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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第4章「レジスタンス」
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竜を探す男

 リュウヤが、そろそろ行ってくるとジルに告げると、ジルは顔をしかめた。


「今朝も言ったけど、急ぎすぎじゃないのか。せめて、もう一日くらい休んでからにすればいいのに」

「大丈夫大丈夫。ホーリーブレスは利いたが疲れただけ。問題ねえよ」


 ローブを羽織るリュウヤを、ジルは心配そうに見つめている。

 廃墟となったクリキント邸の前にして、ジルとリュウヤが立っていた。

周りではレジスタンスの面々が稼働が可能な二体の魔装兵ゴーレムを使って、瓦礫の撤去作業や死体の搬送作業、行方不明者の捜索を行っている。

 住民から支持を得るために始めたこれらの活動は、リュウヤが提案したものだが概ね好評で、レジスタンスの反発やバハムートに対する恐怖は多少和らいで、魔王軍が原因にあるという雰囲気に変わっていた。

 といっても、現在行われている作業は、パフォーマンスの要素が濃い。

 作業や捜索といっても、レジスタンス関係者を対象に行われていたし、魔装兵がいるからレジスタンスが尽力しているように映るが、表に出ているのは一部だけで、残りは地下のアジトで移動の準備を進めている。


「それで、レジスタンスはエリンギアをいつ離れる」

「明後日だ」


 作業を眺めながら質問するリュウヤに、ジルはきっぱりとした口調で言った。

 エリンギアの半分がほぼ壊滅状態でインフラも防衛機能を失った今、いつまでもこの町にいるわけにもいかない。

 甚大な被害を受けた魔王軍もすぐには動けないだろうが、レジスタンスとしては、その隙に新たな潜伏先を求める必要があった。


「クリキント卿が手配してくれている。ニケアかモダルタか、明日の朝にははっきりするはずなんだが、それまで待てないか?」

「クリューネの身が心配だ。あいつ、強がっていても、泣き虫のとこあるから」


 冗談めかしてリュウヤは肩をすくめたが、ジルは付き合わず、じっとリュウヤに目を注いでいる。


「バハムートが……、クリューネちゃんが見せた力のことを心配してるのか?」

「まあ、少しはな」


 ジルの強い視線から逃れるようにして、リュウヤは顔を背けた。

 ジルがリュウヤやクリューネの肩を持ってくれるのは有り難く、何よりも心の支えになったが、ホーリーブレスによって焼き払われた町並みを見れば、暗然たる思いを払拭できないでいた。

