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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第6章「姫王子ルシフィ」
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そばにいたくて

 クリューネは魔導書を前にして、ベッドの上で胡座をかき、両手を重ねて拝むような姿勢でまぶたを閉じていた。


“大地に眠る竜の魂よ

 汝らは我が血肉なり

 我が刃となりて敵を滅せ……”


 詠唱が進んでいくうちに、クリューネの両手の内に青白い光が生まれると、その光は室内を燦然と照らし始める。


 ――ここからだ。


 クリューネは深く息を吐く。

 精神を集中させ、両手に力が籠った。

 クリューネたちがバルハムントを後にしてから四日目。クリューネは“威刃七獅リーブレイド”という、新たな竜言語魔法の習得に努めていた。

 詠唱の文言が他よりは比較的柔らかかったのと、雷属性の攻撃魔法で、雷鞭ザンボルガを得意とする自分には相性が良いと、クリューネが思ったからだ。

 クリューネの手の内から生まれた光はまだ不安定で、すぐに形が歪んだり、光の強さを増し或いは弱くなる。これを精神力と魔力で均一に保てるようにならなければ、魔法を自分のものとすることができない。

 高位以上の魔法を習得することは、難しい錠を針金で開けるような感覚に、少し似ているかも知れないと、クリューネはメキアの盗人生活を思い出しながら、最近思うようになった。

 指先という魔力に全神経を集中させ、手の内に生まれた魔法をコントロールする。技量が足りなかったり、集中が乱れれば鍵が開かないように、制御出来るポイントにはめなければ魔法は使えない。


 もう少し。

 あと少し。

 もうちょっとで、その鍵が開く。


「待ってくださいよ、リュウヤ様!」


 扉の向こう側で、女の喚き声がクリューネの耳に届いた。


「……あっ」


 クリューネは声をあげたが既に遅く、手の内の光はアメーバのように曲がり歪み始め一瞬激しく瞬いたかと思うと、光の球は砕けて塵となって消えていってしまった。

 失敗かとクリューネは舌打ちをすると、それまでため込んでいた疲れがどっと溢れ出て、ベッドの上に大の字になって倒れ込んだ。

 強い眠気も生じていたが眠れない。クリューネはしばらくの間、木製の天井をぼんやりと見つめていたが、扉一つ挟んで修羅場かと思うとここで一眠りという気分にはなれないでいた。

