第一話 キャスト使いの賞金稼ぎ
最近、この街ではキャストが盗まれている。
鋳物と言っても別に金属で出来ているわけではない。キャストとは、契約者たる人間が、自らの魂を『器』として生み出した力の結晶のことだ。狼や鳥、武器や装飾品に始まり、無機生物にいたるまで、キャストは様々なカタチを取りうる。生物型のキャストは、普段は生物として過ごしているし、その他のパンも自らの姿にあった使われ方をしている。ただ、契約者たる人間が、幻海とのゲートを開き、キャストに力を流し込んだ時、キャストは理を超えた現象を起こす。
そのキャストが、この街レグナルド市では、このところ頻繁に盗まれている。キャストが理を超えた働きを示すとはいえ、その力を引き出す事ができる人間は稀で、キャストを盗まれた被害者とて大抵はキャストをその姿のまま――すなわち生物は生物として、武器は武器として――扱っているため、ここ最近の盗難事件がキャストに限定して起きていることを知るものは少ない。業界の人間、すなわちキャストをキャウトとして――理を超える存在として扱う、たとえばこのワイス博士のような非一般人たちを他にして、キャスト盗難事件はただの空き巣の頻発と見られていた。
キャスト研究科としてとある界隈では有名人である博士が、彼の重要なパトロンであるマフィア・カルミニー一家の紹介であると名乗る二人組を家に招き入れたのは、件の盗難事件のちょうど八軒目が起こった次の日の事だった。
「僕たちは、博士の研究に興味があってきたのです」
茶色髪の少年は、丁寧な言葉づかいでそのように言った。
「博士の噂を聞き、ぜひお目にかかりたいと思いまして。よろしければ、研究に関してのお話を聞かせてください」
尊敬の念すら感じさせる期待の混じった視線で、少年は博士を見上げていた。
少年の態度に気を良くしつつも、博士はしっかりと、目の前の二人を観察した。
まず最初に、博士に話しかけた少年からだ。年の頃十四かそこら。茶色の髪の毛は男の子にしては少し長めで、まだあどけなさの残る相貌と相まって、女の子のように見えなくもない。大した荷物はないが、その代わりなのか肩に猫をぶら下げている。銀色の毛並みを持つ短毛種の猫だ。旅をしていると説明していたが、旅先でわざわざ博士のような人間を訊ねるところからして、この少年もまた契約者なのだろう、と博士は考えた。
次に、博士は少年の後ろに控えていた青年に視線を移した。中肉中背。二十歳ほどの、いたって普通の青年である。鼻頭に届くほどに伸びた前髪の隙間から、悪魔じみた双眸が覗いている。それは黒みがかった赤色で、博士に強い印象を残した。
ひとしきり眺めてから、結局博士はカルミニーが紹介したのだから大丈夫だろう、とこの数秒を無駄にする結論を出した。どのみち、彼らが本当にカルミニーの関係者だった場合を考えれば、博士の選択肢はあってないようなものだったのだが。
とにかく、博士は二人を自宅に上げ、応接室――――といっても、そこは研究室でありリビングでありダイニングであり、ついでに寝室でもあったわけだが――へと通した。そこらから適当に椅子になりそうなものを引っ張ってきて、博士は少年たちに勧めた。博士もすぐ側にある適当なものに腰を下ろし、少年たちは自己紹介をした。
少年はスコット、青年はアダルとそれぞれ名乗った。それから猫はケネコといった。
それから少年は、「噂に聞くところ、博士はキャストとわれわれ――キャスターの関係性を一変する、新しい技術を開発しているとか?」
質問を口にしながら、すぐ傍らに置かれているある装置に目線をやった。
口元を、博士はにやりと歪めながら。
「いかにも、そのとおりだ。そして君が気にしているそれが、私の研究成果だよ」
博士はその装置に手を添えながら誇らしげに言った。
「この装置はキャストを合成するものだよ。例えばハリネズミのキャストの針に、剣のキャストを合成するように、キャスト同士を組み合わせて新たな能力を持つキャストを作り出す。いわばキャストを溶接するわけだな」
「……合成? キャストをですか?」
「そうだ」
力強く頷くと、博士は滔々と説明をはじめた。
「君も知っての通り、キャストは幻海の力を我々キャスターの魂に流し込んで生み出される。この時生み出されるキャストは、魂の貌によって様々な形をとるのだが、ここで一つ問題が生じる」
