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act.21 最後に愛は……

 


 本気モード全開のファントムの前に、クフィルは苦戦気味だった。

 当然身体のキレが戻らないことも多分に影響していた。

「愛々、愛ランド!」

 ファントムのわけのわからない叫び声とともに、太目の傘の先に刺さった拳大のボールが飛び出す。それはボールガンの弾に似たものだったが、ゴム弾ではなく金属の玉だった。

 間一髪で避けたクフィルの肩先をかすめ、ゴキンという鈍い音を立てて鉄の塊が壁にめり込んでいく。

「反則だろ……」

 恨めしそうな顔を向けるクフィルに、サングラスの位置を人さし指で直しながらファントムがしれっと答えた。

「愛の力である」

「どこがだ!」

 ふらついて屋上の縁に手をつくクフィル。

 視線だけを向け、視界の隅で展開するネシェルとホーネットの対決を確認しようとした。

 一方的に攻撃を続けるネシェルの勇姿を目の当たりにし、決着はすでについていることをクフィルが知る。

 白い花びらのように舞うネシェルの姿を見て、ただ綺麗だと思った。

 ふっと笑うクフィル。

 それにファントムが気づいた。

「何であるか」

「忘れてたんだよ、すっかりな」

「?」

「俺は兄弟ゲンカをしにきたわけでも、かわいい目をしたおっさんと戦いにきたわけでもない」にやりとし、胸のポケットから取り出した赤い仮面を装着する。「悲しみにくれる不幸の花嫁を、時の彼方までエスコートするために参上つかまつったのだからな」

「何のマネである。今さら」

「この方がそちらもありがたいのではないのか」

 不快そうな態度を露にするファントムに対し、しかしクフィルは不敵に笑って見せるのだった。

「名も知れぬ男を倒したところで、あなたにとっては何の功績にもならない。だがこれならば、忌まわしき花嫁泥棒のダブルエックスだと誰もが認めてくれる。違うか」

「ふうむ、なるほど。誠、理にかなっておるのである」

 またもや、ふっと笑う、クフィルもとい、怪盗ダブルエックス。

 一瞬で表情を入れかえ、相手を見据えた。

「我思うゆえ、我あり。その憤慨、その証、その想い、その喜び、すべてこの命をもって背水の布告としよう。我が好敵手ファントム殿、かわすことなく受け取られよ」

「野暮なご心配は、ご無用なり!」

「かたじけない」

 すうううう~、と、深く深く深く息を吸い込むダブルエックス。

 直後、激情は活目とともに、果てなく広がる大地と大空目がけて放出された。

「婚礼とは真実の愛と愛とを結ぶべきもの。決して私利私欲に惑わされ、私腹を肥やすためのものにあらず。その悪辣かつ傲慢な所業、我、断じて許すまじ。そこに光を求める心あらば、分かたれた時を結び、醜くゆがめられた永遠の闇から眩い輝きを取り戻してみせよう。このダブルエックスの命のある限り。そう、この命のある限り!」

