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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第7章「超血戦」
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“化物”を倒すために

 艦橋から双眼鏡で戦況を眺めていたサナダは、ヒュドラがバハムートのホーリーブレスに焼かれる様を見て、チッと激しく舌打ちを鳴らした。

 リュウヤとバハムートが見せた予想外の強さによる悔しさと、イズルードらの意外な脆さからの失望からだ。

 だが、感情を表に出したのはそこまでて、あとはいつものうすら笑いに戻している。サナダは魔空艦を操る操舵手越しに立つ、二人の軍団長に顔を向けた。


「いよいよ、シシバル様とルオーノ様の出番ですな」


 だが、軍団長であるシシバルとルオーノは無言のまま、艦橋の窓から双眼鏡を覗き込んだままだった。両人とも額から大量の汗を流し、唾を飲み込んで喉仏が上下に動いている。


「軍団長殿」

『うん?ああ、なんだ』


 強めに呼び掛けた声に、ルオーノが慌てて反応をした。


「次は両人の出番です。イズルード様たちが逃した偉大な勳功を立てるチャンス」

『そ、そうだな……』

「私も機神オーディンなるものを開発したばかりに、イズルード様やタナトス様ばかりに武功が偏ってしまうのではないかと気がかりでした」

『……』

「しかし、この新型魔空艦とお二人の力があれば、功を成すのは容易く、イズルード様たちを遥かに越えるものとなるでしょうな」


 サナダの言葉にルオーノは息を呑んだ。

 顔面は蒼白で汗はひかず、既に呼吸も荒い。異様な緊張感がルオーノの心を支配しているようだった。


 ――いや、恐怖がほとんどか。

 

 サナダは探るように、ルオーノをじっと見据えていたが、やがて逃れるようにして顔を背けると、まだ強張った表情のまま双眼鏡を覗き込んでいるシシバルに、『おい』と声を掛けた。


『シシバル。貴殿に先陣を任す。俺は魔空艦で援護する』

『な、何を言うか。貴様こそ、タギル宰相の前で軍功を立てることを誓っていただろうが。ルオーノ軍団長、貴様がやるべきだ』

『いやいや、イズルードたちに最初、不満を漏らしたのは貴殿だろう。貴殿がやらんでどうする。貴様はタナトスよりも若い。若いならその功名心を満たしてはどうだ』

『若さなど関係あるか!お主こそ、私に同意したではないか!』


 ルオーノとシシバルの口調は次第に激しくなり、艦橋にいれスタッフは呆れて口論する二人を眺めている。サナダも醜態をさらす軍団長らに、呆れているのは同じだったが、心情はわからないでもないと思っている。

 機神オーディンが敗れることはあっても、ここまで一方的とまではサナダも予想していなかった。リュウヤとバハムートの両方、或いはどちらかが深刻なダメージを負うだろうとサナダも考えていたのだ。

 しかし予想は完全に外れ、機神オーディンと名付けたほどの巨大兵器が、手もなく倒された。バハムートはともかく、リュウヤは人間の姿である。しかも、どちらもほぼ無傷。

 リュウヤ・ラングは“化物”と形容してもいいのかもしれない。

 魔空艦の援護があるとはいえ、そんな化物を相手に、生身の身体で剣や魔法で挑もうなどというのは滑稽でしかない。


 ――私が出るか。


 口喧嘩に勤しんでいるルオーノとシシバルは、怯えきって、このままでは頼りにならない。特にシシバルは若い割に慎重すぎる軍団長で、持っている能力の割には武人としての評価がさほど高くない。竜族との戦でも、軍団長の中でただひとり大怪我を負ったというから、慎重になるのも無理はないのかもしれなかった。

 一方、自分ならバハムートとリュウヤの二人が掛かってきても相手が可能だという自負もある。

 しかし、とサナダは小さく首を振る。


 ――いや、まだ機は熟していないな。


 サナダは脳裏にルシフィやネプラスらを浮かべながら、艦橋の窓に寄った。目的を達するには、まだ本当の力を示すべき刻ではないように思えた。


 ――だが、今、この場をどうするか。


 近くでは、ルオーノとシシバルの口喧嘩は掴み合いに発展し、見兼ねた艦長やスタッフらが、身体を張ってルオーノとシシバルの仲裁に入っている。

 愚劣な争いに関わる気にもならず、サナダは眼下に広がる青い海を見下ろしていた。

 機神オーディンを失い、軍団長も臆したままおめおめと引き下がっては、魔王軍の士気は確実に下がり、地方に潜伏しているレジスタンスや真っ向から対立しているムルドゥバも勢いを増すだろう。

 それはサナダにとって、好ましい状態ではなかった。魔王軍には、もう少し頑張ってもらわなければならない。

 今ごろ、リュウヤたちは勝利の余韻に浸っていることだろう。その余韻を打ち消す何かが欲しかった。


 ――何か強烈な一手を、リュウヤたちに与えなければ。


「聖霊の神殿……。聖霊たちが安らぐ場。その聖霊にひかれて、力の集まる場……」

 

 力が集まるこの地なら、自分が求めるものが見つかるかもしれない。

 周りの喧騒など無視して目を閉じ、気を静かに集中させた。

 ふと、サナダはある気配を感じた。

 身の内に強い力を秘めながらも、暗く乱れて澱み、混沌とした負の気配。

 それは、海上から伝わってくるものだった。

 サナダは目を開け、気配を探った。魔空艦の右舷前方の海上に、小さな船が漂っているのが見えた。目を凝らすと、船尾に少女と言っていいくらいの小柄な女が、聖霊の神殿方向を見つめている。

 少女の姿を認めると、サナダが着ている白衣のポケットから、急にうごめくものを感じた。サナダはポケットに手を差し込み、しばらくそのままでいると、やがてボソリと呟いた。


