表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/25

act.9  嘘と本当

 


 その依頼者の前で、ランセンは気難しい表情のまま腕組みを続けていた。

 しばしの熟考の後、目を開いて依頼者に頷いてみせる。

 すると依頼者は嬉しそうに目を輝かせ、ランセンの手を取った。

「ありがとうございます。心から感謝いたします」

 依頼者が去ってから、近寄るヴィゲンやドラケンらにことの次第を説明し始めた。

「次の日曜に、北のエリアで中規模の婚礼の儀が行われるそうだ。地元でも悪名高い金貸しの家が、旧家の娘を迎え入れることになっているらしい。バカ息子が一目ぼれした娘を奪おうと、狡猾な手段で彼らの権利を搾取したそうだ。彼女は自分の家を守るために、何の愛情も持たない家に嫁がなければならない。それより以前に決まっていた婚約を無理やり破棄されてな」

「嫌なら断ればいいだろ」ヴィゲンが不快そうな顔を向ける。「家守るためって言ってもよ、互いの利益がマッチしているわけでもないんだろ。そりゃ娘の方はすべて失うことになるだろうがよ。どっちみち妨害が成功すれば、両家とも落ちぶれるわけだし」

「それは違うぞヴィゲン」

「あ?」

「確かに婚礼の儀が失敗すれば、両家とも社会的に失墜することになる。結果的に彼女の家は多くのものをなくすことになるかもしれんが、今後新郎の家からの干渉はなくなる。だが事前に断れば、嫌がらせの果てに彼女の家だけがすべてを失う。男の家に何もかもを奪われ、奴隷のように支配されるんだ。それならば婚礼を受ける方がマシだろう」

「どっちにしろ目をつけられた時点で娘の家は手づまりになっていたわけかよ。力関係はどうやってもひっくり返らないからな。同じ脅迫にしろ、婚礼の儀式を通した方がまだ面目が立つってことか」

「ただ奪うだけより、男の家も世間的に認められる。かつての力がなくなったとはいえ、旧家の系譜に含まれれば、ただの資産家が国に対して発言力を持つことも可能だからな。ついでに旧家の方も安泰というわけだ」

「安泰じゃないから、俺達に依頼してきたんだろ」

「そうだな。さっきの代理人の話を信じれば、彼らはもともと自分達の家などどうなってもかまわないということらしい。だが代々続く家柄を国の承諾もなく放棄することは、立場上できない。それは今の法律に照らせば、国家への反逆とみなされても仕方がないからな」

「そんなことは、わかってる。そもそも今の法律自体が、力を持つ奴らが自分達の都合を好き勝手に解釈するための、矛盾だらけのものだってこともな。強引に権利を取り上げるのと同じことを、穏便に別の場所へと譲渡するのが、今の婚礼の儀の成り立ちだからな」

「そのやりたい放題のギャンブル的なリスクとして、儀式を滞りなく行えなかった一族は社会的な信頼を著しく失うことになる。何より不条理なのは、もともと落ちぶれていた旧家がやりたくもないギャンブルに無理やり巻き込まれた末に、取り返しのつかない損害をこうむることだ。それが今の制度の最大の欠陥であり、救いがたい闇の部分でもある」

「名実ともに失墜した一族とわかっていて、新たに婚礼の儀を求める物好きはいない。かかわれば自分達の首を絞めるだけだからな。それで元の婚約者が逃げてくってんなら、目も当てられんぞ。まあ、どのみちそいつはもともとそんなモンだったってことなんだろうがな。それでもいいから、娘を助けてくれってんだな」

「そうだ」重々しく頷くランセン。「こんなバカげたしきたりも、世界の情勢が落ち着けばいずれはなくなるだろう。現に今の時点で破綻し始めている。だが花嫁の不幸はそれを待ってはくれない。彼女達にも幸せになる権利があるんだ。俺達と同じように、平凡でもそれを求める人達がいる。そんなささやかな幸せくらい、俺は守ってやりたい。だから俺は……」

「わあった、わあった」何度もランセンから聞かされた鉄の信念を、ヴィゲンがゲップ顔で中断させる。「だがなんで俺達なんだ。北のエリアにだって、グランチャーはいるはずだろ」

「先日のトロイカ一斉検挙の件もあって、近隣のグランチャー達がそろって尻込みを始めたせいらしい。ここのところのグランチャー狩りも徹底しているからな。自ら廃業したところもあると聞いた。何かが大きくかわり始めているんだろうな」