魂を型として使えば使うほど、そのものの寿命は縮まっていくということだ。
それは魂が型として耐えられなくなり、何度も幻海の力を流し込めばいずれ廃人となってしまうためである。ところがどのような魂を持つか――すなわちどういった人格が『良い』キャストを生み出すのか未だ分かっていないのだ。そのためキャスターにとってキャストを生み出す行為――キャスティングはかなりのリスクを伴っている。
「これは、我々にとって非常に良くない。例えば良い魂をつくりあげようと、己を常に鍛え上げてきた人間が、いざキャスティングしてみれば全く使えないキャストが出てきたりする。まあこれは極端な例だが……、とにかくキャスターにとってキャストは非常に不安定な存在なのだよ。それから得ることのできる力の割にね」
そう言って、博士は企みを混ぜた笑みを浮かべた。
スコットは腕を組み、感心を表情に表した。
「なるほど、そこで出てくるアイデアが……」
「キャストの合成だよ」博士が件のの装置を軽く叩いた。「これは私の仮説だが、魂には容量というものが存在する。その容量は、そのまま器としての容量となり、ひいては生み出されるキャストの容量となる。そして、『良い』とされるキャストは容量が大きいとしたら……? キャストの合成で生み出される新たなキャストが、かなりの働きをしてくれることは想像に難くない。器としての魂をどうこうする技術が我々にない以上、キャストの側を操作してやろうと思ったのさ。つまり私は――」
「どうもないみたいだぜ、スコット」
突然、博士の長広舌を遮って、今まで黙っていたアダルが言った。
得意の演説を遮られて博士は不愉快さに顔を歪めた。非難の視線をスコットに送る、君の連れはどうなっているのかと。しかしスコットは、
「あ、そうなの? じゃあもういいか。話し聞いてても仕方ないし。とっとと壊して帰ろう」
「嫌だよ面倒くさい――」
「幻海の力を糧にし、汝の力を呼び覚まさん!」
スコットが詠唱し、彼の猫が姿を変えた。キャストの力を開放したのだ。
スコットは剣へと姿を変じたケネコをアダルへ押しつけると、
「ほら、出してあげたから適当に暴れてよ」
スコットが言うと、いやいやながらもアダルは剣を受け取った。
「お、おいおい……君」
自分をよそに行われるやりとりに、博士はたまらず声を上げた。すると、スコットがくるりと振り返って、「博士、ためになるお話をどうもありがとうございました。良質のキャストを生み出すためにキャスト同士を合成するという考え、素晴らしいものです。キャストとキャスターの新しい可能性を感じますね。きっと、博士の技術はかなりの利を我々キャスターに与えるでしょう。例えば、マフィアが幅を利かせるような」
例えば、の後を、声色を変えてスコットは言った。
「何が、いいたいのかね」
「博士のパトロン……確かカルミニー一家でしたか。ここ最近盛況なようですね。彼らと取引のある、ジャルバック……これは野盗ですが……どうも儲けがいいようで、盗品さばきも調子がいいようです。街道に陣を張って旅人を襲っているそうですよ。かくいう僕らもこの街に来る途中に襲われましたしね。大変多くのキャストを擁していらしいですよ。実際していましたが」
段々とぶっきらぼうな言い方になりながら、スコットは一息に喋った。
博士は口をつぐみ、そういうことかと少年を睨んだ。ジャルバックに襲われて今ここにいるということは、おそらく奴らは、このキャスターの少年たちに倒されたのだろう。カルミニーのバッジだってどうやって手に入れたものか……。そして最後は、ジャルバックにキャストを――合成したキャストを渡していた博士のところへとやってきたのだ。
と、剣を構えたアダルが、ずいっと一歩博士の前へ、
「……気配は感じないから、無いとは思うが一応聞いておく。魔神級のキャストがこの街の研究家に渡ったとの情報がある、あれば渡せ」
博士の喉元へ、アダルは切っ先を突きつけた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「魔神級、だと……」
ハッ、と小さな声で、博士は嘲りに笑った。
「なにを……馬鹿なことを。あれはただの伝説ではないか」
