其の伍 悪鬼の迷宮② 『今度こそ』覚醒‼血脈の支配者!
この物語はファンシーです。
物語を通じて、幼いころにベッドの下に置いてきた夢を皆様に届けます。
やってきたのはゴブリンだった。
そいつは、汚い腰蓑と、ボロボロの石の剣を持っていた。
剣は鉄ではなかった。
そして、片手で雑に握ってるだけで、剣術を嗜んでいるような装備の仕方でもなかった。
でも、当たれば死ぬ。
そして、こいつは話し合いで和解が出来そうもない。
十中八九、敵だ。
喉が渇きすぎてヒリヒリしてきた。
ゴブリンはこっちに気づいたようだ。
どうする?どうする?
こんな時、ネット小説のチーレム主人公なら、「やれやれだぜ」とか言いながらサクッと倒すだろう。
だが、実際に目の前に殺人鬼がいた時、果たして何人の人が冷静に対応できるのだろうか。
ちなみに僕は全然冷静ではない。
さっきから、こんな答えの出ない脳内作戦会議を繰り返している。
僕より死が身近な現地人の、ヤツレイですら怯えて動けてないのだ。
平和な日本育ちの僕がまともでいられるはずがない。
ゴブリンがこっちに向かって、剣を掲げながら走ってくるのがスローモーションのようにゆっくりと見えた。
ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。
死が一歩一歩近づいてくる。
どうする?どうする?
さっきからそればかりがずっと頭の中を流れるばかりで、結論は出ない。
ゴブリンがどんどん僕に近づいてくる。
考えろ。考えろ。
頭を必死に回転しようとするが、いつもより明らかに動いていない。
ゴブリンがついに間合いに僕を捉えた。
ゴブリンが僕を殺すのに必要な時間は、後2秒。
動け。動け。
何個かの僕の頭の中に、作戦が浮かぶのだが、体がそれを受け付けない。
僕の手と足は、ただ震えている事しか出来ていない。
このままでは死んでしまうというのに、使えねえ。
自分の手足を叱りつけるが、状況は少しも改善しない。
ゴブリンはついに武器を振りかぶった。
狙いは確実に僕の頭だ。
ゴブリンが僕を殺すのに必要な時間は、後1秒。
ちくしょう。ちくしょう。
死に際に僕の頭をよぎったのは、醜いことに、逆転の一手ではなく、運命に対する不満だった。
なんで僕がこんな目に。
なんでだよ。
なんでチートが発動しない。
ここはサクッと決めて新生児ハーレムを築くはずだったのに。
金がないから、こうなるんだ。
金さえあれば、武器さえあれば、防具さえあれば、僕が死ぬ要素は一つもなかったのに。
ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。
あいつらのせいだ。
ぼくがなにをしたっていうんだ。
ぜんぶあいつらがわるいんだ。
ゴブリンの振り下ろした剣が近づいていくほど、どんどんと口から逆恨みと、罵詈雑言が溢れ出す。
しかし、いくら汚い感情が口から飛び出しても、ゴブリンが振り下ろしている剣は止まらない。
ちくしょう。
死にたくない。
死にたくない。死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
ゴブリンの剣は僕の頭まで、残り数センチのところまで迫っていた。
僕の体は最後のささやかな抵抗として、ゴブリンの石剣をとっさに、右腕で受け止めていた。
でも、それに意味はない。
もう一回ゴブリンが攻撃してきたら、今度こそ終わりだ。
せいぜい寿命が30秒伸びただけだ。
それに、全力で振りかぶった石剣をろくに鍛えていない僕の右腕ごときが、止め切れるはずがない。
ほうら、右腕が弓形にしなって、中の骨が、
「折れてないんだなー。これが。」
ゴブリンが異常に気づき、とっさに身を引いたが、もう遅い。
「僕のスキルはすでに発動しているんだぜ。」
僕の右腕はしなってはいたが、ゴブリンの石剣を確実に止めていた。
骨は少しも折れておらず、損傷といえば、せいぜい表面が薄く切れ、そこから血が少し出ているだけだった。
そう。血が出ていたのだ。
ゴブリンは訳がわからないといった顔で、立ち尽くしている。
本来の予定とあまりにも違いすぎて、思考が追いついてないのだ。
なにせ、しなってるのに折れてない。
普通なら、単純に弾くか、砕けるかでしかないのに、石剣が少しだけ食い込んだのだのに、壊れてない。
異常すぎる。
「なんでこいつの腕が折れてないんだっていう顔してるな、ゴブリンさんよ。おかしいよな。石剣を全力で振りかぶったんだ、僕のひょろっとした右腕なら、一瞬でミンチにできたはずの威力だったぜ。」
いや、実際本当にやばかった。
寸前までパニックになっていたのは、別に演技なんかじゃない。
まあでも、
「まあでも、それは相手が僕じゃなかったらのハナシだけどな。ゴブリンさん、あんたマジで運がなかったぜ。」
ゴブリンは、ようやく思考が再び動き始めたようだ。
すると、半ば狂乱しながら、こちらに特攻してくる。
わからなければ潰せばいい。
実にシンプルな本能だ。
だけど、僕に石剣はきかない。
