呼び声
黒い靄の様な瘴気を垂れ流しながら、尋常ではない速度で森の中を一人の男が自分駆け抜けていく。
この男というにはまだ少し年若い青年、名を夜刀 灯という。一月前の選定の儀により新な里長となった灯がどうとか率いる夜刀の一族は退魔を生業としており今まで屠った妖の類は星の数。この国の結界の要を司っていた。当然、妖どもには相当怨まれていた。
新月の夜、積もりに積もった妖の怨み辛みが凝り固まり、蠱毒の様に強大な妖を生んだ…魔王とでも呼ぶべきそれは、幾千もの魑魅魍魎を率いて夜刀の里を襲った。それも里の人間の大多数が遠征で居ない時を見計らった様に。
朝日が登る頃には全ての決着がついた。とても勝利とは呼べるものではなかった。その生を受けた時に両親を亡くし、分家の身の自分を鍛え育てくれた師が目の前で死んだ。里の民は傷付き、家は焼かれ、草木は枯れ果て妖の骸からは未だ瘴気が溢れ出しては大地を腐食させ、大気を汚染する。そして何より魔王はその滅びの際に強力な呪いを残していった。
魂に刻まれた呪はこの身を徐々に人外へと変えていく。死ななくてはならない悪鬼へと堕ちる前に。一刻も早く遠く里から離れなくては、死後にさえ呪いをばらく程に強い呪詛の影響を少しでも抑えるべく生きる者の居ない所へ。
やがて森の奥の荒れ寺にたどり着いた。もう、左半身の自由が利かない。体が熱い。引きずる様に壁に背中を預け、残月を見上げる。
「大切な物は何一つ守れず…何のため力だ…その上本当の化物として死んでいくのか…此処で一人で…」
もう人である時間もあまり残っていない。震える右手で脇差しを抜くと首に当てる。
その時、寺の奥の扉から声が聞こえた。
『助けて…誰か助けて…誰か皆を…』
(女の声?こんな寺にまさか人が!?扉…何か普通とは違う気配がある…もう眼が視えない…にかく一刻も早く此処から離れて貰わなくてはどんな影響が出るかっ!?)
「聞いてくれっっ!此処は危険なんだ!?早く此処から離れてくれ!!」
(この瘴気に蝕まれた体を見れば嫌でも逃げ出すだす筈だ。)
這うように寺の奥へと進み、扉に手をかけて開く。
その瞬間真っ白い光に包まれた。