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act.8  予兆

 


 ギラギラと照りつける太陽を背負い、ダブルエックスは空を駆け抜けていた。

 ややお歳を召した花嫁を抱き。

「歳とっててごめんなさいね」

 控えめな笑みを向ける美しき花嫁に、至上の笑顔で振り返るダブルエックス。

「お戯れを。もとよりレディとはお歳を召さぬもの。しかしながら真なる美徳のありかは、積み重ねられた年輪の中にこそ現れいずるものなり。答えの見えぬ奥深きその葛藤に、我ら憐れなるしもべはただただ翻弄されるのみでございます。ご容赦ください」

「まあ」


 式場では今まさにリングの交換が行われようとしていた。

 涙にくれる花嫁と、ぞんざいな笑みを浮かべる品格を欠いた新郎。

 祝福の儀式は、冷ややかに見守る参列者達に囲まれ、淡々と過ぎていくのだった。

 その時、催涙弾が放り込まれ、パニックになる会場の四方から仮面を被ったグランチャー達がなだれ込んできた。

「花嫁を救い出せ!」

「おう!」

 ランセンの雄叫びに呼応するヴィゲンら主要メンバー。

「なんだ、貴様らは!」

「あんた、邪魔!」

 ネシェルの放ったゴム弾が額にヒットし、首根っこを引き抜くように救いなき新郎が祭壇に倒れ込んでいった。

「くえええぇ……」


 巻き起こる砂塵もものともせず、ダブルエックスは砂漠を走り抜けていた。

 やや器量の控えめな花嫁を抱き。

「美人でなくてごめんなさい」

 自信なさげな笑みを向ける美しき花嫁に、至上の笑顔で振り返るダブルエックス。

「お戯れを。もとよりレディとは美しさのみで完結しているものです。ご自分の魅力に気づかぬはレディの未熟。それを見抜けぬは殿方の未熟。自信をお持ちください」

「あなた、ホストみたいね」


 ラファルはグランチャーズの妨害を式場のはるか手前で堰き止めていた。

 部下達を効率よく配置し、予測した侵入経路をことごとく潰す。

 その徹底振りは、蟻の子一匹とて敷地に近づくこともままならぬほどだった。

「そうか、ご苦労だった」外周部隊からの連絡を受け、ラファルが無線機越しに部下達の労をねぎらう。表情からは微塵も油断をうかがわせなかった。「そのまま持ち場にとどまってくれ。まだ安心はするな。この式の成功は、君達の手腕にかかっている。期待しているぞ」

 連絡を断ち、手を取り合う新郎と新婦に顔を向ける。

 心配そうに見つめる二人に、ラファルが柔らかな笑顔をしてみせた。

「ご安心ください。あなた方とこの式は私が命にかえても守り抜きます。誰にもあなた達の幸せを奪う権利などない」

 それから表情を和らげた二人に、最高の祝福を差し向けた。

「最高の式にしましょう」


 吹きすさぶ風を切り裂き、ダブルエックスは建物と建物のはざまを滑り抜けていた。

 ややふくよかな花嫁を抱き。

「ぽっちゃりしててごめんなさい」

 天真爛漫な笑みを向ける美しき花嫁に、至上の笑顔で振り返るダブルエックス。

「おたわむれを。もとよりレディとは風に舞う花びらか、はたまた羽毛のごとき軽やかなる存在。抱けぬ己の非力を認めぬは殿方の恥に他ならず。ご心配不要なり」

「実は最近少し痩せたんだけれどね。わかる?」

「ふんぬ!」


 その日は禁忌日だった。

 禁忌日は月に数回存在し、挙式をあげても功績として認められることのない無用の日だった。一切の式が執り行われることのないそういった厄日は、セレブレーター達にとっての休日でもあった。

