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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第7章「超血戦」
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白虎隊隊長テトラ・カイム

 聖霊の神殿方向に浮かんだ蛇紋様の魔法陣と凄まじい雷撃。

 突然現れた銀の長髪の男に、シバルとルオーノをはじめとした艦内は、動揺し混乱していた。


『まさか、魔王ゼノキア様がこの地に……』

『だが、双眼鏡で見たところかなり若かったぞ。ゼノキア様は、タギル宰相やネプラス将軍とほぼ同年齢のはず。本当に本人なのか?』

『いや、しかし。あの魔法陣や稲妻を発した時のあの強大な魔力。本人と思うしかあるまい』

『しかし、何でこんなところに突然。バルハムントで傷を負われてからは回復せず、政務もまともにみられないお身体ではなかったのか。それにサナダは』

『ごちゃごちゃ考えるのはよせ。それより今は、敵地におられるゼノキア様のお迎えせねば』


 こうして、二人は目の前の事象に気をとられ、突然現れた魔王ゼノキアの機嫌を損ねないよう考えるばかりで、その他一切のことにはまるで考えが及ばなかった。

 その気分は周囲や将兵たちにも伝染し、魔空艦の見張り役も聖霊の神殿ばかりに目がいっていた。


『おい、魔王様が聖霊の神殿に現れたってホントか?』


 魔空艦の上部の見張り役の兵が寒さに震えながら、下の通路を通りがかった仲間に尋ねた。魔空艦上部での見張りは過酷で、時間まで立ちっぱなしな上、猛烈な寒さに耐えなければならないため、兵の間でも忌み嫌われている場所だった。


『そんな話だ。魔王様の蛇紋様の魔法陣とそのお姿を見たてんで、艦橋の中は大騒ぎさ』

『じゃあ、もうすぐ戦闘も終わりかな?』

『おめえ、交代する時もそ言ってたよな』

『だって、こんな寒い場所での見張りなんて、早く終わりたいだろ?』


 まあなと、仲間は笑って同意した。

 一分でも送れれば大喧嘩となるような場所だ。通りがかった仲間の兵も、一時間前までそこで警戒にあたっていたから、気持ちは痛いほどよくわかる。

 見張りにとっては、ゼノキアが本物かどうかよりも、戦闘が早く終わり、任務から解放されるかどうかが大事だった。


『さっきまで全く動きがなかったが、いきなり動き始めたからな。もうすぐ終わるさ』

『でも、うちの大将らだからなあ。びびって、どっちが先に仕掛けるかで大喧嘩したんだろ。何だかヘマしそうだな』

『まったくだ』


 見張りの軽口に仲間の兵が笑って返そうとした時、上空の太陽に一瞬、影がさした。


『……』


 見上げると、太陽を背に何かが旋回している。姿形から鳥かと思ったが、もっと大きく武骨で、鉄特有の無機質な光沢を放っている。

 その“鳥”から三つの影が現れた。始めは塊だと思ったものが人の形を形成していく。


『あれは……』


 見張りの男が口に出す間もなく、ゴーグルをした三名の白い軽装姿の人間たちが魔空艦の上部に着地した。二人はすでに剣を構えているのに対し、先頭は褐色肌の女で、ひざまずくように着地していた。

 女は顔をあげると、ゴーグルの下から、澄んだ瞳が見張りを射抜く。


『……ムルドゥバ国“白虎隊”隊長テトラ・カイム、参る』

『てき……』


 見張りがボウガンを構えようとした時、既にテトラが疾風のような速さで眼前に迫り、上段から振りかざすところだった。


 ――杖?


