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実話──場所が違う

「それってさあ。異次元空間につながった、って話じゃないの?」

 それまで私の話を黙って聞いていた妻が、ようやくリアクションらしいリアクションを見せた。

「ほら、魔のトライアングル? とか、なんとかっていう海の」

 小さな顎を軽く突き出しながら、妻が言う。私は左手を横に軽く振り、

「ひょっとして、バミューダトライアングルのこと言ってるのか? なら、ぜんぜん話が違うよ。同じ大西洋でのことでも、バミューダ海域とはぜんぜん場所が違う」

「あ、そう。場所が違う話なの」

「そうだ。とりあえず関係ない」

「ふうーん」

 相槌がそっけない。見ると、妻が考え深げに、ぎこちない動作になりながら、顎の先に右手人差し指を置いて頷いていた。

「なんか、マレーシアの飛行機を思い出すわね」

「そうなんだ。それでちょっと思うところあってさ」

 マレーシア航空機370便が突如消息を断つという不可解な事件が発生したかと思えば、今度は韓国で杜撰な運営管理のため観光船セウォル号が沈没し、その際に避難勧告を遅延させるという人為的なミスがあって大事故につながったり──と、何かと旅行にまつわる悪いニュースが、目につくことが近年多い。

「そうよね。だから旅はクルマでにかぎるのよ」

「それで今日のドライヴは最高だった?」

「はいはい。そんなことより、話のつづきは?」

 言葉にやや険はあるものの、実のところ、妻はすっかり機嫌を直しているはずだ。

 一見、無表情をよそおってはいても、風呂上がりのすっぴん顔に、ひそかに好奇心の色が浮かんでいるのは、接近して見れば手に取るように分かる。いわゆる、目の色が違うってやつだろう。

「で、それから?」

「で、それから、べつの帆船がそばを通りかかって、その船の船長や乗組員たちが発見したんだよ。無人の状態の、そのマリー・セレスト号を」

「ふうーん……しかも、食事してるときにみんな急に消えたっぽいんでしょう?」

「そうなんだ。たぶん朝食の途中で何かが起こって、まさに、こつぜんと乗組員全員が消失したって感じなんだよ」

 まだ温かいコンビニ弁当のおかずを、ときどき口に運びながら私は喋った。夕飯が用意されていないことは百パーセント分かっていたので、帰りに駅前のコンビニで買ったのだ。

 妻はいつもの、パジャマ姿にバスタオルを頭に巻いたスタイルで、風呂上がりの火照った躰にひんやりした床がちょうど心地良いのか、居間兼寝室の全面フローリングの床に寝そべって話を聞いている。

「それで、おかしい、異常だってことになって、近くの港に引っ張っていったってわけ。すぐに通報を受けたアメリカ領事館が電報で照会してみたところ、たしかに、9月にニューヨークを出帆したマリー・セレスト号に間違いないと判明したんだ」

「ええ、なに電報って? まだ電話すらない時代なのね」

「そりゃあ当然。いまみたいに、こうやってインターネットまで当たり前になった時代とは、通信技術が格段と違う。まるで誰かさんのメイクとすっぴ──じゃあなくて、月とすっぽんだね」

「なんか言った?」

 怒り心頭、躰からたちのぼる蒸気と一緒にいまにも湯気が見えてきそうなほど、妻が頬を上気させている。そのすっぴん顔がますます赤くなりそうだったので焦って、

「いや。今夜も月が綺麗だなって」

「月なんてまったく出てないし。カンペキに外は真っ暗ですけど。夕方から雨になって、あいにくの土砂降りだし」

「あ……っとじゃあ、そうそう、今夜も我が奥様は、綺麗だなって言ったんだよ」

「なにそれ。いつの時代の口説き文句よ?」

「あらためてプロポーズしたつもりだけど」

「はいはい。そんな、はるか遠い昔のお伽噺はどうでもいいから、その船の話をしてよね。過去にほんとにあった出来事、正真正銘、実話なんでしょう?」

 冷ややかな調子だ。もともとマスカラを落としているのでただでさえ細いのに、切れ長の一重をもっと細めてこちらを睨む。

「もちろん実話。じつは誰かさんの眉毛がないのと同じで、ほんとうに、マリー・セレスト号には誰もいなかった、何も発見されなかったんだ」

 懲りずに、つい冗談混じりで挑発的な言葉が口をついて出てしまった。



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