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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第8章「リュウヤ・ラング再び」
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闇夜に蒼い蝶が舞う

『いいか。魔空艦が無事に発つまで、警戒を怠るな』


 警備隊長ベリアは周囲を見渡しながら傍らに控える副官に言った。部下にはアルゼナの町のあちこちにかがり火をかせ、町は昼間のように明るくなっている。

 町に設けられた魔空艦用のドッグには、芋虫のような丸い図体をした魔空艦の船体がうずくまるようにして待機している。倉庫からは水や食糧が魔族から採用された作業員によって、魔空艦のなかへと運び込まれている。


『くそっ、いい気になるなよ』


 ベリアは苛立たしげに剣の束を叩きながら、闇夜に浮かぶ魔空艦をにらんだ。『しかし』と隣で副官は冷笑を浮かべた。


『しかし、リルジエナと同じ手口とは、奴も底が浅いですね』

『まったくだ。だが、魔王軍の武術師範を務めるこの俺が来たからには、奴の思い通りにはさせん』


 副官とは対照的にベリアの表情からは怒りがが溢れでているようで、奥歯に力を入れているせいで、あごの筋肉が脈打つようにぴくぴくと起伏を繰り返している。

 ベリアが守るアルゼナの町は、現在エリンギアに攻勢を仕掛けている魔王軍の後方に位置し、補給地としての役割を果たしている。王都ゼノキアや各都市から運ばれた食糧や水がアルゼナに集められ、ここから魔空艦により前線へと送られているのだが、ここ数週間でアルゼナにはある事件が起きていた。

 どこで調べたのか輸送する日を選んで襲撃事件が起き、担当する警備隊長以下兵士が何者かによって斬殺されていた。これまでに隊長3名兵士十数名の死者を出したが、いずれも袈裟斬りによる一太刀で絶命していた。

 ベリアは王都ゼノキアから輸送係の警備隊長として呼ばれ、魔空艦の警護にあたっていた。


『間違いなく奴だな。“竜に喚ばれた男”め。竜の力を失ったくせに、しつこい男だ』


 と、前線で指揮していた魔王ゼノキアがその報告を耳にした時、口の端を歪めて不敵に笑ってみせたという。


『俺も死体を検分したが、どれも太刀筋は同じ。リルジエナを襲撃した際にも、同じ事件が起きたがそれと重なる』

『で、今回は、ゼノキア様を誘い出すつもりだったと』

『おそらくな。輸送する魔空艦の奪取や破壊をしないのも、それが狙いなんだろう。後方を撹乱かくらんし、ゼノキア様を誘い出して暗殺する。それが奴の狙いかもしれん』

『……』

『実際、ゼノキア様がこちらに向かう話も一時はあったそうだ。しかし、物的被害はさほどは大きく無いとはいえ、隊長が3人も斬られたのは痛いな』

『……』

『それに、全てをゼノキア様に任せるわけにはいかんからな。向こうは向こうで手一杯のはずだ』


 そう言えばと、副官はベリアに聞こえる程度に声を落とした。


『エリンギアでの戦は、あまり上手くいっていないとか。機神(オーディン)はおろか、魔装兵(ゴーレム)まで計画を廃棄しなければ、戦況もこちらの優勢に……』

『言葉を選べ。ゼノキア様に伝われば、お前も斬られるぞ』


 ベリアが副官を小さく鋭い声で咎めると、慌てて周りを見渡した。他の部下たちは、ベリアたちから少し離れた位置でそれぞれ警戒にあたり、運び込まれる荷物や作業員を見守っている。幸い、誰も副官の発言を耳にしていなかったようである。

 斬られるという表現は、けっして誇張ではない。

 前線で苦戦を理由に、魔装兵(ゴーレム)の製造再開と、まだ廃棄されないでいるはずの数体の魔装兵(ゴーレム)の使用を進言した将官がゼノキアの怒りに触れ、その場で斬り殺されことは将兵の記憶に残っている。


『……』


 副官は顔を青ざめさせて口をつぐんだが、ベリアも考えは副官と同じだった。

 ベリアから見ても、エリンギアでの戦況は芳しいとは思えなかった。魔王ゼノキアの絶対的な魔力、アズライルの魔獣部隊やミスリードの魔導士部隊など、派手な功績を挙げている部隊もあるが、全体的にはプラスマイナスゼロといった状況だった。

 独立を宣言したエリンギアを指揮するシシバルの頑強な抵抗もあったが、レジスタンスのゲリラ作戦や、海上から侵攻するムルドゥバ軍に悩まされ、容易に打ち崩せないでいる。

 レジスタンスが奪い、ムルドゥバで新造された魔装兵(ゴーレム)や魔空挺は、魔族の兵はおろか魔獣や魔導士たちに引けをとらず、互角以上の働きを見せていたからだ。

 ゼノキアが魔族の威厳と力を取り戻すために行った、復古主義的な兵制改革は完全な裏目となっていた。


 ――それに加えてこれだ。


 ベナムは闇夜の空を睨み上げ呻いた。たった一人に、魔王軍が翻弄されている。


『リュウヤ・ラングめ……』


 その刹那。

 不意にベリアが口にしたその名に応えるように、突如、轟音と衝撃が町を揺らした。


『な、なんだ……!』


 見上げると倉庫の一角で爆発が起こるのをきっかけに、周辺の建物から次々と爆音とともに、激しい炎を噴き上げている。濃い煙が周りに立ち込め、物が焼ける刺激臭がベリアの鼻腔を刺激した。


“母なる地よ。

 紅の竜を風に乗せ、

 空にその威を示せ……!”


