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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第6章「姫王子ルシフィ」
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二人の王国

 泉のほとりで気だるさに包まれながら、リリシアは衣服こそ着けたものの、くたびれて草むらに座り込んでいる。気だるさといっても、からだには先ほどまでの快楽の余韻が残っている。

 頭の中に痺れが残り、四肢の力を失ったまま、リリシアはその余韻を堪能していた。


「そろそろ、飯の準備しようか」


 先に着替えを済ませていたリュウヤが、座り込んでいるリリシアに手を差し出してきた。

 快楽の極地に導いてくれた手だと思うと、触れているだけでリリシアの肢体が耽美たんびな快楽を思い出して、自然と頬をすりよせていた。


「どうしたの」

「いえ……、この指の感触で色んなことを思い出しちゃって、つい……」


 リリシアの大胆な行動に欲情をそそられたのか、リュウヤはしゃがみこむとリリシアの華奢な体をぎゅっと抱きしめてきた。途端にリュウヤのぶ厚くたくましいリュウヤの腕や胸板の感触がリリシアの体へと伝わってくる。汗や体臭がリリシアの顔を覆った。

 リリシアは男の香りを胸一杯に吸い、そのままじっとしていた。反応の鈍いリリシアをいぶかしんで、リュウヤが声を掛けてきた。


「どうした?」

「ごめんなさい、リュウヤ様。私、ちょっとくたびれちゃって……」


 息を乱すリリシアに、リュウヤはごめんと焦るような声をだした。


「無理させちゃってごめんな。リリシアは少し休んでな。俺が飯の仕度をしてくるから」

「はい……。すみません」


 風邪引くなよと優しく言い残すと、リュウヤはリリシアの首筋に優しく口づけをして、身体を離した。

 リュウヤはリリシアの体を離すと、立ち上がってテントからバケツ持ってきた。リュウヤがそのまま泉から水を汲みに向かう姿を、リリシアはぼんやりと眺めている。泉の奥に半壊した家屋が見える。元は荘厳な装飾が施されていたのだろうが、今は見る影もない。

 以前、クリューネ親子が住んでいた家だという。

 この旅の目的である竜族の魔導書があの家のどこかにあるはずだが、一週間余り死臭が充満する竜の山で、ろくに寝食もできなかった二人にはそんな余裕はなく、簡単な家捜しをしただけで切り上げてしまうと、気持ちは旅塵を落とし、溜め込んだものを吐き出すことに移っていた。

 先程までお互いの身体を洗い、そして睦みあった泉は魔王軍の破壊活動から難を逃れ、現在も豊かで清涼な水が地下からこんこんと溢れ出している。

 枯れて黄色く変色した周りの草むらや、枯れ木が荒涼とした印象を与えるが、廃墟となる前は美しい景色だったのだろうとリリシアは思った。


 ――私たちの王国。


 リリシアの胸は、幸福感が満たされていた。

 周りには自分たちの他には誰もいない。襲ってくる魔物もいなければ、腐った死の臭いに悩まされるような、暗い洞窟でもない。清浄な空気と豊かで綺麗な水、太陽の暖かな光。

 そして傍らには愛する人がいる。


 ――ご飯が終わったら……。


 もっと甘えて、たくさん愛してもらおう。

 リリシアは流し目でリュウヤを見つめながら、緩慢かんまんな動作で自分の衣服を手にとった。ゆるゆると衣服をつけ、火を起こしているリュウヤの背後に近寄った。


「今日は何にします?」

「肉を焼いて豪勢にいきたいとこだけど、竜の山を越えたばかりだし、異が受けつけないかも。野菜中心のあっさりスープでいいか?」

「いいですよ。もちろん」


 言うなり、リリシアがリュウヤの背後にしがみついてきた。


「おい、どうした」

「私、幸せだなって」


 リリシアがささやくように言うと、振り向いたリュウヤと視線が絡み、二人は唇を交わした。しばらくして、そっとリュウヤが唇を離すと、続きは飯の後にしようよと照れくさそうに言った。