「そういえばホーカー達の人間も何人か引っ張られたって話だな」握り締めた新聞を差し上げ、ドラケンが声を荒げる。「奴ら、しばらく身を潜めるってよ」

 それを受け、グリペンも困った顔をドラケンに向けた。

「ライトニングさんもマークされているみたいだよね。あの人、たまに顔出しでやっちゃってるから。こっちまで飛び火しないといいけど」

「俺はあいつに思い切りドラケンって叫ばれた。顔隠してる意味ないだろ。なんのための仮面だ」

「そんなこんなで困り果てて、はるばる俺達のところまでやってきたってわけか」

 ヴィゲンのまとめに、ランセンが、そうだ、と頷く。

 それを見た三人は、肩をすくめて互いの顔を見合わせた。

 もちろんそれだけの理由ではないことも彼らは知っていた。

 ランセンの名は業界では有名だからだ。

 セレブレーターの中にはランセンに敬意を持つ輩も少なからず存在し、ランセンが関わるもので明らかに儀にそむく依頼は受けない者達もいるという話すらある。

 ステイト以外は。

「セレブレーターはステイトか」

 ドラケンの疑問にランセンが答える。

「いや違うそうだ。確か、ノースロップとか言っていたな」

「ノースロップ? 聞いたことないな」

「ああ。新郎の家は筋金入りのケチらしくてな、安く雇えるところを引っ張ってきたということだ。まともなグランチャーが名乗りをあげてこないのも計算のうちなんだろう」

「なるほどな」

「評判もそれなりらしいが、頭数はまあまあってところだ。このタイミングだからな」

「なら、俺達だけでもなんとかなるよね」

「油断は禁物だぞ、グリペン」

 軽々しく口にしたグリペンを、ランセンが諌める。

「そんなことではいつか足もとをすくわれることになる」

「わかってるよ、親父」

 両手を上げて笑いながら降参したグリペンの頭を、ヴィゲンが上から押さえつけた。

「しっかりしろよ、二代目。おまえには俺達がジジイになるまで養ってもらわにゃならんからな」

「別に俺はこんなことずっと続けなくてもいいんだけどね」

「グリペン!」

「嘘だよ、親父。冗談つうじないな、ほんと」

 苦笑いのグリペンをヴィゲンとドラケンが笑い飛ばした。

 数こそ少ないものの、この最高のメンバーと仕事をともにできることを、彼らは誇りに思っていた。

「よし、準備だ!」

「おうよ!」


 その話をネシェルから聞き、クフィルは眉をゆがめてみせた。

「北のエリアだと」

 それに頷くネシェル。

「ノースロップとかいうセレブレーターが警備につくって。聞いたことない名前だけど、何か知らない?」

 ふうむと考え込むクフィル。

「知らないな。聞いたことも、ない……」

 どこか腑に落ちない様子のクフィルに、ネシェルが小さく息をつく。

「そう。フリーでやってるクフィルならそういうの詳しそうだから、聞いてみたんだけど。わかった、ありがと。……ステイトとは関係ないよね」

「いや、わからんが、何故だ」

「別に……。ただ何となく。そうだと面倒くさいかもって思って……」

「ノースロップ……。待てよ……」

「?」

 不思議そうに覗き込むネシェルに、クフィルが取り繕った顔を向けた。

「いや、なんでもない。俺の勘違いだった。どこかで聞いたことがあったような気がしただけだ」

「そう……」

「俺よりも、いろいろ渡り歩いてきたおまえの方が詳しいんじゃないのか」

「北のエリアには行ったことないから。あまり式場もないし、グランチャーも評判悪そうだったし」

「確かにな。あっちのグランチャーはレベルが低いって有名だからな。それにしてもわざわざこんなところにまで依頼にくるとはな」

「それだけランセンが有名だってことでしょ。あまり有名なのも考えものだけれど」

「確かにな……」

 クフィルがまた考えにふける。

 妙だった。

 テフィルの信頼する協力者の情報収集は広範囲かつ正確なもので、国中の婚礼情報をくまなく網羅するものだった。

 その中で忌まわしき婚礼の儀だけをピックアップし、クフィルへと報告するのである。

 しかしそれほどの事情がありながら、今回の件はクフィルには何も告げられていなかった。

「クフィル?」

 ネシェルに呼びかけられ、クフィルがはっとなった。

「ああ、すまん……」慌てて取り繕う。「あまり日にちがないからな。北のエリアまでどうやってルートを割り出そうか考えていた」

「そう。……ごめん」

「何故謝る」

 するとネシェルはわずかに口を結び、顔をそむけながら続けた。

「口ではあれこれ言ってても、クフィルはそうやって私達のためにいろいろ考えてくれてるから。それを仲間じゃないとか言うのもどうかなって、ちょっとだけ思った。……一応、感謝はしてるから」

「何らしくないこと言ってんだ、おまえ。熱でもあるのか? ……ちょっとだけか?」

「うるさいな!」顔を真っ赤にして噛みつく。「すぐそういうことを言うから言いたくなかったの」

 ぽかんとなり、すぐにおもしろそうに笑い出すクフィル。

 それを見てネシェルが怒ったように口をへの字に曲げた。

「何よ。何がおかしいの」

「いや、別におかしくはないが」目尻から涙を滲ませて笑う。「おまえでもそういうこと言うんだなって思ったら、やたらとおかしくて」

「やっぱりおかしいんじゃない!」またそっぽを向く。それから、少しだけ元気がなさそうに続けた。「たぶん、ここにはもう長くはいられないだろうから、本当のことを言っておこうと思っただけ」