 クリューネたちはバルハムントを後にしてから、現在は聖霊の神殿行きの船が出ているトレノの町で、宿をとっていた。

 しかし、折からの季節風で外は叩きつけるような大雨となり、今日で三日ほど宿に逗留している。他にすることもなく、クリューネは新しい竜言語魔法の習得に努めていた。

 もっとも、この逗留とうりゅうは嵐だけが原因でもなかったが。


「……だから昨日も言ったけど、どっちにしたって、聖霊の神殿に行くのは、ジルと最初から決めていただろ」

「そんなの、クリューネに行かせればいいじゃないですか。私たちはトレノで待っていればいいでしょ」

「何をそんなに嫌がってんだよ」

「だって、私はどうなるんですか?捨てられるんですか?」

「捨てるなんて、誰も言ってないだろ」


 語気を強めるリュウヤに、言っているようなものじゃないですかと、リリシアは声を荒げた。


「山を降りたら一緒になれると思ったのに……」

「悪かったと思っている。だけど……」

「悪いと思っているなら、責任をとってくださいよ!」

「責任て、何をどうとれっての」


 決まっているじゃないですかと、リリシアが怒鳴った。


「私とずっと一緒にいてください!」


 ――駄目だな、こりゃ。


 話を聞きながら、クリューネはあきれて嘆息たんそくした。

 トレノの宿に泊まってから始まった、リュウヤとリリシアの堂々巡りのやり取りも逗留とうりゅうの原因だった。

 当初はクリューネの勘違いだと強気だったリリシアも、トレノに来てから急に尻込みしだし、先のようなやり取りをこの三日間繰り返している。


「いい加減、諦めればいいのにの」


 リリシアは半ば狂乱して焦るあまり、なりふり構わない手段を選んだみたいだが、クリューネには悪手あくしゅにしか思えないでいた。

 リリシアはリュウヤのセリナに対する想いを知った上で、付き合い始めたはずである。

 まさか、生きているとまでは思わなかったのだろうが、尊重すべきはセリナへの想いではないか、とクリューネ自身は考えている。 

 事情を知った上でリュウヤを好きになって付き合ったのに、それで責任まで持ち出すなら、せっかくリリシアに抱いた愛情も興醒めするだけだろう。

 言えば言うほど、リュウヤの心はリリシアから遠ざかっていくだけだろうに、そんなこともわからなくなっているらしい。

 幾つかの激しいやり取りのあと、すがるようなリリシアの声が扉から聞こえた。


「リュウヤ様、待って。行かないで下さい……」


 その後のやりとりは、小さくこま切れとなってしまって聞こえなかった。

 しかし、布が激しく擦れる音がしたかと思うと、次には荒々しく扉の閉まる音がし、少ししてからリリシアが泣きながら部屋に入ってくるのを見れば、何が起きたのか察するに充分だと思えた。

 これも三日間、繰り返してきたことだからだ。


  ※  ※  ※

 

『この一杯がたまらんな』


 魔王軍の墓守ザムケスは、いつものように宿直室にポケット瓶のウィスキーを持ち込んで、ちびちびとグラスを煽っていた。


 王家の墓守といっても、ザムケスは直系ではなく妾だとか庶子の傍系の墓地の担当だった。

 直系でないから、全体的にこじんまりとして質素だったし、金目と呼べるようなものも特に納められていない。


 それに警護の兵は別にいて随時巡回しているので、夜勤でザムケスがやることはと言えば、二時間に一回程度ぐるりと霊園を廻り、途中の巡回箱に自分の印を押しておく程度である。

 初めの巡回で予め全部押しておいて、後は宿直室で寝込んでいても、今まで上司に咎められることはなかった。

 ザムケスは十年余り、魔王軍の墓守として過ごしている。

 若い頃は勇敢な兵士だったというが今はその面影もなく、薄給だが知恵も身体も大して使わず、おまけに酒まで飲んでも叱られない安穏あんのんと過ごせるこの環境にすっかり満足していた。


『さてと、巡回にでも出掛けるかい』

 

 夜風に当たりたいと思い、ザムケスはフラフラと立ち上がって表に出た。巡回時刻もとうに過ぎていたが、そんなことを気にするなど、墓守になって一年ほど経ってからやめてしまっている。

 月の明るい晩で、ランプなど無くても十分足りて、ザムケスは警仗を担ぐと、千鳥足で園内を鼻歌混じりに歩きだした。

 夜風がひんやりと心地よく、緑豊かでよく清掃されているから、墓地というより夜の公園を散策している気分になる。


『良い気分だわい』


 月を眺めながら、ポケットから小瓶を取り出して酒を飲む。楽しそうに歩いていると、ポワリと一角に光るものを認めた。

 なんだとザムケスは警仗を構えながら、光が起きた場所に近づいていった。

 他より若干新しい墓地の前に、誰かが倒れている。 褐色肌で旅装姿だった。女の子のように思えたが、頬を張らしているのが痛々しく、呼吸が荒くひどく体力を消耗しているように思えた。

 胸元のペンダントが粉々に砕け、小さな煌めきを放っている。


『行き倒れか……?』


 突然の事件に、ザムケスはうろたえていた。

 濁った頭で、とにかく誰かを呼ぼうとだけの判断はついて、墓地の外へとよたよたと駆け出していった。

 今のザムケスは、狭い墓地が全てだった。上司と同僚以外の顔もここ十年以上見ていない。

 墓地の前で倒れているのが、魔族の王子ルシフィだとは思わず、孫の歳ほどの乙女が倒れているとしか思えなかった。

 この後、国を揺るがす大騒動となり、ザムケスも五年ぶりに素面となってタギル宰相直々に調べを受けるとは知る由も無い。


『おおい、ちょっと来てくれえ。女の子の行き倒れなんだ』


 ザムケスは見廻りの兵士を見つけると、酒臭い息を吐きながら駆け寄っていった。

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