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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第7章「超血戦」
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リュウヤ・ラングは化け物だ

 全身を引き裂くような痛みが消えたと思い、セリナが目を開けると、アイーシャやグランの間に煤だらけとなったナギの痛々しい姿があった。


「……ナギ様、大丈夫ですか?」

「私はもう治療を済ませていますから。大丈夫かと聞きたいのはこっちですよ」


 何があっても、自分よりも相手を先に思いやるセリナに、大したものだとナギは内心、敬服する思いでいた。

 ナギはセリナの負傷した額に手をかざすと、あたたかな光が生じ、みるみるうちに傷がふさがって流れる血も乾いて剥がれていく。

 傷が修復されたといっても、失血による疲労やダメージの影響は残るので、身体を起こすのに苦労したが、それでも先ほどよりは意識もはっきりし、随分と呼吸も楽になっていた。


「お母さん、お母さん……!」


 アイーシャがセリナに、むしゃぶりつくようにしてしがみついてくる。普段は腕白なグランも、傍で泣きじゃくっていた。他の子どもたちも、安堵のあまり涙を流していた。


「ナギ様、私たちは助かったんですか?」

「……リュウヤさん達が助けてくれました」

「リュウヤ……さん?」


 どこかで聞いた名前だと思いながら、胸のうずきが思考を中断させた。「剣士様だよ」と、傍らでアイーシャが嬉々とした表情をしてはしゃいでいた。


「いつも夢に出てきた白い竜とね、剣士様が私たちを助けてくれたの」

「白い竜……、剣士様……」


 絵を描くのが好きなアイーシャが、描きながらよく話していた。

 白い竜や剣士様が、怖い魔族や魔物を倒す物語を。

 アイーシャを抱えて、セリナはよろめきながら立ち上がると、門から見える遥か彼方で砂塵がもうもうと立ち込めていた。聖霊の神殿からわかるものは、煙の中で瞬く閃光と腹の底まで響く地鳴りのみだった。

 そして上空からも、激しい衝撃音がする。見上げると、翼のはえた巨人と白い竜が互いに光の炎を放ち、戦闘を繰り広げている。双方から発生する激震が大気を揺らした。


「セリナさん。みんなを連れて私の寝室に戻っていて下さい」

「ナギ様は、どうされるんですか」

「私はここの神官として、彼らの戦いを見守る義務があります。心配しないで。いざとなったら戻りますから」


 不安そうに見つめるセリナに、乱れた髪の下から優しく笑うと、セリナは強くうなずいて子どもたちを促して部屋に戻っていった。

 無論、後で戻ると言ったのは、セリナたちを避難させる方便ほうべんでしかない。

 リュウヤや白い竜が負ければ、もう完全に後がない。その時には自ら命を絶ってでも、寝室に備えられている結界を発動させ、セリナや子どもたちを救わなければならなかった。


 ――それを見極めるためにも、私はここに残らなければ。


 込み上げてくる死への不安や恐怖を押し殺し、ナギは拳を握り締めて繰り広げられる二つの死闘を見つめていた。


  ※  ※  ※


 イズルードは焦っていた。

 ファフニールを推進させて、両腕の銃砲と双竜尾砲ツインテールによる連携攻撃を繰り出すものの、リュウヤ・ラングという人間の剣士に当てることすら出来ず、それどころかリュウヤの剣圧によって生じた衝撃波と、魔法による攻撃で完全に押されていたからだ。


 ――こんなはずでは……。


 衝撃波をファフニールの頭部と腹部に受け、イズルードは激しく息を乱している。

 肉体と機体を繋げる脳波制御装置ブレイン・コントロール・システムが、衝撃によるダメージをイズルードの肉体にも伝え、操縦席に備えられている緩衝装置でも、リュウヤから繰り出される悪夢のような攻撃を防ぎきることはできないでいた。


「どうした、ファフニール。竜だった頃の方が動きは速かったぞ」


 リュウヤの記憶には、ヴァルタスの記憶が残されている。

 リュウヤは生前のファフニールの動きを思い出しながら、悠然ゆうぜんとした口ぶりで剣を下段に構えているリュウヤに、イズルードはギッと歯を鳴らした。


『姑息に逃げ回っているだけの貴様が!』


 イズルードは連続して攻撃するために出力を抑え気味にし、網の目のようにエネルギー波を四方から放ってきた。

 それでも大地を抉り、硬い岩盤を砕く威力は十分にあって、リュウヤはエネルギー波を潜り抜けるようにかわしていたが、リュウヤの身体を包むほどの巨大な手が伸び、リュウヤに掴みかかった。


『つかまえればこちらのものだ!』


 パワーではファフニールの方が上だと、勝利の雄叫びのように叫んだイズルードの身体が、ガクンと前方に崩れた。

 リュウヤはファフニールの中指を、脇に抱えわずかにファフニールの体勢が崩れて前のめりになった。

 不意にリュウヤの身体が沈んだ。


『なんだ……!』


 リュウヤが丸太を抱えるように、沈みながら回転すると、指の捻りは手首の関節までも極め、ファフニールはたまらず宙に身体を放り投げて背中を打ち付けていた。


「ロボット相手に、ドラゴンスクリュー掛けるとは思わなかったよ」


 苦笑いしながらリュウヤは立ち上がると、同時にファフニールも起き上がっていた。


『この……、くそが……』


 機体がカタカタとふるえている。

 機体で中が見えなくても、屈辱で怒りにふるえているのがありありと伝わってきた。

 脳波制御装置ブレイン・コントロール・システムの存在などリュウヤは知らなかったが、飛行形態から人型に変形し、尻尾のような銃砲を操る。

 魔装兵ゴーレムよりもあまりに人間的な動きを見せるそれが、ただのロボットであるとも思えず、何らかの仕組みで操縦者の思考や動きをダイレクトに伝えているということは推測できた。

