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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第7章「超血戦」
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唇をかみしめて

 日の出まで、少し間があるムルドゥバの早朝。

 港からの濃い霧が街の奥まで流れ込み、街全体は暗い霧に沈んでいた。そんな霧の底で、清掃係の者が二、三人集まって通りを掃いているのと、仕込みの早いパン屋などがチラホラと静かに働いているくらいで、他には人気もない。

 静寂に包まれたムルドゥバの街を、リュウヤ・ラングが城門に向かって歩いていた。やがてリュウヤが中央広場に差し掛かった時、ひとり佇む人影に気がついて、リュウヤは足を止めた。


「こんな朝から、一人でどこに行くつもりなのかな。リュウヤ君は」


 視線の先には、ムルドゥバの士官服姿のテトラが立っていた。ムルドゥバの兵士が稽古や試合で使う竹刀を杖代わりにし、左手にも竹刀を把持はじしている。


「テトラこそ、一人で何しに来たんだ。それに何だ。その竹刀」

「昨日、部屋に行ったら、ごそごそ鞄いじっていたでしょ。よそよそしいし。目が見えなくても、何をするつもりかくらいわかるんだから」


 リュウヤたちは聖霊の神殿での闘いが終わってから、アルド将軍の手配により、修道院の客室で宿をとっていた。ナギも子どもたちも、しばらくの期間はここで暮らすことになっている。

 テトラは昨夜、リュウヤの部屋に突然訪れると、しばらく雑談してから帰っていった。

 研ぎ澄まされたテトラは、その時にリュウヤの行動を察していたようだった。


「リュウヤ君。ゼノキアに行って、セリナさんたちを助けに行くつもりなんでしょ?」

「察しがいいな。それで見送りに来てくれたのか」


 リュウヤが笑いかけると、テトラは微笑を湛えたまま「違うよ」と首を横に振った。


「私はリュウヤ君を引き止めに来たの」

「……」

「一人でゼノキアに行くなんて無謀なこと、黙って見過ごせないからね」

「俺を止めに来たって無駄だぜ。ハーツさんの目を盗んで、色んなもんを拝借したから。おかげで、飛んで逃げることだってできるようになった」

「だからって、一人で何が出来るの。竜の力も失って、あなたはただの人間に戻ったんでしょ?」

「俺が死ぬとでも言うのかよ」

「死ぬよ。そのままじゃ、絶対に」


 きっぱりと断言するテトラに、リュウヤは口をつぐんだが、しばらく沈黙の間が続いた後、そうだなとリュウヤは寂しそうに笑った。


「でも、今は時間がないんだ。魔王ゼノキアはアイーシャが持っている謎の力に興味を持っている。奴がアイーシャの持つ力を解明し、新しい力を手に入れたら、それこそきっと手に負えなくなる。一刻でも早く助け出さないと」

「それなら、私たちが……」

「部隊が動いたら、向こうにも警戒される。だけど、力を失った今の俺なら、一人で動いたところで向こうも油断するさ。ただの人間だからな」

「やっぱり……、リュウヤ君を説得しても無駄そうだね」


 ふうとテトラは深いため息をつくと、左手に持っていた竹刀をリュウヤに投げ渡した。


「なんのつもりだ」

「これから勝負をしましょ」

「勝負?」

「そう。私が勝ったら、リュウヤ君は私の部隊に入って行動を共にする。リュウヤ君が勝ったら……。好きにしなさい」


 テトラはそういうと静かに正眼に構えた。堂々とした構えで押しつぶすような迫力がある。リュウヤから見ても一本の剣が佇立しているように見えた。以前、ムルドゥバの武術大会で手ほどきしていた頃とは段違いのレベルにまで腕を上げている。

 テトラはリュウヤのじっと見詰める視線を感じていたが、不意にカラカラと乾いた音が耳に届いた。竹刀が石畳の上で転がっている音だとテトラが思った時、竹刀とは別にヒュンと空気を斬るような音がした。

