旅立ちにあたり
悠斗はアイテムボックスの中身をベッドの上にすべて出してみた。
○福音書が4冊
○経典が1冊
○式典で使うような絢爛豪華な法衣が1着
○丈夫そうな法衣が1着
○中二病的な錫杖が1つ
○頑丈そうなメイスが1つ
○ブーツが一足
○金貨20枚
○現在着ている貫頭衣とズボンと皮製のサンダルである。
悠斗が昔に読んでいたラノベの主人公よりもかなりマシである、というか恵まれすぎている感じすら漂っている。
福音書の詳細は夜に部屋で再検討するとして、ここが何処なのかが問題だと思えてきた。
いま居る部屋も借り物なのか自分の所有物なのか見当もつかない。
おそるおそるドアを開けてみると木造の通路になっていて、ドアがたくさんあったので宿屋っぽい作りであることに気付く。
「宿屋かな、アパートじゃないよな」
通路に出て階段を降りるとカウンターがあり、太り気味の女性が椅子に座っていた。
「あら、お出かけかい」
気さくに話しかけてこられたが事情がまったく飲み込めないので予め考えておいた台詞を口にする。
「昨日は酔っていてうろ覚えなんですが、俺っていつまで居てOKなんでしたっけ」
女将は笑いながら「あと二日分は貰っているよ」と答えてくれた。
「よし、宿屋で確定だ」と内心ガッツポーズをしなら通路に出る。
宿屋は商店が軒を連ねる人通りが多い道に面していた、まずは異文化堪能とばかりにきょろきょろと雑貨屋や露店の見学をしてまわる。
ジュワジュワと音を立てて焼いている串焼きに目が釘付けになった、かなり腹が減っている。
「おっちゃん、1串ちょうだい」
「銅板3枚だ」
そういって手を出してくるので女神様が用意してくれた金貨を出してみた。
「おいおい、こんな大きいお金じゃ受け取れないよ、両替してきてくんな」
そう言って金貨を押し返してくる。
「どこかで両替できる場所はあるのですかね」
「にいちゃんが来た道を戻ると商業ギルドがあるから、そこで両替してくれるよ」
悠斗は串焼きに後ろ髪を引かれながら来た道をトボトボ歩いて商業ギルドを目指すことになった。
それと同時に「にいちゃんとは何ぞや?」と思い返す。
転生したときに何となく気が付いていたが自分の体が今までの体形と違うので、こちらの世界で30才では無さそうな気はしていたがやはり若返っていそうである。
しかし、鏡がないので容姿については後回しだ。
人生を卑屈に30才まで暮らすと容姿なんて変じゃなければ良いと思ってしまう。
しばらく歩くと木造3階の建物が二棟並んでいるのが見えてくる。
近くまで来て見上げると「剣と盾のエンブレム」と「金槌と織物のエンブレム」を掲げている建物だと判断が付く。
「もう片方って冒険者ギルドじゃね?」
金槌と織物は商業ギルド、剣と盾はどうみても冒険者ギルドっぽく見える。
「丁度いいじゃん!」と思い予定を変更して冒険者ギルドに入ってみる。
ギルドに入ると身なりのしっかり整えた人達が多いのにちょっとだけ戸惑った。
綺麗に手入れされた甲冑を身に着け椅子に座り談笑している。
質素な貫頭衣を着ている悠斗が場違いなような気がする。
きょろきょろしていると案内係りのような女性が立っているので素直に聞くことにする。
「冒険者の登録はできるのでしょうか」
「どの窓口でも受け付けていますよ、でも今は商隊の到着が多いのでお時間がかかるかもしれません」
事務的に伝えると次の人の対応に行ってしまう。
せっかく来たので登録だけしておこうと悠斗は比較的空いている屈強な面持ちのハゲ職員の列に並んだ。
ギルドの受付は”ハゲの脳筋”と”巨乳の美人”とラノベ先生が言っていた。
あがってしまい意思が上手に伝わらない美人よりもハゲの方が手短に終わりそうである。
「新規登録をしに来ました」
なるべく爽やかに言い切ると、ハゲ職員の額からブチブチと血管の切れる音が聞こえた。
「このクソ忙しい時に新規登録だと?」
周りを見てみろと言わんばかりにハゲ職員がギルドフロアに視線を移す。
あまりの迫力に「出直してきます」と言ったが「おら、手をここに置け!」という言葉にかき消されてしまう。
言うがままにカウンターに手を置くと皮ベルトで固定されてしまった。
「手の力を抜けよ」と言われたので素直に力を抜くと「ダンッ」と物凄い音がして指の先に激痛が走る、そして指から血が垂れていた。
「めっちゃ痛いんですけど」
「痛いって説明してしまうと、おめーらはうだうだ言うばかりで先に進まねーんだよ、混んでるし早く終わった方がいいだろ」
ハゲ職員はギルドカードの血の染まり具合を確認して血まみれのカードを出してきた。
「ほら、ギルドカードだ無くすなよ、それと血が染み込むまではそのままにしておけ、しばらくすると文字が浮き出てくる、登録料として銀貨5枚だ」
固定されていた手が開放されたので、金貨をハゲ職員に渡したら、怖い目でこちらを睨んでいる。
「おまえはこまかい金がねーのか!」と言って来る。
「手持ちが金貨1枚しかないんです」と言うとしぶしぶ席を立ってお釣りを持ってきてくれた。
「えーと・・・ギルドに加盟していてやっちゃいけないことは判るな」
「だいたいは想像が付きます」
「じゃ、説明は終わりだ」
「え?」
「だから説明は終わりだよ、常識的なことを守ってりゃ問題ない」