 おそらく、あのかにのハサミもその類だろう。ロボットアニメで見たことがあるなと、懐かしく思えた。


 ――とにかく、操縦者は動揺しているはずだ。


 リュウヤは剣を再び下段に構えて、ファフニールの様子を窺った。

 危険を察知して自ら逃れたために、肉体的なダメージはほとんど無さそうだが、怒りにふるえる様から、自分より小さくひ弱な人間に翻弄される精神的ダメージはかなりのものがあるように感じた。


『行け、双竜尾砲ツインテール!』


 左右から双竜尾砲ツインテールが、挟み込む格好で迫ってきた。しかし、リュウヤの見たところ、先ほどより動きが直線的で雑だと感じた。

 リュウヤは双竜尾砲ツインテールの閃光がはしると、剣を背にして身を沈めた。

 舞い上がった砂塵がファフニールの視界を遮った。リュウヤの姿を見失ったイズルードは、砂塵のなかに星が煌めくのを見た。同時に双竜尾砲ツインテールの動きが止まった。


『どうした、双竜尾砲ツインテール。動け、動かんか』


 主の命令を無視していた双竜尾砲ツインテールだったが、やがて蟹のハサミにも似た砲台がゆらりと揺らぐと、管から砲台が離れ、地面にドウッと重い音を立てて落ちていった。


『お、俺の双竜尾砲ツインテールを!?』

「ハサミは硬そうだったけど、コードの部分は意外と斬りやすかったぜ」


 リュウヤは真伝流の棚下たなしたという型を応用して間合いを詰め、不用意に寄せてきた双竜尾砲ツインテールとファフニールを繋げるコードを斬っていた。


『……』


 イズルードは愕然としていた。

 双竜尾砲ツインテールにとって、コードが急所となるのはイズルードも開発者のサナダも承知しており、外にはヤラワームという軟体生物の皮で覆い、中はジブルア鋼という特殊な軟鋼でつくられている。

 様々な衝撃にも耐えられるように出来ており、計算では竜族の力や業火にも耐えるという。ルナシウス程度で斬られるわけがなかった。

 しかし、目の前のリュウヤは、それを容易く斬ってみせた。


『くそうっ!』


 右腕の銃砲にエネルギー波による剣を形成し、踏み込んで上段から振り下ろした――が、振り下ろしたはずの剣が、右腕がない。

 そこには剣を薙いだ姿のまま見上げている、リュウヤがいるだけだった。

 ズシンと再び重い音が後方から聞こえた。振り返ると、ファフニールの右腕が地面に穴を空けて埋もれている。


『……ば、バカな』

「剣が粗いぜ。アンタ」


 リュウヤが一歩足を進めると、ファフニールは電流を浴びたように、身体をふるわせて後退した。


『化物か……』


 ――ルシフィ様はどうやって勝ったのだ。


 リュウヤの実力を存分に味わい、リュウヤへの恐れよりも先に、イズルードの脳裏には姫王子が頭に浮かんでいた。結果的に突如覚醒した未知の力に敗れと聞いているが、一度は完膚なきまで叩きのめしたという。素手というハンデがあったとは言え、機神を軽々とあしらう様は、剣技や徒手云々の範疇に収まる話ではないように思えた。そのリュウヤをどうやって抑えたのだろうか。イズルードには不思議でならなかった。


 ――一旦、退こう。


 本能が警報のサイレンを鳴らしてきた。恐怖心は脳波制御装置ブレイン・コントロール・システムへとダイレクトに伝わり、弾かれるようにして大きく退いた。


『タナトス、どこで遊んでいる!ここに来い!』


 言ってから、タナトスが本命であるはずのバハムートと交戦していることを思いだし、タナトスが操るヒュドラの位置をレーダーで探った。真上に赤の四角が表示されると、まだ無事だったことに安堵の息を洩らした。

 しかし、次の瞬間、空に光が奔り、イズルードの表情が強張った。

 黒い影が見えた。

 青い空に映るそれは、人型の輪郭をつくっていく。四肢に力はなく、人形が落ちてくるようだった。

 イズルードの目にはゆっくりと映ったが、実際には轟音とともに音速の勢いで落下してきた。

 呆然と眺めるうちに、やがて、その黒い影はファフニールのモニター一杯になるまで迫っていた。

 目の前に映るそれは、少し前まで鮮やかな赤に彩られいたはずだった。しかし、今ははみすぼらしいすすだらけ黒ずんだ醜い残骸と化している。

 自分たちは、神をも凌駕りょうがする力を手に入れたと思っていた。

 それなのに、無様な有様はなんなのだ。

 俺たちは、何を相手にしているのだ。


『なあ、タナトス……』


 呟くと同時に、ファフニールの機体はヒュドラと衝突し、激震が大地を揺らした。濃い茶色く濁った煙が周囲を覆い、数センチ先の視界さえも見えなくなった。

 ヒュドラが落ちてきた空から、ゆっくりとバハムートが舞い降りてきた。巨大な翼が起こす風によって、大地に充満する煙は払われ、煙の下から二体の影が現れる。


『終わったな』

「たぶんな」


 バハムートとリュウヤが見つめる先には、四肢が無惨に粉砕されて横たわる、二体の機神オーディンの姿がそこにはあった。

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