 ネシェルのカミングアウトを受け、クフィルの表情にかげりが浮かび上がる。

「親にバレたのか」

「違う。……親はいない。二人とも」

「そうか、すまん」

「別にいい。もうずっと前からだから」

「……」脳裏によぎる懸念を取り出した。「近いのか、姉さんの式」

 神妙な様子のクフィルにたずねられ、ネシェルはやや口ごもりながら渋々それを話し始めた。

「いつでもできるように準備だけはしてあるみたい。でも私が帰るまで待ってくれている。妹が帰るまで待ってほしいって相手の人に無理を言って。本当のことを言うと、私、逃げてきたんだ。少しでも式を先に伸ばすために」

「……」

「相手の人の家はすぐにでも婚礼の儀を行いたいから、必死になって私の居場所を探している。婚礼の儀は一族すべてが出席しないと成立しないから。引き伸ばしてるのもバレバレだし。だから、見つかりそうになると、そこから逃げてまた別の場所に身を隠す。ずっとそれの繰り返し。ずっと。でも、もう、いつまでもそんなことしていられないから……」

「……。おまえが出席しなくても儀式が成立する方法があるのを知っているのか」

「知ってるよ」

 真剣な顔のクフィルを、同じ表情でネシェルが見つめ返す。

「私が本当にいなくなればいい。でも、私が出席しなければ婚約を破棄するという条件をお姉ちゃんがつけたからそれは成立しない。でなければ、とっくに私は彼らに殺されている」

「……」

 平然とそう言い放つネシェルに毒気を抜かれ、クフィルがまた難しい顔になった。

「何故俺にそれを」

「嘘をついたから」

「?」

「このことはランセンにも言っていない。言ったのはクフィルにだけ。嘘をついたのも。嘘をつくくらいなら、何も言わない方がいい」

「だったら俺も嘘をついたぞ」

 クフィルの告白にネシェルが振り向く。

 クフィルはネシェルの顔をまじまじと眺め、にやりと笑ってみせた。

「もしおまえが本当に困っていて、必要としているのならば、彼はおまえ達を救いに現れるだろう。もちろん、それを望むのなら、だがな」

「何を……」

「ダブルエックスだ」

「!」

「どうしてもと言うのなら、俺が話をつけてもいい。こう見えても結構顔が広い方でな。簡単じゃないが何とかしてみせる。このことは他の誰も知らないし、言う気もない。おまえにだけだ」

「どうして私にそれを」

「おまえが本当のことを話してくれたからだ」

「……」

「信じられないのも仕方がない。普通なら詐欺師に金を持ち逃げされると思って信じないだろう」

「……お金、払うの……」

「彼が受け取ると思うのなら払えばいい。その気がなければ今聞いたことはすべて忘れろ。全部俺の作り話だと思え。信じるか信じないかはおまえの自由だが、もし信じるのならば彼は必ず現れる。花嫁を助けるために。ダブルエックスはすべての花嫁の味方だからな」

「!……」

 うつむき、何かを堪えるように震え出すネシェル。

 クフィルは背中を向け、それ以上何も言おうとはしなかった。


『間違いありません』

 良き協力者からの報告を受け、クフィルが腑に落ちない様子で首を傾げる。

「そうか。だが何かが引っかかる」

『それは私もでございます』無線機の彼方で彼も不思議そうに言葉尻を濁した。『本日そのホールで婚礼の儀が行われることは間違いありません。ですが腑に落ちないのは、彼らが近年まれにみるほどの良縁だということです。現地のエージェントを使って何度も確認したので間違いございません』

「ならば何故」

『ひょっとしたらお仲間達は、はめられたのではありませんか』

「罠だと言うのか」

『はい。円満な婚礼を妨害させ、お仲間達を失脚させようと』

「それは俺も考えたが、誰がわざわざそんな回りくどいことをする必要がある。ランセンは敵であるセレブレーター達からも敬意を払われるほどの傑物だ。感謝されることはあっても、恨まれるようなことはないはずだ」

『……』協力者が一呼吸入れる。『もしやとは思いますが……。少々お待ちください』

 それに続く言葉を待つクフィルの表情が、しだいに不安に染まっていく。

 無線機の向こうで何ごとかを調べ続ける協力者の様子が慌しく変化し始めていた。

『ふお、ふおっ!』

「どうした、ナメル!」

『坊ちゃま、大変でございます!』

「何がわかった!」

 するとナメルと呼ばれたその報告者は、ざわつく心中を鎮め、それでも尋常ならざる様子で続けるのだった。

『以前私がお調べした時は、確かに先ほどの情報で間違いございませんでした。ですがほんの三日ほど前に、急に彼らの婚礼会場が変更になっていたのです』

「どういうことだ、それは!」

『どうしてもホールを使用したいとの申し合わせがあり、多額の保証を積み上げて式場の変更がなされたようです。ナメル、一生の不覚でございます。申し訳ございま……』

「後悔は後でしろ! それより何故だ! そんなことが本当に可能なのか! いったい、なんの意味がある!」

『はい。彼らならやりかねないかと』

「彼ら?」

『ステイト・カンパニーです』

「!」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