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act.2  忌まわしき花嫁泥棒

 


 サーブ・グランチャーズはその日も大奮戦だった。

 規模は小さいが、とらわれの花嫁を救い出すために単体のチームだけで特攻する。

 髭面の偉丈夫ランセンも、自慢の髭を仮面の下に隠して襲撃者に徹していた。

「何としてでも花嫁を救い出すぞ!」

 抱えるエモノは、協定で定められたボールガンと呼ばれるこん棒のような空気銃だった。

「くそ、こんなおもちゃで何やってんだ、俺達は」

 ヴィゲンのぼやきに、チーム一の大男ドラケンが反応する。

「ぼやくな、ぼやくな、俺達がこれを使っている限り、奴らだってそれ以上のオーバーキルはしてこない。それに無駄に怪我人を出さないための協定でもあるから、な!」

 近づいた一人を丸太のような腕で殴り飛ばした。

「だがよ、戦争ごっこやってんじゃないんだぞ。当たったってすぐ立ち上がれるような武器じゃ、らちがあかねえだろ、……うわ!」

 セレブレーターの放った拳大の中空ゴム弾が目の前をかすめ、ヴィゲンが大きくのけぞる。

 直後に、その狙撃手の額にゴム弾がヒットし、彼は背中から倒れて動けなくなった。

「もっとしっかり狙って。正確に当てなきゃ意味ない」

 振り返るヴィゲン。

 そこには仮面をつけボールガンをかまえる小兵の姿があった。

「おい、ネ……」

 思わず名前を呼びかけ、ヴィゲンが口をつぐむ。

 それがネシェルであることに気づいたためだった。

「こんなとこで何やってんだ、おまえ! エスケープの準備はどうなってんだ!」

 それを受け、二人目のセレブレーターを昏倒させてから、不敵に振り返るネシェル。

「グリ……、……ッペンに変わってもらった」真横から飛びかかる別の一人を、ブラインドショットで華麗にしとめる。「私がいた方が戦力になるはずだから」

「……」

 言葉もないヴィゲン。

 実際そのとおりだった。

 ネシェルは女でありチーム最年少でもあったがその狙撃技術はピカ一で、元セレブレーターのヴィゲンも舌を巻くほどの腕前だったのだから。

「さあ行くぞ、みんな」

 ランセンの声に呼応して全員が前を向く。

「何としてでも、リングの交換を阻止するんだ。忌まわしき婚礼の儀から花嫁を救い出すぞ」

 その時だった。

「出たぞ! ダブルエックスだ!」

「!」

 ランセン達を置き去りにし、警備のセレブレーター達が一斉に場内へと引き返していく。

 振り返り空を見上げるネシェルの視界に、圧縮エアを放出しながら舞い上がる小型のカイトがシルエットとなって消えていった。


 その日もラファルは式の警備についていた。

 組織に入隊して間もないため、場内ではなく、他の仲間達と場外の警備にまわる。

 セレブレーターと呼ばれる式場警備員達は、かつては式場側が独自に雇っていた警備部門の一つだった。

 それが近年に至るに、雇用形態の複雑さと、大型化を続けるグランチャーズと呼ばれる妨害集団に対抗する必要もあり、次第に包括的に専門の外郭団体に委託する方式へとシフトしていったのである。

 弊害として、時代の要求とともに増大する経費も含め依頼料は格段に膨れ上がることとなるが、それを式代に上乗せすることで式場側の利益率も上積みされるシステムだった。

 もともと依頼主らは体裁をもっとも重んじる資産家や大手企業主達が主であるので、何の問題もなかったのだが。

 彼らにとって婚礼の儀は何より社会的な己のありかを示すものであり、その失敗による恒久的な被害は依頼料などの比ではない。

 そのため彼らは、どれだけ暴利な請求であろうと喜んで支払ったのである。

 己の未来を金で買うために。

 ラファルが所属するステイト・カンパニーはその最大手で、吸収合併した無数の組織のノウハウを一切認めず、物量と組織力を活かした理詰めの警備で次々と業績を伸ばしていった。

 しかし巨大企業である故のリスクもあった。

 契約書に謳われる範疇ではあったが、失敗は弱小組織とは比較にならないほどの違約金を支払わなければならない。それを見越した詐欺まがいの行為もそこいら中で見受けられたが、ステイトにとっては対岸の火事にすぎなかった。

 水も漏らさぬ下準備と警備体制を堅持し、達成率百パーセントを掲げて業界に君臨するトップ集団。それがステイト・カンパニーなのだ。

 が、それもほんの数週間前までの話だった。

 一年ほど前から突如として出現し始めたたった一人のグランチャーによって、ついに不敗神話が崩されてしまったからである。

「おい、今日、奴は現れると思うか」

 同僚達の会話にラファルが耳を傾ける。

「ダブルエックスか。ないだろう」

「どうしてだ」

「前回の反省から、内部班の数を三倍に増やしたんだぞ。外だけでも倍だ。まさに蟻の子一匹入り込む余地もないってところだろう。それにこれは俺もちらっとしか耳にしていないんだが、至るところにスペシャル・サービスを配置したらしい。あくまでも内緒の内緒みたいだがな。仮にダブルエックスが侵入できたとしても、それだけの包囲網をかいくぐって花嫁を連れ去ることなんてできっこない」