 斬るとはいっても、音は細く頼りない。竹刀よりももっと軽いもの……。

 心当たりにたどり着いた時、テトラは思わず奥歯を鳴らした。


「……リュウヤ君、私を舐めないでよ。なんなのそれ」

「舐めてはない。これがお前相手には妥当だと思っている」


 リュウヤが手にしているもの。

 用途は不明だが、道端に落ちていた小枝のような細い木の棒だとわかり、テトラはプライドを傷つけられた思いがし、見えない目でリュウヤを睨みつけていた。


「いい加減に、現実を直視しなさい。あなたはもう竜の力なんて無い。ただの人間なのよ。リュウヤ君自身だってわかっているはず」

「俺が直視してないかどうか、お前が試してみればいいだろ」


 リュウヤは抑揚のない無機質な声で言うと、棒きれを正眼に構え、ふっとしゃがみこむ気配がテトラに伝わってきた。“蹲踞そんきょ”という奇妙な名称の姿勢なのだと、以前に聞いたことがある。そして、リュウヤは静かに立ち上がると棒切れを前手にして左手を腰に添え、「来いよ」と小さく言った。

 瞬間、テトラはリュウヤから迫る気迫に圧倒されていた。

 しかし、それは果して気迫と呼ぶべきものか。柔らかく押し包むような圧迫感が、リュウヤの身体から伝わってくる。正眼に構えたまま、テトラの身体は硬直し、わけのわからない何か強大な力に拘束されてしまっている。


 ――持っているのは、ただの棒きれのはずなのに。


 いつしかテトラは口に渇きを覚え、呼吸が荒くなっていた。大量の汗が流れ落ちてくる。竹刀を放り出したい衝動にかられているのを、必死に堪えていた。


「テトラ、やめるか」

「……!」


 テトラの動揺を見透かしたようなトウマの言葉に、テトラの形相は変わり、上段に振り上げて一気に迫ってきた。

 リュウヤは無言のまま、わずかに腰を沈めた。

 テトラの動きは風のように速く、長身から繰り出されるテトラの剣には雷撃のような勢いがあった。しかし、リュウヤは剣を合わせて、テトラの腕を軽々と跳ね返すと、そのまま地を滑って、テトラの脇を抜けていった。


