たび重なる不運で
「そういうことだな。ウィキペディアにある記述を見てると、救命ボートがなくなってたとか、途中で切れたロープが残ってたとか、ところどころ牧逸馬が書いてたのと違う情報があるんだけど、一応このアルコール発火説の説明でだいたい辻褄は、合うには合う」
「でもさあ、なんだかいろいろタイミング悪すぎる、っていうか、逆にタイミング良く? って言ったらいいのかなあ、運悪く、偶然に偶然が重なりすぎてると思わない?」
「うんまあ……たしかにそうだよな。だけど、不思議なことが起こるときってのは、得てしてそういうものかもしれないな。そういや──」
私はあることを思い出したので、スマホを立てかけておき、キッチンに脱ぎっぱなしにしてあった上着から、自分の財布を取りに行くとすぐ自室に戻った。
財布の中から目的のレシートを取り出し、妻に向かって見せる。
「777円、な」
「ちょっと、なにが『な』よ。どういうこと?」
「いやさ、それが聞いてくれよ。今日、帰りに駅前のコンビニに寄ったときにさ」
──夕食の唐揚げ弁当と明日の朝食用のサンドイッチを、レジに持っていったときのことだ。
応対してくれた店員の女の子が突然、叫んだ。
「ナナ、ナナ、ナナ!? すごーい、お客さん、ラッキーセヴンですよ! しかもトリプルセヴンです!」
「え、はい? ああ。お会計の合計金額、か。しかしトリプルセヴンって──」
「さらにラッキーセヴン! ということで、どうぞ」
そう矢継ぎ早に言って、店員が大きめの箱を私に差し出す。
「はい? えっと……何ですか、これは?」
「ただいま当店ではキャンペーンをやっておりまして、700円以上、店内の商品をご購入のお客様に、700円ごとに一枚クジを引いてもらっているんです」
「はあ」
「ということで、さ、どうぞどうぞ」
急に今度はマニュアル対応かよと思いつつ、主旨を合点した私は勧められるがまま、おそるおそる箱に手を突っこんだ。
適当にそこから掴んだクジを一枚渡すと、
「おめでとうございます!」
またも突然、店員が叫んだ。
「少々お待ちください!」
ますますハイテンションになった女性店員は、「!」と「?」マーク状態の私をほっぽりだし、さっとレジから離れたかと思いきや、すぐさま何か商品を手に帰還して、
「おめでとうございます! プリンでございます!」
喜色満面で、それを私に差し出した。
「プ、プリン?」
どうやらそれは焼きプリンらしかった。
「はい! プリンでございます!」
「いや。そんな、サザエでございます、みたいに言われても」
聞けば、私の引いたクジがいわゆる当たりクジで、その場合引き換えに、ようは無料で、指定の商品をプレゼントしているのだそうだ。見ればたしかに、私の当てたものは焼きプリンだった。
「すっごくおいしいですよ、このプリン! あたしも大好きなんです!」
「ああ、そ、そう……ありがと。ありがたくいただきます。帰って、大の甘党で酒豪の妻にでも食べさすよ」
そういうことで、なかなかにみっちり詰まった買い物袋と仕事鞄をそれぞれ両手に提げ、コンビニを後にしたのだった。
それからむっとした熱気の中、しばらく道路沿いの歩道を進んでいると、
「すみません! お客さーん。ちょっと待ってください!」
またもや突然、さっきのハイテンション店員が必死の形相で走って追いかけてきたので、びっくりして足を止めた。
「お客さん、忘れ物ですよー」
はあはあ息を荒げながら、私にまた何か差し出す。
「レシート。幸運のトリプルセヴンですよー」
もーうっかりしちゃってしょうがないなー、とでも言わんばかりに、私がわざと捨て置いてきたものをわざわざ返しにきてくれたわけだ。
「──というわけで、この777円レシートを持って帰ってきた。ちなみに、プリンはちゃんと冷蔵庫にしまっといたから」
「なにが『というわけで』よ。それが無人船の話と、どう関係するのよ」
不審そうに、ないしは不満げに、目を細め、眉間に皺寄せ、妻が顔をしかめているように見える。
私は弁明というか説明するため、ことさらわざとらしく大げさに咳払いひとつ、
「だからさ。そんなふうに良くも悪くも、いろんな偶然が重なるときもあるんじゃあないかってこと。言い換えれば、そういう、たまたま偶然がいくつも積み重なったときに、マリー・セレスト号みたいな、不思議で奇妙な出来事も起こるんじゃあないのか」