 レジスタンスのメンバーはクリューネとリュウヤが竜族の生き残りと知っているし、今回以外でもクリューネはバハムートに変身して、仲間の危機を救ったことが何度かある。

 しかし、これまでレジスタンスが目にしてきた力は制御されたもの、人間の理解の範疇に納まる程度のもので、強くて助かる程度の認識でしかなかった。

 だが暴走し、リミッターが外れたバハムートの真の力と、それを防いだリュウヤの力は人間の理解の範疇を越えるもので、これまでの認識を一変させるものだった。

 実際、それまで親しかった仲間からでも、たった半日でリュウヤに向ける目が変化し、瞳の中に恐怖の色があるのを感じずにはいられなかった。

 態度からもリュウヤや竜族を露骨に拒絶する、見えない壁を感じるようになった。

 あのリリシアでさえも、リュウヤと目を合わせようとしなかった。医務室で一言二言交わしただけ。その言葉の響きにも、恐れがあったのをリュウヤは聞き逃さなかった。

 今朝、別れの挨拶に医務室へと行ったが、既に治療を終えて帰ったという。ジルに行き先を尋ねても、ウンと言葉を濁すだけだった。


 ――敬遠されたかな。


 仲良くしていたリリシアが今ここにいないのも、自分を恐れてのことなのだろうなとリュウヤのなかには寂しさがあった。

 共に戦う仲間から警戒され拒絶されては、これ以上、行動を共にするのは難しい。


「俺がいるだろ。それにまだ魔王軍と戦うには、お前らの力が必要だ」

「……狡兎死して走狗烹らる、かな」

「なに?」


 思わず日本語で口にした言葉が、ジルには何の意味かわからず、怪訝な顔をするジルにリュウヤは「何でもない」と首を振った。

 用済みになったら排除される、などと意味を知れば、さすがにジルは傷つき怒るだろう。


「とにかく、クリューネを探しだすのが先だ」

「手掛かりは東てだけか」「バルハムントも東だ。もしかしたら、首都のアギーレのどこかにいるかも知れない。もし違っていたとしても、アイツはアギーレに向かっているはずだ。きっと会えるさ」

「わかったよ。クリューネちゃんと一緒に戻ってこい」

「……ありがとうな」


 リュウヤが差し出した手を、ジルは力強く握りしめた。


 ――待っているからな。


 ジルの真っ直ぐな瞳と力のこもった指先からは、心強くなる意思が感じられた。輝く瞳が眩しかった。

 わからなかったから良かったものの、心にもない自分の失言が痛いほど胸に刺さってくる。

 リュウヤは手を離し、じゃあなと言った。


「さっきも言ったが、聖霊の神殿に連絡役を配置しておく。日曜日の祭礼に合わせて確認に行かせるから」

「わかった。頼む」


 レジスタンスの次のアジトがまだ決まっていないため、行き違いを避けるために、アジトとの連絡場所としてジルは聖霊の神殿を指定していた。


「それにしてもナギ様、レジスタンスのリーダーは知らないと言ってたんだがな」

「ナギさんは俺がレジスタンスのリーダーてことは知らせてないんだ。個人的に世話になったけれど。まあ、そのうち知るようになるだろう」

「知らせていれば、遠回りしなくて済んだのに」

「人の物語は、奇妙なすれ違いで構成されているのだよ。リュウヤ君」


 諭すように語るジルは、ニヤリと口を歪めてリュウヤを見た。

 リュウヤは軽く笑うと手を挙げて身を翻し、東へと歩いた。一度振り向くとまだジルが見送っていたので、また手を挙げるとジルも手を挙げて返してきた。

 それを最後にして、後は真っ直ぐ前を見て歩いた。

 鉄橋を渡り、避難で慌ただしく行き交う街の通りを過ぎた。時々、レジスタンス関係者とすれ違ったが、恐ろしいものと出会ったように目を逸らし、ぎこちなく挨拶してくるのがリュウヤの胸を刺した。

 どうしようもない孤独感に浸りながら街を抜け、やがて郊外に差し掛かった。風薫る青々とした草原に、両端に石垣が連なる道が一本。青い空から、暖かな日差しが大地を照らしている。

 しばらく歩くと、石垣の上に人影が映った。

 黒く長いポニーテールの髪が風で揺らぐ。包帯が巻かれた左腕は三角巾で吊るされ、黒装束に身を固めた少女が石垣に座って、リュウヤをじっと見つめている。

 リュウヤが少女に近づくと、少女はトンと地面に降りた。


「お待ちしておりました。リュウヤ様」

「リリシア、何でここに」

「もちろん、リュウヤ様のお供です。リュウヤ様とは、正パートナーですから」

「正」というところに力を込めてリリシアが身体を寄せてくると、リュウヤがまとうローブの裾を指先でそっと摘まんだ。


「私も、連れていって下さい」

「でも、そんな腕で……。それにジルは何も言わなかったぞ」

「私が口止めしたんです。腕だって、魔法で怪我自体は治っているんです。あとは慣らしをしていくくらいだし、明日になれば包帯なんていりません」


 でもな、と口を開いたリュウヤをリリシアが急に捲し立て始めた。


「私はクリューネより気立てがいいですし、私はクリューネより勉強家で努力家ですし、私はクリューネより料理上手いし、私はクリューネより計画性あるし、私はクリューネより寝相いいし、私はクリューネよりちょっと背が高いですし、私はクリューネよりちょっと胸だってありますし、私はクリューネより可愛いです!」