 しかし、海洋を背負った国内随一のマリンビューを誇る、世界最高峰の呼び声も高い第一帝都ホテルは、慌しい教練の真っ最中だった。

 ステイト・カンパニーのホームグラウンドであるその場所で、ラファル提唱のもと、職員総出の演習が実施されていたからだった。

 ステイトには膨大な数の部隊が存在する。その中でもラファルの隊は群を抜いて優秀だった。規律の厳しさも、実績も、他の追随を許さない。

 隊長に就任してからの著しい功績もあってか、今ではラファルはこの第一帝都ホテルのセレブレートを任されるまでになっていた。

 それは社長のホーネット直々に、社のトップエリートとして認められたことを意味する。

 同時に、第一帝都ホテルを任されるということは、他の式場との一切の干渉を断つということでもあった。

 それには抜き差しならない理由があった。

 建物の最上階の巨大フロアは、半年ほど前から、実施される予定のない式の準備だけが常に万端の状態だった。

 望みであれば他の客も利用は可能であるが、もしそこに緊急挙式が飛び込めば、すべての挙式をキャンセルするという誓約書も利用者に承諾させていた。

 当然のことながら、そんな理不尽な条件を承諾するものなどいようはずがない。

 挙式の中断は失敗を意味し、実行者達の失脚を意味するからだ。

 そのためこのフロアでは、挙式自体が半年もの間まったく行われていなかった。

 毎日のように廃棄される大量の料理や、引き出物の類が無駄になるのにもかかわらずである。

 当然のことながら、その負担金はすべてステイト社自らが支払うこととなる。

 何の利益にもならぬそのような愚行を、利益一辺倒のステイトが続ける理由は従業員達には知らされていなかった。

 もちろんラファルにも。

 その監獄就労にも似た境遇を己への戒めと勘ぐったラファルが、社長のホーネットに不服の申し立てをする。

 多くの挙式を成功させるためにも、自分を再び外の隊に戻してほしいと。

 そこでホーネットは笑みをたたえながら、初めて本当の理由をラファルに話したのだった。

 例の一大イベントの会場がそこであり、間もなくそれが確実におとずれるはずだということを。

 己を押し殺し、ラファルがホーネットの意向を飲む。

 いつでもそこで挙式が行えるよう、万全の備えをもって。


 ラファルの厳しい訓練にへとへとになりながら、二人の隊員が建物の陰にこっそり逃げ込んでいく。

 かつてラファルの前で堂々と皮肉を口にした輩達だった。

 彼らは常々訓練から抜け出し、見つからないように休息を取っていたのだった。

 日陰の壁に背中からもたれて座り込み、ぐだ~っと足を広げてタバコをふかす。

 うまそうに煙を吐き出し、二人はやれやれという様子で互いの顔を眺めた。

「やってられんな」

「まったくだ」

「しかし一番隊に配属されたおかげで給料が上がったのはありがたいな」

「ああ、なんとしてでもこの待遇だけは死守しないとな」

「そのためには嫌なこともガマンガマンだ」

「そうだな。つらいが耐えるしかないな」

「おい、今夜どうだ」

「いいな。飲みに行こう」

「残務整理をさっさとすませて、街へ繰り出そうぜ」

「なあに、そんなのこないだ入った新人に押しつけちまえばいいさ」

「それもそうだな。あのガチガチの奴なら、ちょろいからな」

「ああ、本気で花嫁の幸せを守りたいだとかぬかして」

「笑いをこらえるのに必死だったぜ」

「俺は笑ってしまったぜ」

 顔を突き合わせていやらしく笑い合う。

 それから二本目に火を点け、澄み渡る青空に向けて、ぶふ~と煙を吐き出した。

「それにしてもどんな手を使ったんだろうな」

「ん? ラファル坊ちゃんのことか」

「ああ。俺達より後から入ったくせに生意気な」

「コネだろ。腐ってもダッソー家だからな」

「それ以外に考えられんな。たいして実力があるわけでもないのに」

「偉そうに指図しやがって、いっぱしの隊長気取りだからな」

「くそ。俺達がいくら頑張ったって、二軍の隊長にすらなれっこないのにな。不公平だ」