「お見事! しかし長いのである!」

「失礼いたした。さあ、まいろう」

「望むところである!」

 両手に持った白いムチをしならせ、ダブルエックスがファントムに挑みかかっていった。

 それを難なく退け、ファントムが二本の傘を取り出し、差し向ける。先にはそれぞれバチバチと弾ける電極のようなものが付いていた。

「愛々、愛々、おさるサンダー!」

「笑止!」

 傘の先から飛び出した電極が、やすやすと避けたダブルエックスの脇を抜けていく。

 それがネシェルの正面へと向かっていくのを知ると、ダブルエックスの顔に緊張の色が浮き上がった。

「ネシェル!」

 ダブルエックスの呼びかけに、戦いを終えたネシェルが振り返る。

 その時、隙を狙っていたように邪悪な光を放ちながら、ホーネットがナイフを手にネシェルに飛びかかっていった。

「死ね! あばずれ!」

「!」

 正面からの災難に気を取られていたネシェルが、突然背後から迫るホーネットの襲撃に目を見開いたまま立ちつくす。

 絶体絶命の窮地を救ったのは、ラファルだった。

 間一髪で飛び込み、ネシェルを優しく押し出すラファル。

 ファントムの電撃を視野におさめつつ、ホーネットの一撃もろとも、いなすようにさばいてみせた。

 暴れるホーネットを苦もなく組み伏せ、地に這わせるラファル。

「おとなしくしていてください。あなたはもう敗れたのです……」

 それを最後までラファルは言うことができなかった。

 無様に這いつくばるホーネットの身体目がけて、電極が突き刺さっていったからである。

 咄嗟に身を引くラファル。

 尻に突き刺さった電極がスパークし、電撃攻撃にホーネットが身悶えることとなったのは、そのすぐ直後のことだった。

「んぎぁあああああっ!」

 ぷすぷすと全身から焦げ臭い匂いを発して、ホーネットは痙攣し始めた。

 複雑そうな面持ちで、瀕死のホーネットを見下ろす、ラファルとネシェル。

 ふいにネシェルがホーネットの尻をヒールで踏み抜く。

「んげ!」

「誰があばずれだ、この、このっ!」

「げえぇぇ……」

「……」

 驚きに目を見開いたままのラファルに気づき、ネシェルは悲しげではかなげな表情を差し向けるのだった。

「ねえ、いくらなんでもあばずれはひどいと思わない?」

「ええ、まあ……」

「このっ、この!」

「げぇぇ……」



「笑止千万。そんな小細工がこのダブルエックスに通用すると思うか!」

 ムチでファントムの傘を二本とも叩き落すダブルエックス。

 その時、ファントムはすでに次の手に移行していた。

 小型の折り畳み傘を広げ、裏返った鏡面のような円形の中心から強い光を迸らせる。

「愛・サンサン!」

 激しいストロボ発光による目くらましを、手をかざして耐えるダブルエックス。

「く!」

 ファントムを見失い振り返ろうとした時、ネシェルの叫び声がそれを押しとどめた。

「危ない!」

「愛・スラッガー、デュワ!」

 背後から銀色の傘をブーメランのように投げつけたファントムに気がつき、ダブルエックスが紙一重でかわす。

 否、押さえた左の腕からは血が流れ始めていた。

 白いスーツが赤く染まり始めるとともに、ダブルエックスの表情には疲労が色濃く浮かび上がりつつあった。

 やれやれという様子でファントムが肩をすくめる。

「女に助けてもらうとは、誠に情けない男である」

「情けないのはどちらだ。反則技にばかり頼って」

「言ってる意味がわからんのである。この愛々傘のすべてが、愛の力のなせる技なのである」

「ふざけるな!」

「ふざけてなどいない。これほど言ってもわからないのなら、何を言っても無駄であーる!」

「それはこちらのセリフだ」

「やれやれであ~る。ならばこれで終劇とするのであ~る」やにわに振り返るファントム。「これだけは使いたくなかったが仕方がない。私にみんなの愛を少しわけてほしいのであ~る」

