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(2)


 さて、モミジと名乗った麗しい女人の正体は桜の精などではなく、件の弟子であった。叔父の弟子になったばかりだというのに、すでに見事な化けっぷりだ。

 そんな彼女と共に弟子として叔父の庵に棲むことになった私であったが、最初はやはり泣いてばかりいた。

 何しろ、叔父――いや、師匠はかなり厳しかったのだ。


「あぁ?おいこら何耳出してやがんだ。とっとと引っ込めろ。何だぁこの尻尾は?引っこ抜くぞこら」

「身体全体を成長させろって言ってんだよ。手足だけ伸ばしてどうすんだ手長足長かよお前は。俺の前で無様な変化へんげ見せんじゃねぇよ」

「服を適当にすんじゃねぇ。そんな皺の一つもねぇ服着てる人間がいるかよ。よく観察しろ」

「はいあと三時間その姿でいろよー、俺は昼寝してっからなー、さぼんじゃねぇぞー」


 容赦のない指導のおかげか、三か月も経てば、耳も尻尾もない普通の少女の姿に安定して変化できるようになった。

 変化の基礎ができれば、あとは化け力の応用だ。長く人間に変化していられるように持久力を付けながらも、効率の良い力の使い方を身に着けていく。

 また、人間以外の者に変化する術や、葉っぱを別の物に変化させる術も学んだが、その方法は「見て覚えろ、後は自分で感覚掴んでやれ」なので、なかなか苦労した。

 苦戦する私を見かねてか、大抵の術は姉弟子であるモミジが教えてくれた。時折スパルタな気配はあったが、丁寧で辛抱強く付き合ってくれる彼女に、私は感謝したものだ。


 思えば、モミジがいなければ、私もすぐに師匠の庵から逃げていたことだろう。

 私が上手く化けられるようになるまで、日々の家事の一切はモミジがしてくれていた。

 本来であれば妹弟子の私がしなくてはならないことだが、化け力も化け術も未熟な私は、修業後はスタミナ切れで狸姿に戻ってしまううえ、すぐに爆睡していた。しかしモミジは修業も難なくこなして、人間の姿で師匠と私の世話をしてくれていたのだ。

 優しく美しく賢く、いつも朗らかな(修行の時は師匠に負けず劣らず厳しくなるが)彼女に、私は憧れていた。また、家族と離れて共に暮らす中、親しみも湧いていた。

 私にとって、彼女は本当に姉のような存在であった。


「あの、モミジ様」

「あら、“様”はよして頂戴ちょうだいな」

「ですが……」

「そんなに堅苦しい呼び方は何だか寂しいわ。同じ師を持つ弟子ですもの、仲良くしましょう」

「……あの、それでは、その……」


 もじもじとする私の顔を不思議そうに覗き込む彼女に、小さな声で尋ねる。


「ね……姉様と、呼んでもいいですか?」

「……」

「そのっ、モミジ様は姉弟子ですし……わ、私、兄様しかいなくて……モミジ様みたいな姉様がいたらいいなあって、思って……その……」


 声は次第に尻すぼみになる。

 切れ長の目を見開くモミジの顔に浮かぶのは、驚きと困惑だったからだ。どこか少し辛そうで、躊躇うような気配を感じ取って、私はぎくりとした。

 ああ、馴れ馴れしいことを言ってしまった。彼女を困らせてしまった。

 一瞬にして後悔した私は、涙が滲みそうになる目を隠すように顔を伏せる。


「ご、ごめんなさい。あの、やっぱりモミジ様で……」


 しかしその言葉は、柔く抱き寄せられることで止まった。私を胸の中に抱きしめた彼女がそうっと声を紡ぐ。


「お前が良ければ、“姉様”と。そう呼んで頂戴」

「い、いいんですか?」

「もちろんよ。……嬉しいわ、とても」

「っ……」


 嬉しさのあまりにぴょこりと尻尾が出る私に、「尻尾が出ているわ、お師匠様に引っこ抜かれてしまうわよ」と注意しながらも、彼女は優しく微笑んでいた。

 その後も本当の姉妹のように、師匠も合わせて家族のように日々を過ごした。


 春は花見で、師匠とモミジ姉様が化け勝負に興じて。

 夏は花火で、山の一番高い木の上に登って見物をして。

 秋は落ち葉で、化け術に使う葉っぱを集める傍らで焼き芋をして。

 冬は雪で、師匠VSモミジ姉様と私で合戦をして。


 修業は厳しくも、楽しく穏やかな日々の中、私はすっかり忘れていた。

 姉様と呼んでもいいかと尋ねた時に、モミジ姉様が見せた表情。彼女の困惑と憂いの意味を知るのは、それから五年近く経った日の事だった。



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