「なあに、すぐにボロが出るさ」

「そうだな。どうせそのうち失敗するだろうな」

「まあ、おこぼれでここに配属されたわけだから、今は我慢するしかないがな」

「そこの二人」

 二人がビクッと身を竦ませる。

 声のした方向におそるおそる顔を向けると、そこには厳しい表情で見据えるラファルの姿があった。

「貴様と貴様、明日から来なくていい」

「……」

「……」

 言葉もない二人が、あんぐりと口を開けながら、火の点いたタバコをポロリと落とした。

 それに追い討ちをかけるラファル。

「クビだ。とっととここから出ていけ」

 背中を丸め、すごすごと立ち去っていく二人。

 微塵も揺るがないその姿勢に、ラファルのかたわらにいた部下の一人が心配そうな顔を差し向けた。

「少し厳しすぎるのでは……」

「何を言うか、ミステール」くわとラファルが振り返る。「ああいう連中がいるだけで集団の中に弛緩が広まり、甘えが生まれ、やがて全体を崩壊させるような綻びを作り出す。ダブルエックスがそこを見抜いて我らの虚をついてくる限り、警備に何万人使おうと同じことだ」

「はあ……」

「そのとおりでございます」

 手揉みしながらごますりを始めた年配の平隊員を、ラファルが鬼の形相で睨みつけた。

「持ち場を離れるなと言っただろう、エタンダール。もたもたするな」

「はい!」

 弾かれるように走り去っていく、エタンダール元主任。

 その後ろ姿を、ミステールは困惑するように眺め続けていた。

 何も言わずに部下達に背を向けて歩き出すラファル。

 しばらく歩き、やにわに立ち止まった。

「……」はっとなって振り返るラファル。「待て、今の二人を呼び戻せ」


 ホーネットは煌びやかな装飾に彩られた第一帝都ホテルの社長室から、満足げな様子でラファルの訓練を眺めていた。

「社長。ご依頼の資料にございます」

 届けられた資料を秘書から受け取り、問いかける。

「何かわかったのか」

「はい。ここのところ続けて我が社への妨害工作を敢行していたグランチャーの正体が判明いたしました」

「ほう、どこだ」

「サーブです。メンバーの顔も割り出してあります」

「サーブ? あの弱小グループか。目障りだ、さっさと潰しておけ」

「ですが」

「ですが、なんだ」

「サーブ・グランチャーズのランセンという男は、他のグランチャーやセレブレーター達からも一目置かれるほどの傑物です。彼が関わった式の中には、彼に敬意を表してセレブレーター達が一切手を出さなかったという話もあるほどです」

「それがどうした」

「彼らに手を出せば、他のグランチャー達を押さえられなくなるものと……」

「たわ言をほざくな。我々に従わぬものは潰せ。文句のある者がいれば、それもまとめてだ」

「はあ……」

 ふいにホーネットが考えをめぐらせる。

「よかろう、そこまで言うのならば、懐柔してみるのも手だ。外部に対してそれほどの影響力があるのならば、別の使い道があるかもしれんな。我々の言いなりになりさえすれば、トロイカ以上の利用価値が生まれるかもしれん。どれ、写真を見せろ」

「は……」

 資料を確認しながら、顔も向けずにホーネットは質問を続けた。

「ファントムの消息はつかめたか」

「はい。ですが……」

「ですが、なんだ」

「我が社とは組む気がないと。どうやら先代との確執を引きずっているようで」

「なんとしてでも了承させろ。金はいくらかかってもかまわん」

「はあ……」

「ならばこう言えばどうだ」にやりと笑う。「伝説のセレブレーター、ファントムをしても、ダブルエックスを止めることができぬと言うのならば仕方がない、と」

「……」

「どんな手を使ってもいい。必ずダブルエックスをしとめるのだ」それから封筒から一枚の写真を抜き取って眺め、わずかに眉をうごめかせてからまた笑った。「ほう」





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