 造りは剣に模しているが、刀身の部分は刃なく棒のようになっている。陽光に反射して輝く銀の杖は、頑丈そうだがせいぜい打撲程度にしかならない。

 その奇妙さに、見張りは呆気にとられて杖を眺めていると、ふわりと杖に金色の淡い光が浮かぶのを見た。

 そして次の瞬間、見張りは肩から袈裟斬りに斬られ、鮮血をほとばしらせながら下の通路へと落ちていった。


『……た、ただの棒だったのに。……なんで』


 疑問を呟いたのを最期に、見張りの身体は真下に落ちていき、そこにいた仲間の兵も、身体に潰されて完全に気を失った。

 それをテトラは見てではなく、見張りたちの気配を探り、そう感じていた。


「“斬破”、お見事です。テトラ隊長」


 テトラの背後から、駆け寄る靴音が響いた。声の感じから副隊長だとテトラは思った。


 斬破。

 心眼により敵を知り、明鏡なる心で身のうちに気を練り上げ、以て刃と化して敵を斬る。

 リュウヤ・ラングも剣を振るった衝撃波でダメージを与えることできるが、テトラのような精緻な技や力は無い。

 視力を失ってから剣を磨きあげた日々を経て、テトラはリュウヤでも及びもつかない技を身につけていた。


魔空艇カイトの接舷完了しました。現在、後続部隊が降下中」


 副隊長の声とともに、魔空艦の後方で上空から複数の人間が連なって降りてくる気配がする。魔空挺から繋げたワイヤーを伝って降下している白虎隊の兵士たちの気配だった。

 テトラがうなずく。


「了解。では、副隊長、下までの案内をお願いね」


 二十も歳が離れた副隊長であろうと年下の部下であろうと、テトラはいつも近所の友達のように軽い言葉で話す。

 気さくさが部下に慕われるひとつの理由にはあった。そんなテトラに副隊長は当初、規律が乱れるのではないかと懸念していたが、訓練や稽古では人が変わったようで自他ともに厳しく、決してれさせない雰囲気を持っており、戦闘ともなれば一丸となってそれこそ虎のように敵へと向かった。

 テトラはふっと手を差し出すと、副隊長と呼ばれた男がテトラの手を掴んだ。

 テトラの研ぎ澄まされた鋭敏な感覚でも、集中を解けば地形まで詳細にわかるわけではない。場所によっては、人の手を必要とした。


「わかりましたが、あとは兵にお任せしては」

「強大な力を艦橋方向からふたつ感じます。おそらく軍団長。みなさんだと少し手を焼くかと思います」


 テトラは副隊長をまっすぐに見て、にこりと微笑みをみせた。盲目とは思えない澄んだ瞳は、心を締め付けられるくらい副隊長を動揺させた。


「そこから先は、みなさんにお任せします」


  ※  ※  ※


 ゼノキアは応援を呼ぶため、“魔眼”という遠方の目標を探る魔法で、魔空艦の様子を探っていたのだが、魔空艦で起きた異変に気がつき、内心、舌打ちする思いでいた。


 ――だらしない。


 罵りたい気分だったが、今はそれどころではない。幸いにも、リュウヤにも異変が起きたおかげで、注目がリュウヤに集まっていた。

 ゼノキアは気取られないように悠然と佇み、リュウヤを見据えていた。

 そのリュウヤは、獣のように唸り声をあげている。


 一方、リュウヤは以前にも感じた、身の内側から焼けるような感覚を思い出していた。

 だが以前と違うのは、今のリュウヤには意識があるという点だった。ゼノキアと呼んだ名も、自分の中にいる別の存在が口にしたものだとはっきりとわかる。

 

『ヴァルタスよ。凄まじいパワーだな。私も圧倒されてしまいそうだ』


 圧倒されてと言いつつも、猛狂う嵐のような殺気を放つリュウヤを前にして、銀の長髪の男――ゼノキアは冷笑した。


『宿主に寄生して、ここまで力を回復させたか』


 宿主?

 寄生?

 どういうことだとリュウヤは口にしようとしたが、言葉が出てこない。出てくるのは、獣のような唸り声だけである。


“貴様をここで殺す。我が妻とアイーシャの仇。竜族の恨み……”

「私とアイーシャの仇……?」


 セリナはリュウヤの言動に戸惑いを感じながら、アイーシャの身体を抱き締める腕に、ぎゅっと力をこめた。


“ゼノキア。貴様らしくもなく迂闊だったな。感じるぞ。貴様の身体が見た目よりも極度に疲弊していることを”

『確かにこのまま闘えば、私は貴様らに殺されてしまいそうだ。お前の言う通り、サナダが受けたダメージの影響がかなり残っている。おまけにクリューネがいる。間違いなく私が不利だ。……だが、しかし!』

“……ぬ?”

『これはどうかな?』


 ゼノキアは右手をセリナに向けると、上空に蛇紋様の魔法陣が浮かび上がり、金色の光の粒子がセリナの頭上に降り注いだ。そして突然、粒子ひとつひとつからプラズマの閃光が放たれると、一種のバリアを形成してセリナとアイーシャを取り囲んだ。


『人質を取られて、手出しができるかな?』


 勝ち誇るゼノキアに、リュウヤはふんと鼻で笑っていた。リュウヤ自身は、焦燥感に駈られているはずなのに。そして、次にリュウヤは、自分の言葉に耳を疑っていた。


“たかが人間の一人や二人、勝手に始末すればいいだろう”

「リュウヤ!貴様は何を言っとるんだ。自分の妻と娘を!」


 血相を変えて怒鳴るクリューネの耳元に、ゼノキアの哄笑が響いて聞こえた。


『そうだ、ヴァルタスよ。貴様は良くても、リュウヤ・ラングは承知せんぞ』

“主客は逆転した。リュウヤなど、もはや不要の存在。奴の意思など関係あるか!”