「……!」


 すれ違い様、パンと小さく乾いた音が鳴った。

 リュウヤが振り返ると、カランと竹刀を地面に落とし、膝から崩れ落ちるテトラの姿があった。

 垂れた頭からしたたり落ちる汗が、石畳を濡らした。テトラは喘ぎながら自分の腕や打たれた脇腹を探っている。


「斬られて……いない……?」


 テトラは錯覚だとわかると、大きく安堵の息を吐いた。だが同時に、これまで感じたことのない戦慄がテトラの身に奔っていた。

 リュウヤの剣でテトラは両腕を斬り落とされ、脇腹を裂かれたような感覚に襲われていた。


「これでも、直視できてないかな。あの竹刀だったら、テトラのアバラが折れていた。いや、折っていた」


 リュウヤの声が、テトラの頭上に響いた。


「お前も厳しい鍛練を自分に課したのはわかるけどさ、俺だってここまで、剣の修練はずっとやってきたんだよ」

「……」

「ヴァルタスの力はなくなったけど、磨き上げてきた剣技と積み上げた経験は、身体に染みついているんだ」

「リュウヤ君……、あなたは、一体、何者なのよ」


 絞り出すようにテトラが言った。

 その声は震えていた。

 恐怖と怯えの色が微かに混ざっている。

 泣きたい気持ちも混ざっていた。


「人間だよ」


 リュウヤが悲し気に言った。


「どういうわけか、この世界に竜に喚ばれただけの、ただの人間だよ」


 ふっとリュウヤが離れる気配を感じた時、テトラは我に返って、慌ててリュウヤに手をのばした。


「待って。待って、待ってよ。リュウヤ君!リュウヤ君!」


 リュウヤの足が遠退きかける気配を察し、テトラはうずくまった姿勢のまま地面を這い、そのままリュウヤの腰にしがみついてきた。


「行かないでよ……!ねえ、お願いだから行かないで!」

「テトラ。さっき約束したろ」

「いやよ、いやだよ!」


 泣きわめき、すがるようにしがみつくテトラは、顔をくしゃくしゃにしながらリュウヤを見上げた。


「リュウヤ君がやろうとしていること、無茶苦茶すぎるよ。死にに行くようなものじゃない。リュウヤ君が強いのわかるよ?でも、それは人間レベルであって……!」

「そうだなあ。機神オーディンぶん投げたり、巨人の首をぶった切るだとか、あんなことはさすがに無理だな」

「わかっているなら、こんなことやめてよ!

「いい加減、しつこいぜ。俺は……」

「好きなのよ!」

「え……」

「私、あなたのこと好きなのよ!行かないでよ」

「お前と色々あったけど、俺にはセリナやアイーシャがいて……。わかっているだろ」

「わかっているわよ!」


 テトラが叫んだ。

 そう、わかっている。

 あの時は互いの寂しさを紛らわすだけのものだったと。想いは常に死んでいたと思われていた妻や子に向けられていたものだと。その妻子が生きている。リュウヤの想いはテトラには痛いほどわかっていた。

 しかし、行きずりと思っていた想いはどうしようもなく本物だった。


「行かないで、お願い。お願いだから……!」


 テトラの悲痛な声で訴えた。みっともない訴えだとわかっていたが溢れる感情を抑えることができないでいた。むしゃぶりつくようにテトラはリュウヤの腰にしがみついていたが、リュウヤは何も答えなかった。無言のままだった。しばらくして、リュウヤはテトラの肩を叩いた。


「ありがとな」


 優しく言葉とは裏腹にリュウヤの指先に有無を言わせない強い力がこめられると、テトラは力を失ったように腕が離れ、うなだれたまま地面にうずくまった。リュウヤの手が離れ、遠ざかるリュウヤの足音が聞こえても、テトラは身動きもできず、ただ涙を流すしかできないでいた。


  ※  ※  ※


「バカタレ。リュウヤのバカタレが……!」


 罵りながらクリューネが街を駆ける。そのすぐ後ろをリリシアが追った。


「私のせいだ」


 リリシアが唇を噛み締めて言った。


「私が、セリナさんやアイーシャちゃんを助けてあげて、なんて煽ったから」


 リリシアはゼノキアとの闘いのあと、そう言ってリュウヤとの婚約を解消していた。リュウヤの真の幸せを願ってのつもりでいたが、まさかこんな行動をとるとは予想できないでいたのだ。


「リリシアのせいではない。どちらにしても、リュウヤはやったろうさ」


 聖霊の神殿からムルドゥバに向かう間から、思い詰めたリュウヤが気になって、それとなく様子をうかがっていた。それでもムルドゥバに着いてからは幾分かは明るさを取り戻し、ここ三日ばかりは、ハーツが開発した新兵器“鎧衣プロメティア”と呼ばれる、魔力による自動装着型の装甲をまとい、嬉々として空を滑空していたのだ。


 ――それもこのためか。


 昨夜、テトラがクリューネの部屋に寄り、リュウヤの様子を打ち明けると、ジルとリリシアとの三人でリュウヤの部屋へ遊びという名目で監視にあたっていた。

 しかし、わずかに寝入った隙を見計らい、クリューネたちが眼を覚ました時には、既にリュウヤは姿を消していた。ジルは急いでクリューネとリリシアに指示を送っている最中、血相を変えたハーツが駆け込んできて、“鎧衣プロメティア”が盗まれたと報告してきたのだった。

