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しばらく、僕らは校内のカフェにいた。マグカップから出ていた湯気もひと段落していた。
「烏丸くんは、どうしてあのサークルに入ろうと思ったんだい? 」
「え、それ今頃聞くの? 」
僕は、あまりに唐突だったので口に含んでいた冷めたコーヒーを吹きそうになった。
「いや、気になったから」
「気になったから、聞くことかい。もう、入学して2年以上は経ってるんだけど」
「まぁ、そうだけどさ」
彼は、ニコニコとしている。これが、彼の凄いところである。聞きたくなったら聞く。見たくなったら見に行く。
その昔、サークルの飲み会が23時頃に終わって、解散しようかと話をしていた時だ。
「これから、映画見たい!烏丸くんの家に行こう!」
勝手に一人で家で見て欲しかったが「ホラー映画は一人では見れない性分なのです」と、真顔で返事をされ、気がつけば、レンタルビデオ屋で、四条が見たかった映画が入ったレンタルビデオ屋の返却用バックを手に抱えていた。
こんなことが、数回も続けば周りも仲が良いと思われても仕方がない。断らない僕も悪いのだけれど。
「なんだろうね。声をかけてくれた先輩がいたからじゃないかな」
僕は、冷めたトーストのかけらを口に入れて咀嚼した。
「あ、それ私もー 」
志保が、僕の回答にのってきた。
「そういう、四条はどうなんだよ」
「俺も、声をかけてくれる先輩がいたからだよ」
「ほう、それは誰なんだい? 」
志保は、パンケーキの最後の一口を含んで、もぐもぐとしている。
「村井さん」
彼が、その言葉を言った瞬間、僕と志保は大笑いをした。
「村井さんって。ははは」
しばらく、僕と志保は笑い転げていた。静かだったカフェの店内が一瞬にして騒がしくなった。
周りの人たちから冷たい視線を浴びせられていることに気づいた僕と志保は、とりあえず笑うことをやめた。
「僕らと同じだよ。やっぱ村井さんだよね」
村井さん。彼ほどの不思議で愉快な先輩には未だかつてあったことはない。
大学の入試の日に、こっそりと入試会場に潜入し、トイレに駆け込む男子を見ては、サークルの勧誘をしていたらしい。
そして、入学式の日には、父兄に紛れて入学式に参加。またしてもトイレに駆け込む男子を見ては、サークルの勧誘をしていたらしい。
志保は、どこでであったのか。彼女は、大学に登校した初日。駅前で眼鏡のレンズをひたすら吹いている不思議な人物が立っていて、恐ろしくなって少し離れたところを歩くと、勢いよく近寄ってきて「我が、サークルには君のようなマドンナが必要だ! 」と言われ、気を良くして入ってしまったらしい。後日知ったことではあるが、眼鏡を拭くために眼鏡をかけていなかったため、志保のルックスなど見ていなかったようであった。
僕は、トイレで勧誘にあったわけではないが、大学の校門の陰から勢いよく現れ、人さらいのごとくサークルの部室まで連れていかれたのである。また、言うまでもないが、僕と四条を、セットメニューに名付けたのもこの村井という男である。
「本当に不思議なひとだったね 」
志保は、懐かしそうに話す。
「あの人って、何歳だっけ? 」
「4留くらいしてたから、26歳くらい? 当時」
四条は、指を数える。
「うぇえ。まじか。今は、28?29? 僕は、卒業したい。卒業したいわ」
僕は、心の中で深く誓った。
「暫く、見ないと思ったら退学してたんだよね。別に何か悪いことをしていたわけではなかったと思うけどね」
「うん。悪いことはしていなかったと思うよ」
村井さんは、ある時、急に大学に来なくなった。入学して1年くらい経った頃であろうか。理由は誰一人として聞いていなかった。決して仲が悪いとかそういこともない。単純に村井さんは特定の友達を作らなかった。作らなかったがゆえに、誰かが村井さんの行方を知っているだろうという空気感が漂った結果、誰も村井さんの行方がわからなくなってしまったのである。