『詠唱……?どこだ。どこからだ』


 煙と爆音と怒号に紛れて、凛と高く澄んだ声がベリアの耳を捉えた。ベリアにはそれが呪文の詠唱とはすぐにわかったが、煙のせいで声がどこからするのかわからない。だが、震えて伝わる大気の揺れがベリアの全身に危機を知らせ、衝動となって思わず叫んでいた。


『総員、伏せろお!!』


 ――臥神翔鍛(リーベイル)!!


 ベリアが叫ぶと同時に、竜に模した灼熱の炎が、咆哮するように空を駆け抜けた。強烈なエネルギー波は戦火の砲弾やどんな攻撃魔法にも耐えられるよう設計された魔空艦の船体をも貫き、エンジンや火薬類を焼いて内部から誘爆を起こし、鋼鉄の肉片を四方に飛散させていった。


『これまでと手口が違う……?』


 ベリアが唸ると、噴煙の中に絶叫と閃光が煌めくのが見えた。煙の奥から、音もなく殺気の波がベリアに押し寄せてくる。

 副官が剣を抜き、煙の中へと躍り込んでいったが、瞬く間に絶叫と、人の倒れる重い音がした。


 ――来たか!


 瞬間、地面に光が煌めいた。ベリアは剣をすり上げて上から殺到する一撃をかわした。岩を叩いたような衝撃に腕が痺れるほどの一撃だったが、安堵する余裕など無い。相手は弾かれたように後に退いたが、地面を蹴って滑るように突進してくる人影があった。再び地面にきらめきが生じ、すさまじい殺気とともにべリアへと迫っていく。


『バカめ。同じ手を喰うか!』


 一瞬、目に捉えた男の姿。

 濃い無精髭を蓄えていたが、他の容姿はこれまでの報告内容と人定が一致する。ベリアは咄嗟とっさに剣を身構えた。

 間違いなくあの男だ。

 べリアは闇の虚空に向かって吼えた。


『来い!リュウヤ・ラング!』


 ベリアは上段に剣を振り上げた。自分の間合いで、タイミングも合っている。このまま振り下ろせば、袈裟斬りで仕留められるはずだった。しかし、次の瞬間にベリアは再び目を疑うこととなる。

 青白い光を放つ物体が、その無精髭の男――リュウヤ・ラングの周りを取り囲んだ。ある物体は丸い鏡のように、リュウヤの後方に控え、他のある物体はリュウヤの身体を鎧のように覆っている。

 背中から蝶のような羽根が生え、鱗粉に似た光の粒子を撒き散らしていた。


 ――鎧衣プロメティア


 聞きなれない名称だとベリアが思った刹那、リュウヤ・ラングの速さが、突然勢いを増した。

 やにわに速度を増したリュウヤに、ベリアの反射神経は混乱し、剣にも迷いが生まれた。それでも上段から繰り出した剣には勢いがあったが、剣先がリュウヤに届く前に、ベリアの胸に重い衝撃がはしり、一気に視界が暗くなった。

 遠のくベリアの意識に、複数の男女の声が聞こえた。


「……リュウヤよ、何とか上手くいったな」

「そうだな。こいつがゼノキアに残っていたら厄介だった」

「リュウヤ様、敵兵が迫っています。早く退避しないと」


 少女らしき女の声に、リュウヤが行こうと返事をするのが聞こえた。かすかに兵士が、『バハムートだ!』『エリンギアに向かっているぞ!』と騒いでいる。


 ――どういうことだ?


 薄れていく意識の中で、ベリアの頭の中は疑問に満ちていた。ゼノキアに?何が上手くいった?何が厄介なのだ?


 ――奴らの狙いは俺?


 だが何故、と残った力で考えを振り絞り、その結論に至った時にはもう既に遅かった。救護班の兵士がベリアに回復魔法をかけていたが、ベリアは死の世界に足を踏み入れていた。

 それでも強靭な意思で兵士の腕を強い力で掴み、必死に伝えようとしたのだが、ベリアでも激しく息を吐くだけで、言葉にすることさえ出来なかった。そして、ベリアは喉を鳴らした後に巨大な血の塊を吐くと、息は微かなものとなり、やがて絶えていった。

 死ぬ直前、ベリアの意思だけが兵士に向かって伝えていた。


 ――リュウヤ・ラングの狙いは、王都ゼノキアにいる妻子を連れ戻すことだ。


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