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act.3  本業と副業

 


「結局、トロイカの奴ら、出番なかったな」

 声を出して新聞を読み上げる仲間に、ヴィゲンが不機嫌そうな顔を向けた。

「ダブルエックス様のおかげで、か」

「ああ、そのとおりだ。ダブルエックス様々だ。奴がいりゃ、俺達なんぞ必要ないわな」

「人ごとみたいに言ってんじゃねえよ、ドラケン。それじゃこっちが商売あがったりじゃねえか」

「それでいいんじゃないの」

 横からの割り込みに、ヴィゲンが、んあ、と不機嫌そうに振り返る。

「どういう意味だ、グリペン」

 するとグリペンと呼ばれた二十歳そこそこの若者が、にこにこの笑顔をたたえながらヴィゲンにレモネードを手渡した。

「うちらの仕事はお金儲けじゃなくて、足かせを付けられた花嫁を悪党どもから解放して、幸福の花嫁になってもらうことだからね」

「けっ、また青臭いことを」

「そう言うヴィゲンだって、儲け一辺倒のよそのやり方が嫌でうちに来たわけだろ」

「そんなんじゃねえよ」けっ、と横を向く。「ランセンのやり方は嫌いじゃない。でも、もうちょっとこうよ、効率のいいやり方ってもんが」

「しかたがないだろ。それがここのやり方なんだから」

 ドラケンが豪快に笑った。

 この三人に、リーダーのランセンとネシェルを加えた五人、それにサポートメンバーの逃がし屋クフィルが、サーブ・グランチャーズのフルメンバーだった。

「みんなそういうのが好きで集まってきた人間ばかりだからね。他のグランチャー達は儲けになればどんな妨害行為もへっちゃらへーだけれど、うちは社長が納得しない仕事は決して受けないから。うちこそが真の義賊だって、みんな言ってるよ。まあ、報酬は受け取るけどね」

