扉は開かれた
扉を開いた先には、真っ白い空間が広がっていた。
見渡す限り白一色の部屋。それ以外に在る物と言えば、自分が開いた扉とその反対側にある扉。
そして、それらの丁度中間に設置された黒曜石の様な物で出来た台座とその前に佇む少女。
(頼むよ…俺を人殺しの化物なんかにしないでくれ…せめてこの魂を、人としての誇りを…守りたいんだ…夜刀 灯として…俺を救ってくれ!!!)
なんとか台座までは這って行く。たが、もう体が言う事をきかない。意識が遠のいていく。言葉が上手く出てこない。
「頼む…化物……救って…」
(暖かい…まるで海に浮かんでいる様な…何かに守られている様な安心感がある…)
瞼を少しだけ開く事が出来た。自分はどうやら誰かに抱き抱えられている様だ。
(光輝く銀髪…輪廻を司る女神だろうか?名前はなんて言ったかな…綺麗だな…俺はどうやら無事死ねたらしい…天国って所に来れたのか…)
『もっと内側からじゃないと…治しきれない。』
女神の唇が唇に触れた瞬間に体に光が流れ込んでくる。瘴気に犯された体が体内から溢れる光に癒されていく。痛み等無く、むしろ体中に力が満ちている。理由は分からないが両の目から涙が溢れた。心が暖かい、誰かがずっと側に居てくれる様な。
(心臓がまだ鼓動を刻んでいる。俺は生きている…もう、俺は死ななくても良いのか?生きていても良いのか?存在を許されていると感じる。…あぁ、思い出した。あの女神の名は…)
目を開けて、目の前女神が消えてしまわぬ様にその温もりを離さぬ様に手を握り、その名を問う。
「貴女は瑠璃真理ノ姫神か?」
銀髪の少女はどこか申し訳なさそうに応えて、
『ルリマリノヒメガミ?なんだか不思議な響きですね?』
女神は小首をかしげる。
その瞬間何か矢の様な物心臓に刺さった様な気がして思わず両手で胸を押さえる。
(なんだこれは…心臓を絹でゆっくりと締め上げられる様な苦しさがあるのに…それが決して嫌ではない…瘴気の後遺症か魂に何か影響が?)
「失礼した。あまりにも神話に聞く輪廻の女神の容姿に似ていたので思わず。いや、それよりもあの光は?貴女の光に私は救われた。貴女が居なければ今頃は…私はこの恩に何としても報いたい!」
話ながら少しずつ落ち着きを取り戻すと改めてこの場所の異常性に気づく。明らかにこの白い空間は荒れ寺より広い。そして静か過ぎる。自分達以外に音を発する物がない。
(此処は何処…いや、何だ?)
「その質問には僕が答えてあげよう。」
音もなく現れた白衣を纏った少年は言った。
(心を読まれた!?)
突然現れた正体不明の少年を見極めるべく眼に力を込める。
「夜刀 灯、その眼で視るのは遠慮して欲しいな。君達に危害を加えるつもりはないから安心して。僕はそうだね。仲介者って所かな?何せ此処は誓約の狭間だからね。誓約を交わし界と界とを繋ぐ…今では殆ど失われた誓約召喚を結ぶ場所だからね。」
少年は語る。
世界がまだ生まれる前、そこには唯一の存在があった。仮に神と呼ぼうか。神は自らと等しい存在を求めて世界を作った。多くの可能性を求めて星の数程の世界を。神には自分と同じ存在を作る事が出来なかったから、それが生まれ、育つ事を望んだんだ。
そして各々の世界に管理者を作ると、流石に神も消耗したのか神は深い眠りに堕ちた。最後に世界に一つの贈り物を残して…誓約召喚。それは世界の住人が自分だけでは越えられない困難を他の世界と協力し合う事で乗り越え、互い高め助けあ合っていく為の術…の筈だったんだけどね、ある時幾つかの世界で誓約召喚を元にした術が生まれる。それは異世界への嫉妬や欲望なんかから生まれた忌むべき邪法…従属召喚。一方的に呼び出しては魂を縛り搾取する。例え召喚者が死んでも魂が縛られていては自分の世界に帰る事も出来ない。彼らは誓約召喚で世界に救いを求めた。多くの世界を巻き込み、後に召喚戦争と呼ばれるそれは幾つかの世界を滅ぼしかけ、幾つもの悲劇を生んだ。世界の管理者は戦争を止めるべくそれぞれの界を閉じた。あらゆる召喚は失われる筈だった。
「でも、管理者では神の身技を完全に封じる事は出来なかったんだ。極稀に何らかの要因で誓約召喚が発動してしまう事がある。それが現状なんだけど、灯君は既に対価を貰ってるみたいだね?身心の回復に、呪いの浄化に、欠片…これに見合うのはそれこそ君の命だね。まぁ君は既に誓ってるから僕がする事は何も無いけど。まぁ彼女はこれからも色々大変だと思うけど、その命が尽きるまで守ってあげてよ。」
そして扉は開かれた。