 そして、クリューネとリリシアは西門と港を捜索していたのだが、見つからず清掃員からリュウヤに似た容姿の男を聞き出し、北門へと疾駆していた。

 途中の中央広場に差し掛かった時だった。

 正面から、テトラが泣きじゃくりながら歩いてくる。歩いてくるといっても、杖も持たないために覚束ない足取りで、クリューネの目にも、今にも転倒しそうに思えた。


「テトラ!」

「その声、姫ちゃん……?」


 テトラはクリューネの声を聞くと、急に足がもつれ膝が崩れた。クリューネがテトラの長身の身体を受け止めると、そのまま腕に力を込めてクリューネを抱き締めてきた。

 身体が震えている。


「ごめん……。リュウヤ君を止めることができなかった。……ごめん、ごめんね」

「泣くな。それより、リュウヤはどこだ」

「もう、北門を抜けて行ったと思う」

「そうか」


 街中で“鎧衣プロメティア”を使わなかったのは、足取りをつかみにくくするためだ。人気の無いところで“鎧衣プロメティア”を使われたら、もうリュウヤを追えなくなってしまう。


「私、こんな身体だから、リュウヤ君を追えない。旅で一緒にいるすらもできない」

「……」

「姫ちゃんお願い。リュウヤを助けてあげて」

「わかった。謝るのはもうよせ。あとは任せろ」


 行くぞリリシアと言って、リリシアが頷くのを認めると、クリューネの身体を金色の光が包み、バハムートに変身していた。リリシアはバハムートに背に乗り、まだ霧の晴れない空へと飛翔する。


 ――バカ者め!


 バハムートことクリューネは、再びリュウヤを罵った。

鎧衣プロメティア”を使って城門を抜けたなら、既にムルドゥバからかなり距離が離れているはずだった。追いつけるとしたら、バハムートくらいしかない。


「あれ、もしかして……」


 ムルドゥバの国境付近にある荒野に差し掛かった時、背中に乗るリリシアの声が聞こえた。バハムートが目を凝らすと、はるか先に巨大な蝶が羽ばたいているが見えた。蝶は蒼白い羽根を持ち、光の麟粉を撒き散らしながら空を突き進んでいく。光のもとをたどるとリュウヤ・ラングの姿が映った。リュウヤの周りには、十数枚の楕円形の鏡のような板がリュウヤの体を守るように覆っている。光の羽根はリュウヤの背中を守る板から放出されていた。

"鎧衣プロメティア"と呼ばれる魔法の鎧で、普段はただの黒いペンダントだが、発動させると多数のミスリルプレートを生じさせ、リュウヤの意思によって自在に活動する。機神オーディンに使用されていた"脳波制御装置ブレイン・コントロールシステム"を応用したもので、魔力を増幅させる機能もあった。魔力が微弱なリュウヤでも飛行が可能なのはその機能が働いているからでもある。


“止まれ、リュウヤ・ラング!”


 バハムートの咆哮ほうこうにリュウヤが反応して振り向くと、そこにはバハムートの姿はなく、リュウヤの後方に回り込んでいる。


“遅いぞ、リュウヤ!それでセリナとアイーシャを助けに行くつもりか!”


 新兵器の力があっても、リュウヤはバハムートの動きについていけないようだった。

 叫ぶと同時に、バハムートは拳を振り下ろしていた。もちろん本気の一撃ではない。実力の差を思い知らせるつもりだった。

 しかし、リュウヤは冷静に待ち構える。

 ルナシウスを抜き放つと、剣を立ててバハムートの剛拳を受け流した。


“……何!”


 驚愕したバハムートの本能が、次の一撃を繰り出させていた。今度は拳に力がこもり、本気の攻撃となっていた。

 その拳ですらもリュウヤは凌いでみせたが、拳の風圧でリュウヤの身体は木の葉のように軽々と舞って、地面へと落下していく。 


「クリューネ、やりすぎ!」


 怒鳴るリリシアの言葉にバハムートが我に返ると、落下するリュウヤを急いで追った。リュウヤも“鎧衣プロメティア”から放たれる推進エネルギーを使って減速しようとしているが、勢いは止まらないでいる。