 リリシアは表情をほころばせて、「はい」と小さく返事をすると、リュウヤの手伝いをするために、じゃがいもの皮剥きに取りかかった。

 各々が作業に取り掛かる間、沈黙の時間が流れ、薪が弾ける音と野菜を切り刻む音だけが辺りに響いていた。

 小鳥のさえずりすらしない。

 なんという静けさだろうとリリシアは思った。そんな静寂の中にいる二人。改めて誰にも邪魔されない場所にいるのだと思うと、弾むような気持ちを抑えるのが必死だった。

 二人だけの世界。

 二人の王国。


「……結局、クリューネとは会えなかったな」


 リュウヤの呟くような声がやけに大きく聞こえ、リリシアの熱くなった心と身体に水を差した。

 何故、こんなときにあの女の名前を出すのかと思ったが、今のリリシアには余裕がある。

 もうリュウヤ様は、自分だけのものだ。あの女が入ってこられる場所なんて無い。

 私の勝ちだ。

 ざまあみろ。


「……会えるかどうかなんて、奇跡みたいな確率です。会えなくて当たり前じゃないですか。残念ですけど」

「まあ、そうだな」

「会えると思っていたんですか?」

「まあね」

「……」

「あいつ、竜の山からは登ってこないだろうから、バハムートに変身して、あの辺りの山を飛び越えて……」


 リュウヤが指差した方角に、ぬらりと暗く巨大な影が涌いた。巨大な影は長くて広い翼を生やし、太陽を背にして二人を覆い、上空を咆哮して旋回する。

 瓢箪ひょうたんから駒といった状況に、リュウヤもリリシアも呆然と巨大な影を見つめている。

 その影は鋭い角や牙を持ち、陽光を鱗に輝かせ銀色に光って見えた。


「な……」

「白い竜……。バハムート、クリューネか?」


 バハムートは雄叫びをあげ、ゆっくりと旋回しながら地上に降りてくる。地上まであと少しまでの高さとなり、体勢を立て直すために身体を揺すった時、『きゃっ!』と叫ぶ声とともに、バハムートの背中から人が転がり落ちてきた。


『いったいなあ……もう』

「……誰だ、お前」

『ぼ、僕はルシフィと言います。あの、その……』


 リュウヤはオーソドックスに身構えた。ルナシウスはテントの中に置いたままにしてある。

 いきなり警戒心を剥き出しにして構えるリュウヤに閉口しながら、しどろもどろにルシフィが説明しようとすると、背後から“騒がせてすまんな”とバハムートのくぐもった声が聞こえた。

 金色の光がバハムートを包んだかと思うと、光の塊は小さくなり、人型へと姿を変えていった。そして光が消失すると、にこやかな笑みを浮かべたクリューネが立っていた。


「そこのルシフィには、旅の途中で世話になっての。旅の土産話と、ここまでついてきてもらったんじゃ」「お前、今までどこにいたんだよ」

「聖霊の神殿でしばらく世話になっとった」

「聖霊の神殿?何であそこに」

「うん、まあ、その辺もおいおいとの」

「……そうか」


 クリューネの話の間も視線を逸らさず、構えも解かなかったリュウヤだったが、説明が終わると拳を引いてルシフィに頭を下げてきた。


「ルシフィだっけか。そいつは済まなかったな。尋常じゃない力を感じたから、つい、な。すまん」

『いえ、そんな……』


 ルシフィは手を振ったが、大した眼力だと感心していた。先ほどの構えにも全く隙が見いだせず、凄い人だなと思っている。


「俺はリュウヤ。クリューネとは結構な間、一緒だったんだ。で、こっちにいるのがリリシア。今回の旅のパートナー」


 ――ヴァルタスさん、リュウヤていう名前で暮らしているのか。


 ヴァルタスが変名を使っているのは、リルジエナの部下やムルドゥバで活動していたジクードから情報は入っていたのだが、前者からははっきりとしなかったし、ジクードは死んでしまったために判然としなかったのだ。

 ルシフィが、そんなリュウヤの顔を見つめていると、隣に佇むリリシアが、強い視線を送ってくるのに気がついた。

 自分の正体を疑っているのだろうかと、一瞬ヒヤリとしたが、それが疑惑ではなく嫉妬だということは、リュウヤにすがるようにして袖を掴むリリシアの態度と、その暗い瞳を見て何となく察した。


 ――女と思われているのかな。


 恋敵にはならないことを示すために、にっこりと友好的な微笑を浮かべるものの、リリシアはそっぽ向いてしまう。愛想のない子だな、とルシフィは思った。


「お、リュウヤ。飯つくっとったんか」


 ルシフィがリュウヤと話をしている間に、クリューネが鍋を覗き込んで匂いを嗅いでいる。途端にクリューネの腹から、か細く鳴くような音が響いた。


「とりあえず、先に飯にしようか」


 苦笑いするリュウヤに無邪気に喜ぶクリューネ。お相伴に預かりますと謙虚さを失わないルシフィ。


 ――せっかく、二人きりの王国だったのに。


 ただ一人、憮然ぶぜんとしているリリシアが、面白くもなさそうな顔をして三人の後ろについていった。


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