表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/25

act.0  プロローグ

 


 華やかな楽隊の演奏は、マリッジセレモニーに彩りをそえていた。

 豪華絢爛、七色の輝きをともなう煌びやかな会場の雰囲気に、祝宴に駆けつけた人々の顔も和らぎ、あとは役者達の登場を待つばかりだった。


 薄暗い控え室で、じっと顔を伏せる人影があった。

 純白のウエディングドレスを身にまとい式典の主役となるはずの人物は、身じろぎ一つせずに鏡の前でただ座り続ける。

 その表情は深い苦悩と諦めに満ちていた。

 彼方から流れつくような薄らいだ喧騒に身をゆだね、ノックの音にかすかに反応する。

 彼女が小さく返事をすると、ゆるやかにドアが開き、その男は入室してきた。

「そろそろお時間ですよ」手には誓いの書物を持ち、口もとに穏やかな笑みをたたえていた。「これから神の祝福を受けられるあなたに少しだけ質問をさせていただきたいのですが、よろしいですか」

 彼女が静かに微笑む。

 それを受け止め、その神の名を口にする男もゆっくりと頷いてみせた。

「あなたは幸せですか」

「はい……」

「新郎と結ばれることに、不満はありませんか」

「はい……」

「新郎とともに生涯を過ごすことに不安はありませんか」

「はい……」

「あなたは、この約束によってご自分が本当に幸せになれるとお思いですか」

 ふいに彼女の表情にわずかな変化が浮かび上がる。

「……何故そのようなことを何度もお聞きになられるのですか。……そんなわかりきったことを」

 すると男は口もとにかすかな笑みを作ってみせた。

「幸せに満ちた人生を迎える前の、区切りのようなものとお考えください。不愉快でしたらお答えいただかなくても結構です」それから目の前の彼女を真っ直ぐに見つめた。「ここでお聞きしたことはすべて私の胸の内にとどめておきますので、どうかご安心を。あなたも今後二度と口にすることもないでしょう。所詮人の心の内を言葉で引き出せるはずもないのですが」

「……。……はい。この上ない喜びを感じています……」

「そうですか」にっこりと笑いかける初老の男。「式の準備はすでに整っていますよ。あとはこの部屋から出るだけで、限りない祝福と喝采につつまれることでしょう。あなたは無限の幸せを手にする権利を得ました。おめでとうございます」

「……」

「それでは後ほどまた。あ、そうそう、大切なことを忘れるところでした」

 背中を向けた後すぐに立ち止まり、誓いの書を閉じる。

「最後にもう一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか」

「……何でしょうか」

「あなたには、ここにいる新郎の他に、真実の愛を誓った方がみえますか」

 途端に彼女が目を見開き、今にも折れそうな細い身体をこわばらせる。肩が震え、その瞳が涙に濡れるのにさほどの時間を要さなかった。

「……はい」

「そうですか。わかりました」

 偽りの笑みが崩れ、がっくりうなだれる悲劇のヒロインを待ち受けていたのは、彼の意外な一言だった。

「ならばまいりましょう。私とともに」

「どういう、ことですか……」

 驚愕の表情をさし向ける彼女に、彼が穏やかに笑いかける。

「数々の非礼をお許しください。社交辞令のようなものでして」

「……」瞬きも忘れ、彼女は彼の顔を凝視し続けた。「あなたは何を……」

「わけあって紹介は控えさせていただいております。通り名でよろしければ、ダブルエックスと呼ばれているようですが」

「ダブルエックス……」

「はい。あなたをエスコートするためにやってまいりました」花嫁を見つめたまま黒い司祭服を脱ぎ捨て、純白の婚礼タキシードを身にまとった長身の男はニヤリと笑ってみせた。「忌まわしき花嫁泥棒です」

 置かれた状況を理解できずに困惑する花嫁を静かに見下ろし、赤い仮面に紺碧のマントをひるがえした怪盗は、閉じられた窓の外から果てしなく続く空を指さした。

「さあまいりましょう。時の彼方まで」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