「そうか……。あの子がか」


 サナダはきびすを返すと、ルオーノとシシバルの喧嘩を眺めていた操舵手の傍に寄り、「君」と声を掛けた。

 新型の魔空艦のシステムは機械化されていて、パネル操作で自動操縦もできる。サナダの技術力からしてみれば、操舵手という過去の遺物のような役職など必要なく運航も可能だったが、不足の事態に緊急時の対応、急激な変化に対する抵抗や反発、マンネリ化を考慮すると、どうしても人の手による仕事を幾つか残しておかねばならなかった。


「右舷の海上から船が見えますが、あれは何ですか?」


 サナダに言われ、操舵手が慌ててサナダが示す先に目を向けると、急に興味を無くしたように、『定期便すよ』と後ろの軍団長同士の喧嘩を目の端にしながら言った。


『ムルドゥバから、聖霊の神殿にでているやつです』

「聖霊の神殿行き?反対に遠ざかっていませんか?」

『そりゃあ、この騒ぎで近づくやつはいないでしょ』

「しかし、よくわかりましたな」

『“船”には多少、興味ありますんでね。ムルドゥバ製のあの船は、最小限の魔石の魔力使って、塩水と火山岩で稼働するだとか』

「……」

『ま、今はあっちの喧嘩のが、気になりますけどね』


 操舵手は後ろを振り返ると肩をすくめた。

 さすがに軍団長なだけはあって、力は尋常ではなく、ルオーノとシシバルの腕一本ごとに、数人の兵がしがみついて動きを止めている。それでも、二人の喧嘩はやみそうもなかった。


『……それは貴様の母ちゃんが、出べそだからだろうが!』

『何だと。貴様、ママの悪口を言うな!』

『その歳になって、まだママと呼ぶか』

『やかましい。何が悪い!』


 サナダはルオーノとシシバルの低次元の罵り合いを無視して、無造作に二人へと近づいていった。

 他のスタッフらはルオーノを抑えるのに必死だったが、シシバルを羽交い締めしている艦長だけがサナダに気がつき、危ないから近づくなという視線を送り、首を激しく振ってみせたが、サナダは無視して構わず二人の傍まで近づいていった。


「もう、遊ぶのはおやめなさい」


 低いが奇妙に威圧感のあるサナダの声に、それまで、声高に罵りあっていたルオーノとシシバルの声がピタリと止んだ。


「私は今、ある研究をしていまして。この戦いついでに、その研究にふさわしい“材料”を探していたのです」

『……』

「現在、魔空艦にほど近い位置に、定期便の船が聖霊の神殿方向から引き返していますが、ちょうどそこに一名、素晴らしい力を秘めた者の存在を感じました」『……』

「お二人は忙しいご様子ですので、実験を兼ねてその者を使って、リュウヤたちに当たらせてみたいと思いますが……。いかがでしょうか」

『俺は構わんぞ』


 まだ出なくて済むとルオーノの力が急に緩み、それを見てスタッフらは安堵の息をもらしながら、ルオーノの拘束を解いた。

 ルオーノが乱れた軍服を正しながら、鷹陽な口ぶりで言った。


『戦に焦りは禁物だ。余裕を見せるのも将たる務め。また、サナダの言う実験というものも、どんなものか楽しみではある』


 先ほどまでの醜態を忘れて、ぬけぬけと語り出すルオーノに、周囲のスタッフは呆れていたが、ルオーノは気がつかないふりをして、汗ばんだ髪をかきあげてみせた。

 この強がりは部下に向けてではなく、シシバルへ精神的優位に立ちたいという気持ちからくるものだったが、シシバルもそれを察し、『やってみろ』と荒い息のまま、サナダに威張ってみせた。


『だが、ここからどうやって、そこの船までいくつもりだ。いちいち降下などしておれんぞ』

『まさか、そこの扉から飛び降りる気か?』


 シシバルは艦橋の脇、通信席の隣にある小さな非常用扉を指差した。

 軽口のつもりでシシバルが言ったのだが、サナダは真顔のまま非常口に目を向けて、「そうですなあ」と頷いた。


「しかし、あの扉を開けては、この船が壊れてしてしまいます。これで行きますよ」


 サナダは白衣のポケットから取り出したものを見て、ルオーノとシシバルは呆気にとられた。サナダの手のひらに小さなぬいぐるみが載っている。

 ピンク色で丸型をした、ウサギのぬいぐるみだった。


「“ミラ”という名前です。以後、お見知りおきを」

『そんなぬいぐるみが、何だというのだ』

「ミラが“彼女”を選んだのです。このミラが彼女のところへと導いてくれるのです」


 サナダの足元に光が輝く。

 艦橋にいた全員がサナダの足元に目を向けると、青白い光を放ち、蛇が描かれた紋様の魔法陣が浮かびあがっていた。


『サナダ……。貴様、魔法が使えるのか!』


 シシバルが驚愕したのは単に魔法が使えるだけではなく、その魔法陣の紋様にも原因があった。

 蛇の紋様が描かれた魔法陣。

 それは魔王ゼノキアの魔法陣の特徴と、酷似していたからだった。

 いや、まさかとシシバルは首を振って自分の考えに苦笑いして否定した。

 偶然。ただ似ているだけだ。


「魔王様は偉大な方ですよ」


 佇立して見守るルオーノとシシバルに、サナダはそれだけ言って口の端を歪めてみせた。

 すると、魔法陣の光は輝きを増し、次の瞬間にはサナダの姿が忽然と艦橋から光とともに消えていた。

 後には静寂の間と、わずかに残った光の残滓ざんしが宙に舞っていた。

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