「もう少し詳しく教えて欲しい」と抵抗してみるが、シッ、シッ、と野良犬でも追っ払うようなゼスチャーを見せて次の人を呼んでしまう。
「まぁ、ギルドカード作ったから良いとするか」
ため息混じりにそう呟いてカウンターを去ることにする。
貼紙がたくさんしてある所が見えたので冷かし半分に眺めてみた。
「護衛・・・護衛・・・護衛・・・ごえい・・・ごえ・・・」
依頼は護衛しか貼り出されていない。
「低級なクエストはないのかな?」
辺りを見回すけど掲示板はこれ以外に存在しないみたいなので、情報を集めてから後で来るようにしようと出口へ向かった。
起きたのが遅かったのか、アイテムボックスの中身を確認していたのに時間がかかったせいか、ギルドを出たら陽が傾いている。
「そういえば商隊の到着時間って言ってたな」
今度こそ串焼きを食べようと意気込んで道を闊歩していると、悠斗がお世話になっている宿屋の前に指しかかり食堂から良い匂いが漂ってくる。
夕飯を食べている人達や酒を飲み始めている人もチラホラ見える。
串焼きを食べるのも、ここで夕飯食べるのも同じかと思い直し、宿屋の食堂に入ることにする。
店の奥まった場所にカウンターがあるので”モリモリ定食”を注文した、カウンターに座ったのは相席を避けるためである。
出された定食に舌鼓を打ちながら、宿屋のおっちゃんに聞いてみる。
「今日、ギルドに登録したんですよ」
「あんちゃんは冒険者になるのか」
「ええ、そうなんですけど、低級のクエストが見当たらないのですけど、どこか違う場所に貼りだしているのですか」
「えーとな、ここは王都に近いヒルデブルグという商人の街だ」
「はい」
「こんな栄えたところで薬草は採れないし、魔物は居ないよ」
自分の中で何かが崩れ落ちていくような音が聞こえる。
「ギルドは護衛ばっかりだろ」
「そうでした」
「もっと僻地に行かないと討伐依頼とか、採取の依頼はないだろうな」
「そうですか」
悠斗は思案に耽ってしまった。これからどうしようと言う感じである。
「思い切って拠点を移してみてはどうだい」
おっちゃんは保護者のような感じで穏やかな表情をしている。
「宿屋を経営している立場でお客さんに俺から言うのも変なんだけどよ、俺も冒険者をしていたからな」
そう言って若い頃の冒険者時代を思い出しているようである。
「お勧めはありますか」
「距離はあるがシュバルツガング辺境伯の領地まで行けば魔物を狩るのに事欠かないと思うぜ」
「距離があるってどのくらいなんでしょうか」
「馬車に乗って30日くらいかな」
馬車が1日にどのくらい走れるのか知らないが、仮に50km走ったとして1500kmの距離ということになる。
悠斗が転生した場所は物凄く広い場所だと初めて知ることができた。
「もう少し近場には無いでしょうか」
「んー、あんちゃんの得物は何だい」
「僧侶見習いなのでメイスです、あと神聖系の魔法を少々使えると思います」
「ほぉ、奇跡の術を使えるのか、それなら遺跡でパーティを組んだ方が良いと思うぞ」
「遺跡ですか?」
「パーティを組めば強い魔物とも戦えるからレベルが上がるのも早いだろ」
「それにな、護衛を受けることが出来るのはレベル25以上の傭兵かD級以上の冒険者なんだよ」
「なるほど」
「D級目指した方が早いかもしれないな」
「遺跡ならば、どこがお勧めですかね」
おっちゃんは虚空を睨みながら必死に思い出してくれているようだ。
「ラッツハウゼンの遺跡か、バルドのオアシスにある遺跡かな」
「オアシス・・・」
オアシスというと「踊り子」「占い師」「ジプシー」などの妖艶な女性がイメージされてしまう。
悠斗の思考回路は”オアシス→暑い→露出度満点→エロエロ衣装”というのに支配されてしまった。
本来、男であれば彼女を作ってエッチしようと頑張るところだが、前世の卑屈な性格が残っていてエロい衣装を見て満足だという感覚になってしまう。
「オアシスに向かいます!」悠斗は断言した。
おっちゃんは悠斗の突然の宣言に気後れしたように「お、おう・・・」と曖昧な相槌を打つしかできなかった。
部屋に戻る前に井戸を借りて血まみれのギルドカードを洗ってみた。
既に日没が過ぎているので月明かりに照らして文字を読み取る。
Lv.1:エグザウディオ 17才 職業:アウレアの使途
「えっと・・・」
悠斗は何処から突っ込んでいいのか言葉を失った。
「エグザウディオって何?」
これは俺の名前なのだろうかと思案する。
「アウレアの使途とは、これ如何に・・・」
きっと女神様の名前がアウレアさんで、そのパシリが俺ってことなんだろうか。
職業と書いてあるんだから、「アウレアの使途」という職業なんだと自分を納得させた。
「でもエグザウディオって長いよな、呼び難いし・・・」
「エッグ」とか呼ばれたら落ち込みそうだ、タマゴじゃねーし!
いろいろ思案した結果「エクス」という愛称を名乗ることにしようと勝手に決めた。
自分から名乗ってしまった方が勝ちだと思う。
部屋についてみたが照明が無いのが致命的である。
「夜は何もできないんじゃね?」
木の窓を開けて外を眺めてみると歓楽街だけが灯かりが点いていて、その他の地域は真っ暗である。
今日からエグザウディオと名乗ることが決まった青年は素直にベッドに入って寝息をたてることになった。