 咆哮するように怒鳴るリュウヤに、クリューネは唖然としていた。そこにいるのはリュウヤの姿をした別の何かだと気づき、いつしか、クリューネの喉はからからに渇いていた。


「もしかして、お主……。でも……」

“クリューネ姫よ。こうして話すのも久しぶりだな”「……ヴァルタス、か?」“そうだ。我は竜の国随一の将、紅竜ヴァルタス”

「お主は、死んでリュウヤに力を託したのでは無いのか」

『たかが人間ごときに、安易に力を与えるわけがないだろう』


 可笑しくてたまらないといった風に、ゼノキアが低い声で笑ってみせた。


『不死鳥は、朽ちようとする身を捨てて復活をするという。復活するためには依り代となる仮の肉体が必要だ。それが私にはサナダであり、ヴァルタスにはリュウヤだった』

「……」

『そして時を待ち、新たな力を得てこの世に復活する。それが召喚転生魔法“聖魂寄生ハレルヤ”だ。もっとも、計算外だったのは、この呪文を会得したのは私だけかと思っていたがな』

“この魔法は会得とは関係がない。そろそろお喋りはおしまいにしろ。貴様を我が炎で焼きつくしてやるぞ”


 リュウヤの身体を包む炎は勢いを増し、わずかに身を屈めた。熱風とともに、凄まじい殺気がクリューネたちの肌を焼いた。


「待て!リュウヤ……ではなく、ヴァルタス!主の命令じゃ。攻撃を控えんか!」


 クリューネが悲痛な声で叫ぶと、リュウヤの目がギロリとクリューネを睨みつけた。


“貴様が主か……。笑わせるな”

「なに?」

“バルハムント再興の志も無くし盗人に堕ちた者を何故、主と仰がねばならん。所詮は汚らわしい人間の血が混ざった半竜か”

「私を……、私を誰だと思っている。神竜バハムートだぞ」


 思わぬヴァルタスの罵倒に、クリューネは声を押し殺し、王家の一人として威厳をみせたつもりだったが、息が激しく乱れ声がうわずった。


“リュウヤにお前を探させたのは、竜族の誇りのため。魔王を討つため。我が恨みを晴らすため。人間ごときが命で、邪魔は許さんぞ!”


 ヴァルタスは吠えた。

 怒号とともに、灼熱の光を宿した塊が、ヴァルタスの手の中で巨大化していく。放たれれば押し寄せる熱波に、全てが灰となるであろうと、容易に想像がつくほどのエネルギーだった。

「やめろ、ヴァルタス!」

 クリューネが叫ぶと同時に、クリューネの足下に魔法陣が金色の光を放って浮かび上がった。クリューネの両手はヴァルタスに向けられていた。


“クリューネ。何のつもりだ”

「やめろと言っておるんだ。セリナもナギも無事では済まんぞ」

“だから、どうした。人間がどうなろうと知ったことか。貴様こそ、家臣を攻撃するつもりか”

「都合の良いときだけ家臣か……!」


 クリューネの魔法陣が輝きを増した。

 ゼノキアはヴァルタスとクリューネの様子を無言で見守っていたが、内心はほくそ笑んでいた。


 ――上手くいった。


 このまま同士討ちになれば、逃げる機会も増える。

 ヴァルタスの言う通り、ゼノキアの体力は限界まできていた。

 サナダが受けたダメージの影響は甚大で、覚醒したヴァルタスが襲ってくれば、ひとたまりもなかっただろう。そして、現在の力ではヴァルタスのエネルギー波と同等の力がある、クリューネの竜言語魔法にも耐えられる自信もなかった。

 状況はゼノキアにとって、圧倒的に不利なはずだった。

 復活し、そのまま逃走することができたのに、それでも危険を冒してリュウヤたちの前に現れたのは、アイーシャと呼ばれる不思議な力を目の当たりにして、アイーシャに興味を覚えたからだ。

 アイーシャの光る風による力は、傷を癒すだけではなく、死滅した大地を確かに蘇らせていた。


 ――この子どもには、まだ隠された力があるかもしれない。


 アイーシャに対する好奇心が、ゼノキアを今の行動にとらせている。

 そのアイーシャを捕らえたあとは、どのタイミングで脱出するか。交戦中の魔空艦は頼りにならない。自力で本国まで逃げるしかなかった。


“……愚か者どもよ。魔王とともにくたばれ!”


 ヴァルタスの絶叫が、衝撃波となって大気を激震させた。

 そして、目が眩むほどの莫大な閃光が四方に散らし、ゼノキアもクリューネも直近の互いの姿が見えなくなるほどの目映い光に包まれていった。

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