その昔、幻海とこの世とを繋ぐ道が通じたばかりの頃、人ならずの魂によって作られたキャスト。時の流れから逸脱するかのようにいつまでも滅びぬ魔神級の伝説。
火、水、土、風、雷。明暗、生死。それら人々の想う概念体――神々が作り上げたものが魔神級のキャストであり、人間のそれらは神々の模倣によって得られたものだと……。
それは、キャスターならだれでも知っている話ではあった。魔神級のを封じた神器とは、キャスター相手の詐欺の常套句なのだ。
そのキャストをよこせと、情報があると目の前の二人は言う。哀れな詐欺の被害者たちに博士は嘲笑を送ってやった。
「……っく、ふっはははは。魔神級……魔神級か! それで私に刃を向けるか。カルミニーの名を知らぬ訳でもあるまい」
マフィアの名をあげて博士はアダルたちを哀れんだ。マフィアは刃を向ける敵に容赦しない。さらにカルミニーといえば、この街で一等残酷な奴らだ。
ところが、アダルはそんな博士を見下すように、
「そのマフィアが、どうして俺達にあんたの居場所を教えたんだと思う?」
「そんなもの教えるわけが……」
「じゃあ俺がここにいるのはなぜだ」
口角を上げ、試すような顔をしてアダル。
「! まさか……!」
「カルミニーさんたちは喋っていませんょ」博士の疑問に答えたのはスコットだった。「ただ『あなた達が抱えている博士の住所を教えて下さい』と言ったら剣を向けられたので、正当防衛しました。いや吐かせていませんよ。喋ってはくれましたけどね」
事も無げに言うスコットに博士は驚愕の眼差しを向けた。
「くっ……」
マフィアの助けは期待できない。研究者とはいえ、自分もキャスターの端くれだ。この場は自分で切り抜けるしかあるまい。
焦る心を抑えながら博士は手のひらを曲げた。合成をしようと装置にセットしていたキャストの宿り器に向け。反応する暇なく、一息にキャストの開放式を唱える。
「蠢く金、毒金は刃と盾となれ!」
博士の号令一下、合成装置から銀色の流体が飛び出した。流体は半分を盾に、もう半分を槍に変じ、博士を守りながらアダルへ刃を突き立てる。
――が。
「…………」
アダルは眉すらもぴくりと動かすことなく、キャストの剣を無造作に振るった。博士のキャストの攻撃は、アダルの斬撃に無残にも溶ける。流体に戻ったキャストが床に銀色の水たまりを作った。
「水銀のキャストかな……あたっていたら危なかったね」
「当たればな」
感想を述べるスコットに、アダルは無愛想な答えを返した。
博士へと、アダルは剣先を揺らしながら、「魔神級がないのはいい。一応聞いただけだ。それよりも……いまはあんたの研究が気になる。合成したキャストはどうしたんだ?」
「くっ……」
力を流し込んだキャストを破壊された反動に顔をしかめながら、博士は胸中で野盗共を罵った。あの少年は、先ほどジャルバックに襲われたといった。自分の前でその名を出したということは、全て気づいているのだろう。
博士の表情から心の中を理解したのか、アダルは剣を振り上げると、
「……まあ、そういうことだ。悪いとは思うがこの装置は壊させてもらう」
「それは困るな、我々としても」
突如割って入った声に、その場にいた三人はそろって玄関へと視線を向けた。
そこにはスーツ姿の男が三人。博士のアパートへ入ってきていた。三人共が博士の知った顔だった。カルミニーのヒットマンたちだ。
「なんだ、テメエは……」
アダルが問う。
割って入った声の主は、その他の二人に『待機しろ』と掌で指示してから、そっと懐に手を入れた。そのまま彼はゆっくりとアダルたちに近づいていく。
「私は何、そこにいる博士の雇い主みたいなものさ。大事な下請けを守りに来たんだよ」
そう言って彼は懐から手を抜く。すると、その手には拳銃が握られていた。
拳銃……最近開発されたばかりの小型の鉄砲のことである。製造の難しさのためかまだ量産はされておらず、その存在を知るものすら少ない。
やっと手に入れたばかりなのだろう。自慢の拳銃を、ヒットマンは見せびらかすように構える。
「おっと動くなよ。この武器を知っているか、こいつはな――」
「知るか」
無情にも、ヒットマンを無視してアダルは剣をぶん投げた。
瞬間、ケネコの契約者たるスコットが長剣の刃を無くした。鉄の棍棒と化した長剣は、マフィアの頭にあたって鈍い音をたてた。