「真の義賊っつっても、こう赤字続きじゃあなあ」

「だから他の仕事もしなくちゃね。はい、今週のノルマ」

「また農場の手伝いか」グリペンからリストを受け取り、ヴィゲンが辟易顔になる。「これじゃあグランチャーズなのかファーマーズなのか、わかったもんじゃねえな」

「むしろファーマーが主たる仕事だけどね。いいじゃない、平和で。普段はなんでも屋の看板を出しておいて、気が向いた時だけ赤字覚悟で人助けをする。最高だよ」

「そうはいうがよ……」そう答え、首を出してリストを凝視するヴィゲンの眉間が、みるみる険しくなっていった。「……ネシェルの奴、またウェイトレスか」

「うん……」

 グリペンの顔色もやや曇る。

 ついでにドラケンも。

「……。大丈夫か」

「大丈夫だといいんだけどね……」


 バチン! と室内の空気を震わせ、一人の酔っ払い男が背中から吹き飛んでいった。

 その前には銀色のトレーを両手で握り締めて仁王立ちする、仏頂面のネシェルの姿があった。

「ちょっと、ネシェルちゃん……」

 おろおろとした様子でマスターがネシェルをなだめに入る。

 原因はほぼわかっていたが、一応確認することにした。

「何があったの」

 それにキッと振り返るネシェル。

「こいつが私のおしりを触ったんです!」

「いや、まあ、そんなことで……」

「そんなことってどういうことなの!」

「いや、まあ、お酒を出しているところなんだから、それくらいは……」

「そんなの聞いてない。どうしてお酒を飲んだらおしりを触ってもいいって理屈になるんです。おかしい」

「……。ああ、もう……」頭を抱えるマスター。「もう帰っていいから」

「……」


 仏頂面のままネシェルは店を出た。

 最後に店の看板を一目眺めて、はあ、とため息をつく。

 くっくっく、という笑い声に気づき振り返ると、通りの角で建物にもたれ、おもしろそうに笑うクフィルの姿が目に映った。

「何がおかしいの」

 ぶすっとネシェル。

 それをいかにもおかしいと言わんばかりに、クフィルが受けた。

「いや、おかしいっていうわけじゃないんだが、おまえさん、またクビになったんだろ。客をトレーでぶん殴って」

「う!」

「それがおかしくって……」

「やっぱりおかしいんじゃない!」

 あっはっは、とクフィルが笑った。

「残念だな。結構似合ってたのにな」

「どこが!」カッと顔を赤らめ、ネシェルがクフィルに食らいつく。「あんな恥ずかしいかっこう、もうこりごり!」

「そうか? 俺は結構好きだけどな。確かにスカートは少し短いが、その分ストッキングが長くていい感じだろ。にょっきりのぞく太ももにガーターベルトの組み合わせがこれまた……」

「そういう目で見られるのが嫌なの!」

「いいじゃねえか。せっかくかわいかったのによ」

「……かわいい」

「いや、そういう意味で言ってるんじゃなくてだな。制服がかわいいって意味で」

「はあああああっ!」

「いや、まあ、おまえみたいなおてんば女でも、それなりに見えるとこがミソだな。黙ってりゃ、育ちの悪さまではわからないしな。あっはっは!」

「もう、死んでしまえば!」

 目尻から涙を滲ませ、クフィルが沸騰しまくるネシェルと向かい合った。

「あのクーガーって店、俺のいきつけなんだけどな、もう一人ウェイトレスの子がいたろ。おまえと同じくらいの歳で髪が短い、タロンてかわいこちゃん」

「……それが何」

「残念がってたぞ、あの子。おまえがぶっとばしたあの酔っ払い、たちが悪くてな。わざと女の子が嫌がるようなことをしてくるんだってよ。でも気が弱くて何も言えないから、おまえみたいなのが一緒にいてくれると心強いのに、って言ってたよ」

「そんなの……」むぐっと口をつぐみ、やや戸惑うような表情になる。「……自分でなんとかすればいいじゃない」

「したくても自分じゃどうにもできない人達がいるから、俺らみたいな人種が食いっぱぐれないんじゃないのか」

「それは……」むぐぐ、と顎を引くネシェル。「……充分食いっぱぐれてるから、こんな目にあったんじゃない……」

 それを眺め、クフィルはまたおもしろそうに笑ってみせた。


「何!」

 ヴィゲンが目を見開いて、飲んでいたレモネードをグリペンの顔にぶちまけた。

「うわあ……」

「ネシェルが今日も仕事にいってるだと!」

「何!」

 ヴィゲンの声に、ドラケンが読んでいた新聞をパンと真っ二つに引き裂く。

「本当なのか、グリペン」

「そうみたいだよ」二人に詰め寄られ、タオルで顔を拭きながらグリペンが困ったように笑ってみせた。「ちょっと、それまだ読んでないんだから、弁償してよね」

 ヴィゲンとドラケンが戦慄の真顔を見合わせる。

「どういうことだ……」

「あいつ、初日から客ぶっとばしてクビになったんじゃ……」

 それを自分でも腑に落ちないように笑って、グリペンが受けた。

「そうなんだよ。いつもどおりにね。だからこの農場に頼んで、もう一人雇ってもらおうかと思っていたんだけど、ネシェルがもう一度やってみるって言うから」自分達の様子をうかがうランセンの方を、ちらちらと確認して続けた。「自分からクーガーのマスターに頭を下げて頼んだみたいだよ」

