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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第7章「超血戦」
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超血戦

 リュウヤが見つめる船首の先に海が広がり、その奥に聖霊の神殿の影がほのかに映る。時間にすればあと三時間程度で聖霊の神殿に到着する。


「あそこに、セリナとアイーシャがいるのか」


 何故、あの絶望的な状況で生きていていたのか全くわからなかったが、まずは本当にセリナ本人なのか、確かめるのが先だった。


 ――それなのに……。


 リュウヤは空をあおいだ。

 冬の柔らかな太陽の日差しが、やけに眩しく感じられた。


「リュウヤ様」


 振り向くと、リリシアが怯えたように気弱な笑みを浮かべて立っている。

 また泣いていたのか、顔が涙のあとで汚れていた。


「どうした、リリシア」

「私……、リュウヤ様に色々言い過ぎたなって思って……」

「……気にするなよ」

「自分の奥さんや、娘さんのことを考えるのは当然ですもんね。私、わかります。私だってリュウヤ様が大切ですから」

「……そうか」

「あの、あの、私……」


 リリシアがうつろな瞳のまま、半笑いの表情のままリュウヤの傍ににじり寄ってきた。自分のお腹をいとおしそうに撫でまわしている。行動の意味がわからず、リュウヤはじっとリリシアのお腹に目を落としていた。


「できちゃったみたいです」

「え?」

「私、リュウヤ様の子を身籠ったみたいなんですよ。あんなに愛してくれたから、リュウヤ様の赤ちゃんが、私の身体にも……」

「……」


 リュウヤは茫然とした。

 茫然としたというのは、身籠ったという話より、そんな姑息こそくな手段を使って迫ってくるリリシアに対してであった。仮にも身重みおもの妻を間近で見ている。嘘というのはすぐにわかるというのに、わからないと思っているリリシアに、ぞっと背中に寒気がはしった。


「ね、これで私も捨てられないですよね。そうですよね?」


 虚無の微笑を湛えるリリシアに、リュウヤは言葉を失っていた。嘘だとわかりきっていたが、そんな嘘でも使って自分と一緒にいたいというリリシアに、リュウヤは疑問に思わざるをえなかった。


「なあ、リリシア」

「なんですか」

「なんで俺なんかに、そこまで必死になるんだよ。俺、剣と魔法くらいしか能が無い、単なる剣術使いでしかないのに」

「単なるじゃないです。リュウヤ様は私のナイト様なんです」

「それ、絵本の話だろ」


 思わず苦笑するリュウヤに、リリシアは絵本じゃないですと、押し殺した声でリュウヤを凝視した。


「私、これまでに何度か死を覚悟しました。その度にリュウヤ様に助けられたんですよ。でも、リュウヤ様は恩に着せないし、威張らないし、優しくてあったかくて、絵本のナイト様そのままだって思ってます」

「……」

「こんなクソみたいな世界で、安心できた場所なんてリュウヤ様の傍だけなんです。それなのに、捨てられたら、私はどこへ行けばいいんですか?」


 リリシアは小刻みに震えだし、目からは涙が溢れ始めていた。

 リュウヤはリリシアを、もっと強い女だと思っていた。物静かで凛々しい頼れる仲間だと思っていたが、心の平穏を失ってしまったことで、今は怯える小動物のように頼りない。


 ――俺がそうさせてしまったのか。


 慚愧ざんき、後悔、憐れみといった感情が一緒くたにかき混ぜられ、それはリュウヤの心を激しく揺らしてきた。

 湧き起こった感情が衝動をつくりだし、感情そのままに、リリシアの身体を抱き寄せていた。

 小柄で華奢な肢体の感触が、リュウヤの腕や身体に伝わってくる。こんな小さな女の子が戦っていたんだよなと改めて思うと、一旦は薄らぎかけた愛情が別の感情によって補完されつつあった。

 贖罪しょくざい庇護ひご

 それは果たして、愛と呼べるものなのかどうか。

 リュウヤにはわからなかっただろうし、その正体を考えてもいなかった。


「ごめんな。俺のせいで」


 リュウヤがリリシアの耳元でささやくと、リリシアが顔をあげて、リュウヤを見つめた。瞳と瞳が重なり、リリシアはリュウヤの次の言葉を待っていた。

 だが、そんな二人の間に生じた深閑とした空気を、突如、猛風と轟音が粉々に打ち砕いていった。船体が大きく揺らぎ、縁にしがみついていなければ、リュウヤとリリシアはもう少しで海に放り出されるところだった。

 二つの巨大な影が、リュウヤたちを通過していく。

 見上げれば、赤と青に色分けされて広い翼を持つ物体が、聖霊の神殿へと向かって行くのが見えた。


「竜……。いや、戦闘機か?」

「なんじゃ、今飛んでったのは!」


 客室から飛び出してきたクリューネが、リュウヤたちのところへ慌ただしく駆け寄ってくる。魔物の襲来かと思ったらしく、既に魔法のローブなどもまとって戦闘態勢をつくっている。