 ぽかんとなるステイト社員達。

 それを叱責するように、ファントムはほらほらと両手を上げてみせた。

「愛、ア、アーイ! エビバディ!」

「……」

「エビバディ!」

 ファントムにせかされ、顔を見合わせ、不本意ながらも両手を空に向けて手をかざすステイト達。

「そこの人、ちょっと違う。ステップはこう」

「こう、か」

「こうかな」

 ばんざいのままで、社員達がぎこちなく交互に身体を横へと揺らす。

「グッド! そこの人、ベリグッド! みんなのお手本になって」

「ラジャー! みんな、俺に続け」

「お、おお……」

「ああ~……」

「ベリナイス!」

 満足げに微笑んでから、腕組みのまま動かないラファルを睨みつけ、ファントムはぶすりと言った。

「そこのお二方も恥ずかしがらずに」

 その答えはネシェルから返ってきた。

 脱いだヒールをファントム目がけて投げつける。

 それはポコッという音を立ててファントムの頭頂にヒットし、少しだけ淋しそうにファントムは頷いてみせた。

「よかろう。これだけの愛が集まればもう充分である」

 その意味不明な儀式を、ダブルエックスはただ黙って見守るだけだった。

 動こうにも、疲労の蓄積に、動くこともままならなかったのである。

 そんなことなど一切おかまいなし。口もとをつり上げ、ファントムが最後の一手を放つべく準備を進める。

「この身をすべて投げ出し、多くの愛を捧げて解き放つ究極の奥義」両腕を頭の後ろで組み、背中から長い長い長い傘を取り出した。「最後に愛、別つ!」

 振り下ろす勢いで、ガシャンガシャンガシャンと、ファントムの身長の三倍はあろうかという長い傘の先が、ダブルエックスへと襲いかかる。

 それはさらにガシャンガシャンと段階的に伸び続け、ダブルエックスの顔の間近まで到達するのだった。

 軌跡を見極め、皮一枚身をそらして攻撃をしのぐダブルエックス。

 その眼前まで、鋭く尖った傘の芯棒の先っぽが迫っていた。

 ほっと一息つくダブルエックスをあざ笑うように、ファントムが手元の赤いボタンをポチッと親指で押す。

 すると、バシュッという轟音とともに、ダブルエックスを覆いつくすほどの巨大な傘が目の前に広がったのである。

「く!」

 すべての視界を奪われるとともに、逃げる間もなく眉間にその攻撃を受け、吹き飛ばされるようにダブルエックスは背中から倒れ込んでいった。

「クフィル!」

 取り乱し、駆けつけようとするネシェル。

 その腕をつかみ、ラファルが引き止めた。

「ネシェルさん」

「はなして! クフィルが!」

 懸命に訴えかけるネシェルに、首を振るラファル。

 その顔を見て、ネシェルがすうっと落ち着きを取り戻した。

 ラファルが笑っていたからだった。

「大丈夫ですよ」涼しげに笑って、ダブルエックスの姿を目で追う。「あの人なら。ダブルエックスならば」

「!」

 それに最初に気づいたのはラファルだった。

 次にネシェル。

 そしてすっかり勝利を確信していたファントムは、致命的に対応が遅れることとなった。

 突然目の前に現れたダブルエックスの踵落としが、ファントムへと襲いかかったのである。

「んげえ!」

 長い長い長い、しかも桁外れに大きく開いた傘を持っていたために、防御もできずまともにそれを浴びるファントム。

 サングラスは真っ二つに割れ、露となったつぶらな瞳は、ぐるんぐるんとらせんを描き始めていた。

「何故……」

 折れ曲がった特殊合金製の赤い仮面をダブルエックスが捨て去る。

 額からはファントム以上の流血が見てとれたが、先の一撃が気付けとなったのか、クフィルはしっかりとしたまなざしで、恐れおののくファントムを見据えていた。

「私の大いなる愛の力すら上回るこの力は何である……」

 朦朧とする意識の中、うわ言のようにファントムがそれを口にする。

 途端にクフィルの両目はつり上がり、怒りに任せて激情を叩きつけた。

「アイアイアイアイ、やかましい! こっちはずっと女待たせてんだ。恥かかせんな!」

 すると、納得するようにファントムが、うんうんと頷いてみせる。

「なるほど。結婚前からすでに尻に敷かれている御仁には、愛の力など通じぬが道理! なんともお気の毒なり!」

「大きなお世話だ!」

「ああ、哀れなり! ご主人!」

「誰がご主人だ!」

「愛、とぅいまてーん!」

 無防備なファントム目がけて、とどめの一撃となる踵落としを見舞うクフィル。

 それを避ける術はすでになく、ファントムは背中から沈んでいった。




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