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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第1章「ミルトの日々」
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決意

 竜也はじっと天井を見つめていた。すぐ傍でシーツから肌を露出させたセリナが、竜也の裸の胸にすがるように顔を埋めている。

 階下の酒宴もすでに終了し解散したらしい。宿には物音ひとつしない。空に輝く月が煌々とした光を部屋の中へと運んでくるだけて、全てが静寂に包まれていた。


 ――初陣に似いちゅう。

 

 司馬遼太郎の「竜馬がゆく」でそんなセリフを思い出していたが、竜也には初陣の経験もないために、それに合っているのかどうかもよくわからなかった。あのゴブリンとの戦闘がそれかもしれないが今一つピンとこないでいる。ただ、高校生となってから、友人の小野田と一緒になって漁ったネットや怪しい書籍から得た知識を総動員をして、ガムシャラにやわらかくも高い壁に向かっていったのはなんとなく覚えている。自分だけがお祭り騒ぎになっていたので、上手くいったのかはよくわからないでいた。


 ――こんなことになるなんてな……。


 数分前まであった激しい衝動や高揚感も幾分収まり、深閑とした暗闇を眺めているうちに頭の中が冷え、セリナが言った『村の掟』という言葉を思い出していた。果たして自分の行為は正しかったのだろうか。

 なあ、セリナと竜也は独り言のように呟いた。


「これで良かったのかな?」

「……」

「セリナ、起きてんだろ?」

「……どうして、私が起きていることがわかったんです?」

「えと、なんとなく」


 竜也はセリナの脇から差し込んだ手で乳房を愛撫しながら、天井を見上げて言った。セリナはお返しと言わんばかりに竜也の下腹部に手を伸ばす。

 伸ばした先のシーツがわずかに隆起し、奇妙なうねりをつくって動いていた。

 優しい手つきだと竜也は思った。


「私は、これで良いんです。竜也さんの赤ちゃんを産むことが、これからの私の役目ですから」

「そんな掟なんかに、縛られる必要てあるのか?どこぞのわからない流れ者の子どものために一生縛られるなんて、なんかおかしくね?」


 そこでセリナの手の動きが止まった。


「……この村には、二百人程度の村人しかいません。百年以上前からずっとそうだと聞きます。あまりに外との繋がりが薄いから、エルフ族の末裔なんて呼ぶ人もいるそうですよ」

「……」

「そんな村ですから、どうしたって閉鎖的になるんです。リュウヤさんだってあの人たちを見ていればわかるでしょ?外の人は受け入れられない。それでも、私たちが正しい人間であり続けるためには、新しい血は外から絶対に必要なんです。わがままですよね。変ですよね、私たちて」


 竜也はいや、と言いかけたが言葉にならなかった。村の事情を無視して安易に批判をしたことに竜也は後悔していた。竜也は乳房から手を離し、腕を組んでセリナの話に耳を傾けていた。


「だから、村では掟に従って産まれた子を、天からの授かり物として、村の皆で大事に育てていくんです。私の中に産まれる子は天からの授かり物。ですから、リュウヤさんは心配しないで旅をしてください」

「……セリナ」


 竜也は不意にセリナを抱き寄せると、はいと戸惑った様子で返事をした。

 竜也の中で、ある決意が固まっている。セリナとは、なにもかもがパズルのピースをはめ込むようにしっくりする。美しく健気で守りたいと思う。世界中をさ迷い歩いても、そんな女に二度と出会える気がしない。


「俺はミルトにはいらない人間なのか?お前もそう思うのか?」

「私はみんなのことを……」

「どうなんだ?」

「……」


 闇の中ですすり泣く声がした。セリナの白い肩が震え、顔を伏せた竜也の胸に熱いものが広がるのを感じた。搾りだすようにセリナが言った。


「……いて欲しい。リュウヤさんに、いて欲しいに決まっているじゃないですか……!」

「セリナ、俺もだ。ずっとセリナと一緒にいたいよ。この村にいたい」


 魔王に対する恨みも実感が無いし、ヴァルタスへの使命感も、目の前にいる女を幸せにすることに比べれば羽より軽い。元の世界に戻れない以上、いや元の世界に戻れたとしてもセリナほどの女は絶対にいない。