 戦闘機がとリュウヤが言い掛けたが、その用語では通じにくいと思い直して、新型の魔空艦らしいと言った。


「だけど、どこかで見覚えのあるシルエットだったの。竜みたいな」

「竜……」


 リュウヤは竜という言葉に反応して、ヴァルタスの記憶を探っていた。かつての竜族の仲間を探るうちに、思い当たるものが浮かび、悲痛な声でファフニールとヒュドラだと、リュウヤが言った。


「あいつら、魔王軍の残党狩りにあって死んだはずだが」

「機械の身体に改造されたということか。やっぱりあやつらは……」

「魔王軍だな」


 リュウヤたちが睨む先で、新型の魔空艦――機神オーディンは旋回すると、機体がくの字に曲がり、それは人型の巨人へと変形していった。

 リュウヤたちを向きながら、機神オーディンはゆっくりと地上に降りてくる。

 様子を窺ううちに、機神オーディンたちから突如、光球が生じるのを見た。


「まさか、いきなりか……!」


 膨大な熱量を持った二本の光の柱が、海面を蒸発させながらリュウヤたちに向かってくる。

 熱波が船ごと呑み込もうとした瞬間、イバラ紋様の巨大な魔法陣が船首の前に浮かび上がり、魔法陣に衝突すると、光の粒子が四方に拡散し、蒸発した影響で、濃い蒸気が甲板上に立ち込めた。

 蒸気の中から金色の光が瞬き、ぬらりと巨大な生き物の影が浮かぶ。


“行くぞ、リュウヤ!剣をまた忘れてまいな!”

「おうよ、ちゃんと腰にあらあ!」


 野太い声とともに咆哮が響くと、蒸気を掻き分けるようにしてバハムートが飛翔した。バハムートの背にはリュウヤの姿がある。


「リュウヤ様!」

「リリシアは船にいろ!船長に引き返すように言え!」


 リュウヤの怒鳴り声でリリシアに指示したのを最後に、バハムートとともにその姿は小さくなっていった。


 ――もう、リリシアには戦わせない。


 リュウヤはバハムートのたてがみを掴む手に力を込め、佇立する二体の巨人を見据えた。


  ※  ※  ※


『前方の船からバハムートの出現を確認!こっちに向かって来るぞ!』


 タナトスからの連絡に、イズルードは予想通りとほくそ笑んだ。

 操縦席は“脳波制御装置ブレイン・コントロール・システム”に切り替わり、円球状の空間となり、イズルードの四肢はそれぞれピンク色の光の帯で繋がれている。足元にはイズルードの魔法陣が浮かんでいた。

 周りのモニターにはタナトスの操るヒュドラや、聖霊の神殿、青い空と海や広がる草原が映っている。

 草の匂いや風を感じはしないが、それはまるで外にいるようだった。


『“魔法と科学の融合”と、サナダはわけのわからんことを言っていたが……』

 これは面白いおもちゃだと、自分の手とファフニールが同じ動きをするのを確認すると、歯を剥いて笑った。

 魔族でも選ばれし者だけが可能な、魔人化をはるかに凌駕りょうがする力。


『アズライルなど目ではない。これからの時代は、俺たちがつくる。この力があれば、バハムートどころか、魔王ゼノキア様さえも……』


 呟くイズルードの足元から、索敵センサーと“脳波制御装置ブレイン・コントロール・システム”によって、人の気配が伝わってきた。


 見ると、白い法衣を身にまとった女が聖霊の神殿の前に血相を変えて立ち、イズルードたちを見上げている。ナギというここの神官だろうと推測した。


『おい、人間!ここは間もなく戦場となる。早く退避しなければ焼け死ぬぞ!』

「立ち去るのはあなた方です!」

『なんだと……?』

「ここは聖霊たちが休まれる場所。なのに、どうしてあなた方は!」


 青白い閃光がナギを照らし、轟音がナギの声を消し去った。赤い巨人が放った閃光の先には、上空に羽ばたく白い竜の姿があった。


『イズルード、援護しろ!』

「いい加減にしなさい!早くこの地から去りなさい!」


 やかましい女だ、とイズルードは舌打ちし、腕に備えられた砲口をナギに向けた。だが、ナギは怯みもせず、じっとイズルードを凝視している。


「去りなさい!さもなくば……」

『……貴様がこの世から去れ』


 言い終わると、ファフニールの砲口に光のエネルギーが滞留し、人の肉体を瞬時に焼き尽くすエネルギー波がナギに襲いかかった。

 だが、そのエネルギー波がナギの身体に届く前に粉砕し、地中から伸びた巨大な鉄の拳が、イズルードのファフニールを殴り倒した。

 衝撃吸収装置でも防ぎきれない強大な衝撃に襲われ、ファフニールの機体は数キロは転がされていった。


『な、なんだあ……!』

「愚者は同じ罪を何度も繰り返す。聖霊の力をおそれ、屈しなさい!」


 ナギの足元に描かれた魔法陣の光は強さを増し、地鳴りとともに鉄の巨人――聖鎧神塞グラディウスが姿を現した。

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