「あいつがか……」

「信じられん……」

「クフィルのいきつけのお店だったらしくてさ、あの人も一緒に頼んでくれたみたいだけれど」

「クフィルが……。なんであんな奴と!」ヴィゲンが不機嫌そうな顔に変わる。「それよりネシェルだ。そんなに我慢してまで続けたい仕事じゃないだろうが」

「さあ、それは俺にもわからないけど」

「何があったんだ、ヴィゲン」

「俺が知るか! こっちが知りたい」

「気になるよね。ヴィゲンはネシェルが好きだから」

「バカ言うな! 死んだ妹に似ているから気になるだけだ」

 グリペンの何気ない一言に、真っ赤に顔を染めるヴィゲン。

 その顔をグリペンがまじまじと眺めた。

「ネシェルみたいなおてんばだったの」

「いや、虫も殺せないような大人しい奴だった。……俺とも、ネシェルとも違って」

「顔が似てたのか」

「全然違う!」

 新聞をテープで貼り合わせながらのドラケンに、キッとなってヴィゲンが振り返った。

「どこも似てないじゃないか……」

「そうなんだが、何故かダブるんだよな」自分でも腑に落ちない表情になって、腕組みのヴィゲンが首を傾げた。「妹は幸福の花嫁になるのが夢だった。そうなる前に死んじまったがな」

「だからヴィゲンはセレブレーターになったんだよね」

「……う、おう……」

 グリペンにおもしろそうにそう言われ、ヴィゲンが口ごもる。

 それをドラケンが不思議そうに眺めた。

「ならなんで、グランチャーなんかやってんだ、おまえ」

「俺の話はどうでもいい! それよりもネシェルだ!」バツが悪そうに残りのレモネードをズルズルとすすり込む。「とにかく俺は、あいつのことが本当の妹のように思えて、心配で、気になって、どうにもこうにもほっとけないんだ。あいつには幸せになってほしいんだ」

「そういうのを好きって言うんだよ」

 口の中いっぱいのレモネードを、またグリペンの顔にぶちまけた。

「うわあ……」

「てめえ!」

 タオルで顔を拭きつつ、グリペンがまたおもしろそうに笑ってみせた。

「ヴィゲンはいい奴だよね」

「うるせえ!」

「でも急いだ方がいいかもよ。ネシェルはさ、クフィルに気があるみたいだから」

「はあ! なんであんな奴のことが」

「クフィルもネシェルによくちょっかい出してるしね。ヴィゲンと同じで、気になってるんじゃないの。もたもたしてるとクフィルにとられちゃうよ」

「俺はだなあ、別に!」

「だが、ネシェルはあいつのことを嫌っているだろ」

「そうだ、確かにそうだな」嬉々とした表情でぐいぐいドラケンへと迫るヴィゲン。「な! ドラケン! そうだよな! な!」

「お、おお……」

「あいつは仲間じゃないからな! ああいうのがネシェルは一番嫌いなんだ」

「今はね。そのうち気が変わるかもしれないよ」

「はあ!」

「あれだけこだわってるってことは、本当はクフィルに仲間になってほしいってことだろうしね」

「そうか? 単にああいう態度が許せないだけなんじゃないのか」

「そうだよな、ドラケン! な! な!」

「お、おお……」

「そうかなあ」

「何が、そうかなあ、なんだ」

「ネシェル、たまにクフィルから名前を呼ばれると、うっとりするような顔してるよ」

「なんだ、そりゃ!」

「クフィルってさ、結構、あま~い声してるだろ。撫で撫でっとした調子でさ。ま、その後、金貸してって言って、ネシェルにまわし蹴りくらってるんだけどね」

「はっはっは、ざまあみやがれってんだ!」

「ネシェルも大人しくしていれば、いいところのお嬢さんに見えなくもないんだけどね」

 はあ~、困ったもんだ、とグリペン。

「黙ってじっとしてればな」

 はあ~、困ったもんだ、とドラケン。

「あいつは品がないからな。俺達と同じで。あっはっは!」がっはっは、とヴィゲン。それから、はあ~、困ったもんだ、という顔になった。「……困ったもんだ」

 三人揃って、はあ~困ったもんだ、という顔になり腕組みした。

「はあ~、困ったもんだね……」

 そこでついにランセンからの雷が落ちた。

「おまえ達、いつまで仕事をさぼっているんだ!」

「うお!」せっかく貼り合わせた新聞紙を、驚いたドラケンがパンと引っ張る。「……あやうくまた引き裂くところだった」

「ちょっと、これページがバラバラだよ!」

「本当に困った奴らだ!」




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