「それもそうだな。前回はふいをつかれる形になったが、正面きってうちとやり合おうだなんて、いくら奴でもしないだろうな」

「パフォーマンスはまぐれの一回きりだ。それでもうちの鉄壁のディフェンスを破ったというのは、充分外部へのアピールにはなったがな」

「警戒すべきは空気の読めないグランチャーズだけか」

「ああ。新郎側に恨みを持つサイドからトロイカに依頼があったという話を聞いた。俺達は奴らの襲撃だけに気をつけていればいい」

「そうだな。神聖な式を汚す輩は許せんからな」

「本当はそんなこと思ってもないくせに」

「まあな。だがそう言い聞かせていないと、ついぽろっと本音が出てしまいそうだからな」

「確かにな。やり方はどうであれ、ここはよそより給料がいい。仕事と割り切って頑張るさ、相棒」

「そうだな、相棒よ」

「任務中だぞ。私語は慎め」

 二人の会話をラファルが断ち切る。

「別班が交戦中だからこちらも警戒を怠るなと、チーフからの念押しがあったばかりだろう」

 二人はそれに何も返そうとはせず、ただ後ろからラファルを睨みつけていた。

「新人のくせに偉そうに」

「仕方ない。金持ちのボンボンだからな。この仕事だって道楽みたいなものだろ」

「いいよな。失敗しても尻拭いをしてくれるバックボーンがある奴は」

 こそこそとだが、それはラファルの耳にしっかりと届いていた。

 うっかりなのか、或いは聞こえていたとしてもラファルが何も言い返さないことを見越した上での暴言なのではとも受け取れた。

 式当日、警備には複数のチームが駆り出される。

 その内、精鋭達は式場内部の警備にあたり、ラファルのような新参者や、ややスペックの落ちるメンバーらが外の警備にまわされるのだ。

 とは言え、襲撃が主な手段であるグランチャーズと最初に遭遇するのも外部班であり、その初期対応は大事な役割を担っていた。

「!」

 物音にいち早く気づき、ラファルが神経を研ぎ澄ませる。

 騒々しいその声は外からの襲撃によるものではなく、内部からのものだった。

「出たぞ! ダブルエックスだ!」

 その声に反応し、建物をくまなく確認するラファル。

 建物のもっとも高い場所に彼はいた。

 太陽を背に受け花嫁を抱く白いタキシード姿の怪盗が、逆光に目を細める下界の人間達をあざ笑うように拳で誓いの鐘を鳴らし、花嫁ともどもダイブを敢行する。

 悲鳴と怒号が入り混じる中、背中からカイトを展開させ、まるで大鷲のようにダブルエックスは大空へと羽ばたいていった。

 ラファルの目にその姿を焼き付けつつ。


 ヴィゲンはボールガンをかまえたまま、眼前の人物を睨みつけていた。

 ランセンの指示ですべての武装が解除される。

 それからこの約束の地で、怪盗ダブルエックスは花嫁をランセン達に引き渡したのだった。

 じっとその目を見据えたまま花嫁を預かるランセン。

 周囲のメンバーも含め、自分に注目する複数の目もものともせず、ダブルエックスは赤い仮面越しににやりと笑ってみせた。

 深々と礼をし、紺碧色のマントを颯爽とひるがえす。

 その後ろ姿をネシェル達は黙って見守るだけだった。

 何も付け加える必要はなかった。

 目の前でダブルエックスに手を振る、幸せそうな花嫁の笑顔を見てしまっては。


 ラファルは表情を崩さぬまま、その扉をノックした。

「開いている」という不機嫌な声が返り入室する。

 そこで見たものは、役席用の大机の前で頭を抱え苦悩する上司の姿だった。

「何の用だ」顔も向けずに、さらに不機嫌な口調をぶつけてくる。「どうでもいい用事なら後にしてくれ。今はそれどころではないのだ」

 が、そのあからさまな拒絶にも眉一つ揺らすことなく、ラファルは目的を口にした。

「ミステール班のラファルという者です。警備のポジショニングの件でお話があってまいりました。昨日の第二班と三班の位置取りに重大な欠点が見受けられます。そこをダブルエックスに見抜かれたのだと思われますが。それに我々には事前にトロイカの襲撃があるとだけ知らされていましたが、実際には別のグランチャーズからの襲撃がありました。これは何者かの情報操作によって生じたものかと……」

「何様のつもりだ」

「……はい」

「何様のつもりだと聞いている。直属の上司も通さずに、責任者の私に直接意見をするほど貴様は偉いのか。まずはチーフに話をしろ。そこから上がった話でなければ、私の耳に入ることはないと思え」

「お言葉ですがミステール・チーフは、そんなに大層な意見ならば自分ではなく直接エタンダール主任に申し立てろ、と私の進言を退かれました。ですから越権を承知で……」

「わからんのか」

「は……」

「今はそれどころではないと言ったはずだ。貴様達下っぱの人間にはわからんだろうが、我々は先日の失態の後始末でてんやわんやなのだ。これまでの対応と、今後どうダブルエックスやグランチャーズの襲撃を回避するかで精一杯だからだ。過ぎた出来事を振り返っている暇などない。そんなこともわからない青二才だから、チーフに相手にされなかったのだ。それを額面どおりに真に受けおって、子供でももっと気を使うわ。現場責任者でもないのに自分の意見だけを聞いてくれなどと、どれほど身のほど知らずなのだ」

「しかし今後もあのようなことが起これば……」

「ミステールの部下だと言ったな」

「はい」

 エタンダールはラファルをじろり睨めつけ、通話器を取った。

「私だ。エタンダールだ。ミステールはいるか」

 その様子に表情もなく注目するラファル。

「……そうだ。貴様のところの下っぱだ。名前は、……おい、貴様、名前は」

「もう結構です」

 そう告げ、ラファルは背中を向けた。

「おい、待て、貴様、許さんぞ!」

 すごみを込めた上司の恫喝にもまるで動じずに、ラファルが部屋から出て行く。

 その顔には失望の色がありありと浮かび上がっていた。





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