「セリナと一緒に暮らしたい。俺をミルトの皆に受け入れてもらいたいんだ。頑張るから、俺をまた助けてくれないか?」

「……私なんかでよければ」

「お前じゃなきゃ駄目なんだよ」

「私も……」


 それ以上は言葉にならず、セリナはじっと竜也を見つめていた。竜也はセリナの目に浮かんだ涙を吸った。

 この女を離すまい。

 何があっても。

 リュウヤはセリナの身体を抱きしめながら、強く誓った。



  ※  ※  ※


 情けないことだと、黒い甲冑に身をかためた馬上の男は、魔族特有の銀色に長い髪を忌々しげにかきあげた。


『……ヴァルタスの行方を追って四ヶ月。まだ尻尾も掴めんとはな』

『お言葉ですがベルサム長官。この広大なミルト地方で、ほとんど手掛かり無しで探せと言われましても……』

『私のやり方に不満があるのか?』


 ベルサム長官と呼ばれた若い男は、意見した隣の部下を鋭く睨むと、いえと部下は背筋を伸ばした。


『今のは私の寝言であります!』

『寝言なら仕方ないな。今回は聞き流してやるが、無知なお前に教えてやろう』

『はっ!何でありましょうか』

『奴を探す材料が無いわけではない。魔法を使用する際に浮かぶ魔法陣の紋様は、指紋のようにひとりひとり異なる。私はヴァルタスの紋様を知っている。奴の紋様はイバラだという。だから、この地方でしらみつぶしに探せば、やがて当たるはずだ。何事も粘り強さだ。わかったか?』

『はっ!ご教授、ありがとうございます!』

『わかればよいのだ』


 得意気な顔をしてベルサムが馬を進めていくと、教授された部下は後ろの同僚に振り向いて、ベルサムに気づかれないよう肩をすくめた。 同僚らも苦笑いし、下らねえ寝言だったなと声を潜めて毒づいた。部下らは常日頃、このベルサム長官に強い不満がある。

 

『ベルサム長官殿のお散歩遊戯も、いい加減にして欲しいぜ。紋様の存在なぞ小学生でも知っている。猪突猛進しか能がないくせに、お坊っちゃんが格好つけてしゃしゃり出るから、俺たちが尻拭いで苦労させられるんだ』


 そんな部下たちの悪態をベルサムも知っている。ベルサムは胸を反らし、意気揚々と馬を進めているが、虚勢も半分混じっていた。


「お散歩遊戯」


と部下が揶揄したように、ヴァルタス捜索を自ら志願したわりに、根拠のない思いつきの捜索はこの四ヶ月の間、無為な日々を過ごすだけとなり、本国でも問題となり始めている。

 ベルサムは代々、魔族の名家として知られている。 このままでは家の恥となる。

 士気も下がり始めているのはベルサムも感じていることで、何かしらの機会を得て、先のような愚にもつかない訓戒で、上司の威厳を保とうとしているが、部下には看破されてますます孤立している。

 ベルサムは焦っていた。

 何とか士気を上げないと。


『ようし、皆の者、“狩り”をするぞ。より多く獲物を獲た者には褒美を与えよう』

『……今度は捜索中に狩りでお遊びかよ』


 誰かが呟くとクスクスと失笑が漏れた。どこの馬鹿が任務忘れて遊びをやろうというのか。だが、褒美が出るならいい小遣い稼ぎにはなるだろうと、強く反対する者はいなかった。


『どこか良い場所はないか?』


 傍らの副官に振り向くと、副官はええと慌てながら地図を調べ始める。地図をなぞる内に、山中のある場所に指が止まっていた。


『……これは噂ですが、ここから十数キロ先に、人間の住む小さな村があるようです』

『噂か……。ようし、皆の者!』


 ベルサムは後ろを振り向き、数十騎の男たちに向かって叫んだ。


『これより“人間狩り”だ!地図にも載らない小さな村だという。この村を見つけ、もっとも多く狩った者に、金貨五十を与えるぞ!』


 ホウと唸る声がし、男たちの間からどよめきが沸き起こった。

 金貨五十もあれば、三年は遊んで暮らせる。

 これは良い余興だと一人はニヤリと笑みを浮かべる者もいた。

 その中で太った巨漢が満面の笑みをこぼし、ぶ厚い両手を大袈裟に叩いて拍手している。その様子を見ていた仲間の一人が巨漢の肩を叩いた。


『ガマザ、嬉しそうだな』


 言われて、ガマザというはげ頭の巨漢は笑みを大きくした。


『ニンゲン、ヒサシブリ、クエル。ニンゲン、クエル』

『おいおい、喰っちまったら競争にならんだろが』

『オレ、カネ、イイ。オレ、ハラヘッタ。ニンゲン、クエル……』

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