 リュウヤが地面へ衝突する直前、バハムートが追いつきリュウヤの身体を受け止めることができた。


"大丈夫か。下ろすぞ"

「ああ……」


 リュウヤには大きな怪我もないようで、ゆっくりと地面に降ろすと、リュウヤは憮然としてバハムートを見上げていた。


「……力ずくで止めに来たのか、クリューネ。それにリリシアも」


 金色の光がバハムートの巨躯を覆い、バハムートは元の人の姿に戻った。


「今ので、お主の限界がわかっただろう。力の差は歴然じゃ」

「……」

「お主の剣技は相変わらずだが……」


 言いつつも、内心、クリューネはリュウヤの人間離れした技に驚嘆している。もしかしたら一対一の剣のみでの勝負なら、ゼノキアやルシフィ辺りでも遅れをとらないかもしれない。しかし、それだけでは、魔族との闘いに生き残れないのだ。


「テトラまでも泣かせて、どうしても行くつもりか?」

「セリナとアイーシャが待っているからな」


 クリューネは、じっとリュウヤの瞳を見つめた。強い意志を感じさせる瞳が眩しく感じた。意志はどうあっても揺るぎそうもない。


「……なら、私たちも連れていけ」

「は?」

「この世界を旅するセオリー、“旅をするなら三人。一人は回復系”を忘れたか」


 そうですと、クリューネの隣でリリシアが言った。


「私はいままで、リュウヤ様に頼ってばかりでした。ですけど、これからはリュウヤ様の助けになりたいんです」


「助けなんざ、いらねえよ」


 リュウヤは冷たく言い放ち、背を向けて歩き始めた。


「魔王軍は、リュウヤ様お一人でどうにか相手ではないのですよ。仲間は一人でも多い方が……」


 だからだろと、歩きながらリュウヤは怒鳴った。

 声が荒涼とした大地に響く。


「敵に見つかったら、捕まったらどうする。俺は前みたいに救い出せる自信なんて無い。見捨てて逃げるかもしれないんだぞ。リリシアにしたみたいに、平気で仲間を斬る場合だってあるかもしれない」

「リュウヤ様、そんなこと……」


 リリシアが激しく首を振って否定しようとするが、それ以上は言葉につまって声が出てこない。


「俺はそんなの嫌だ。一人の方が気楽なんだ。放っておいてくれ」

「リリシアを斬ったことを、まだ気にしておるのか」

「……当たり前だろ。俺はそんな奴なんだよ」


 リュウヤの呟きが、風に運ばれて聞こえた。

 遠ざかるリュウヤの背中を見据えながら、クリューネが怒鳴った。


「だが、お主は悪くないぞ」


 不意の一言にリュウヤの足が止まった。振り返って、苦笑いしながらクリューネを見返している。


「急に何を言ってんだよ。お前は」

「私の目を見ろ、まっすぐに。リュウヤ・ラング」

「……」

「いいか。お主は悪くない」


 クリューネの瞳がまっすぐにリュウヤを捉えた。何も語らなくても、クリューネの気持ちが澄んだ瞳からリュウヤの心に染み込んでくるようだった。


「お主は悪くない」


 優しく語り掛けてきたその一言に、リュウヤの胸は波打ち、両目に熱いものが込み上げてくる感覚があった。


「……」


 頬に伝う涙を感じると、リュウヤは慌てて顔を背け、再び荒野を歩き始めた。クリューネはリリシアを促し、リュウヤの後を追った。近づくと、その肩が小さく震えている。鼻をすする音が背中からクリューネの耳に届いた。


「やっぱり、放っておけんからな。泣き虫なお主を」

「……うるせえ」


 なんとか発するリュウヤの声は掠れていた。

 爽やかな微風が三人の間を通りすぎていく。

 涙で濡れた頬が風に吹かれ、その心地よさに委ねるように、リュウヤは空を仰いだ。霧がすっかり晴れた澄みきった青い空に、生まれたばかりの太陽の光が、三人を祝福するように照らしていた。

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