ゴブリンが再び振り下ろしてきた石剣を、もう一回右腕で受け止める。
さっきのはまぐれなんかじゃない。
「言っただろ。きかないって。相性が悪いんだよ。致命的にな。」
厳密に言うと、剣を受け止めていたのは、右腕じゃなかった。
僕の血だ。
僕のスキル「血脈の支配者は自分の血液を操るスキル。
操れるものが限られているが、血液に対してなら、なんでもできる。
右腕の血管の中の血液を固めて、石剣を受け止めることくらい楽勝だ。
ただし、受け止めるのは、血液なので、その上にあった神経はズタズタだから痛みは感じるし、血管自体も傷ついてしまう。
まあ、血管が傷つくことは、僕にとってプラスなんだけど。
ゴブリンは狂乱して何度も石剣を振り下ろす。その度に僕は右腕で受け止めていた。
やはり相性がいいな。
最高だ。
僕は血液を操るスキルを持っているが、筋力自体は、現代日本人と変わらない。
つまり、本来なら、ゴブリンが振り下ろした石剣に押し負ける程度の筋力でしかないのだ。
でもそれは筋力を使えばの話。
僕にはスキルがある。
要は右腕が石剣に押し負けないように固定できればいいのだ。
だから、僕は石剣が振り下ろされるたびに、全身の血液を硬化させて、姿勢を固定することで受け止めていた。
これなら、押し負けて、頭を打たれる心配がない。
でもこんなの、少しでも剣術を齧ったことがある相手には使えない。
硬化するというと、僕自身も動けなくなってしまう。
フェイントなどで、予想外の方向から攻撃されたら対処ができない。
でも、毎回愚直に上から石剣を振り下ろす事しか出来ない、ゴブリン程度の攻撃なら、タイミングを合わせるのは簡単なことだ。
本当に相性がいい。
さて、そろそろだろうか。
ゴブリンは突然武器を捨てて、地面に倒れた。
そして喉をかきむしり、暴れ始めた。
「まったく、僕のスキルを防御しか出来ないと錯覚するからだ。異常を感じた時に君はすぐに逃げるべきだったんだ。」
「まあ、」
僕は動きが鈍くなってきたゴブリンを見下げながら続けた。
「そもそも、僕が君の攻撃を右腕で防御した時点で、すでに君の負けは確定していたのだけれども。」
トリックとしては単純だ。
ゴブリンの石剣を受け止めた時に、少しだけ、僕の血管が破けていた。
そこから出た血液が、ゴブリンの石剣を気づかれないように這い上がり、手を伝って首へと到達した。
そしてゴブリンの首を血液で締め続けたというわけだ。
「いや、本当に苦労したんだぜ。どうやって君の首に血液を這わせるかが問題だった。それに、締め始めた後も、しばらく平気そうにしてて、思ったより時間がかかってしまったし。」
マジでやばかった。
自分の血管を切らせるという判断があと数秒遅れていたら、多分僕は死んでいた。
「それでも、君のおかげで僕は次のステップへと進めた気がするよ。礼を言うぜ。それにしてもお前、」
僕はついに動かなくなったゴブリンにつぶやいた。
「血の導きがなかったね。」
戦闘が終わった。
今僕は、ひとつの命を奪った。
やらなければ、こっちがやられていた。相手は殺す気だった。
言い訳は色々できる。
でも、命を奪ったのは事実だ。
戦闘には勝ったのに、僕の心は全然スカッとしなかった。
多分、もっと強いスキルを僕が持っていて、ワンパンで相手を倒して無双していたら、命の重みを感じることはなかったのだろう。ゲーム感覚のまま先へと進めたはずだ。
だけど、僕はゴブリンと文字通り死闘を繰り広げた。
お互いに全ての手札を明かした闘いを繰り広げたからこそ、相手をモンスターではなく、命ある戦士としてしか見ることができない。
僕はゴブリンの死体に一度念仏を唱えると、アイテムボックスにしまった。
別に、仏教徒というわけではないし、念仏もうろ覚えだけど、彼には救われてほしかった。
そうして、吐き気を抑えながら、僕とヤツレイは先へと進んだ。
今思うと、僕たちはきっと、この時はまだ心に油断が残っていたのだと思う。
初戦闘はギリギリの勝負だったが、そうは言っても、スキルを発動してからはこっちの流れだったし、まだヤツレイも戦っていなかった。
そう。僕たちの本当の死闘はこの後だった。
To Be Continued.....
★☆次回予告☆★
ついに初戦闘を終えたキミオたち。
勝利の余韻に浸ることなく、次なる戦いが迫ってくる!!
そして、先を進んでいた勇者の正体が明かされる!?
次回「悪鬼の迷宮③数字は剣よりも強し。」
皆もパソコンの前でレッツ全裸待機!
〔モンスター図鑑〕
ゴブリン
出現:悪鬼の迷宮、他
脅威度:ランクG(最低)
身長140センチくらいの小鬼。全身が緑色なのが特徴。石でできた武器や、粗末な弓などを持つが、練度は低い。基本的に、群れることで本領発揮するため、単体なら多くの冒険者が、一撃で倒せる。
まずは謝罪
すみません。前回のファンクションの説明が間違っていました。
ファンクションとジャンクションがごっちゃになっていました。
それにしてもやっと戦闘回です。
能力バトルで相手がしゃべらないというのは、なかなか書きにくいものですね。