな店なのに」言って、しまったという顔をした。

「まったくだ」

 ジルに微笑んでやった。

 ルイの政治は悪くない。治安はいいし、税金も高くない。人々の表情は明るい。

 だが、両親を殺したのは誰か。ルイだ。

 酸味のあるソースに毒キノコを煎じ煮詰めたものを加えた。味見はできない。苦味は、皮目を香ばしく仕上げて誤魔化す。症状は一日ほどで出るはずだ。下痢と嘔吐が続き、一旦は快方へ向かう。が、数日して急変し、危篤に陥る。まず助からない。

 すぐに自首するつもりでいた。ジルやソニアを巻き込んではならない。自分は死罪になるだろう。それで良かった。両親の仇を討つ。それだけを生き甲斐にしてきた。

 ルイは派手に馬車で来店するのだと思っていたが、意外にも徒歩でやってきた。驚いたのは、二人の共の者の他に子供がいたことだ。

「留守番だと言ったのですが、どうしてもと聞かなくて。申し訳ありませんが、この子にも簡単なもので結構ですので、なにか作ってやってくれませんか」

 ルイは深々と頭を下げた。

 これはルイではないと思った。ルイは傲岸で高慢な男だ。ずっとそういう男を想像してきた。

 ルイの息子は不安そうにそわそわとしていた。五歳くらいだろうか。目がきらきらと輝いている。

 戸惑いながらも笑顔を浮かべた。

「領主様、そしてお坊ちゃま、ようこそおいでくださいました」

 なぜ両親は殺されたのか。殺すのはそれをきちんと調べてからだ。それよりソースを作り直さなければと思った。りんごを使おう。子供は甘いソースが大好きだから。

 ソニアが穏やかな調べを奏で始めた。

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