 呆気にとられるリュウヤを、リリシアは瞳を潤ませ、見開いままリュウヤを凝視していた。


「リュウヤ様のお役に立ちたいのです。連れていって下さい……!」


 二人の間をやわらかな風が走り抜けた。裾を掴む手に力がこもる。リリシアの大きな瞳がリュウヤを離さない。


「……わかったよ」


 そう言って微笑むと、リュウヤは再び歩き始めた。リュウヤの後をリリシアが付き従ってくる。


「ひとつ、質問いいか?」「はい」

「昨日、明らかに俺を恐れてたよな。距離を置いてた。それなのにどうしてついてくる気になった?」

「……思い出したんです」

「何を?」

 

 振り返ると、リリシアは風が薙ぐ草原を眺めながら歩いている。


「たしかに、バハムートもリュウヤ様も恐ろしかった。でも、リュウヤ様が私たちを守ってくれた時の背中をふと思い出して、そうしたら、これまでのことが過って、自分が間違っていたと思って……」

「……」

「これじゃ、駄目ですか?」


 いや、とリュウヤは首を振った。別れ際のジルの言葉が浮かんでくる。


 ――人の物語は、奇妙なすれ違いで構成されているのだよ。


 ジルのやつ、リリシアのことを知ってやがったな。

 水くさいと思わず苦笑いをしたが、不快とまでは思わなかった。反対にリュウヤの中で、孤独と寂寥感が薄らいでいくのを感じていた。

 支えてくれる存在のありがたさはわかっていたはずだが、その存在を感じる度に心が奮え、底の方から力が沸き立ってくる。


「リリシア」

「はい」

「これからも、頼むな」


 不意にリリシアの足が止まった。距離が空いてしまい、リュウヤは訝しげに、立ちすくむリリシアを振り返る。


「どうした?」

「いえ、こちらこそ!」


 リリシアは満面の笑みをたたえて、追い風とともに駆け出した。



  ※  ※  ※


 一年中穏やかな内海の海面に、大量の木材が行き場もなく漂っている。

 バハムートによって破壊された魔空艦の残骸だった。元は船体の一部らしい大きな丸太に、二本の白い腕が海面からのびた。

 白い腕が丸太を掴むと、もがくように這いまわり、やがでザブンと海面を割りながら、一人の男が丸太の上に放り出された。


『ガハッ…-、ハアッハアッ……!』


 喘鳴する男の衣服はボロボロだった。

 元はタキシードだったようだが、今は半袖短パンと呼んだ方が近いなのかもしれない。

 施していたはずの化粧もすっかり流れ落ち、カツラもどこかに消えて、いかにも中年男といったミスリードが横たわっている。


『もう……、死ぬかと思ったじゃない……』


 何度も深呼吸を繰り返していくうちに、激しく打ち鳴らされていた心臓の鼓動が徐々に落ち着きを取り戻していく。

 それでも身体に力が入らず、そのままうつ伏せになっていると、沈みかける陽を背にして、海面に人が漂っているのに気がついた。

 大きい。まるで山のようだった。


『あらま、アズライル様じゃないの』


 ミスリードは身体を起こすと、傍に浮かんでいた長めで幅のある板をオール代わりに、アズライルの傍へ漕いでいった。

 魔人化が解かれ、上半身が裸のまま気を失っているが、特にこれといった外傷が見当たらない。


『さすが軍団長』


 ミスリードはその頑丈さに、半ば感心半ば呆れてアズライルを眺めていた。


『そうだ。ボヤボヤしてらんないわ』


 ゆっくりしている暇はないと漸く気がついて、胸元でパンと軽く手を叩くと、ミスリードはアズライルを引き上げる作業に取りかかった。

 しかし、アズライルの巨体では、どうにもこうにも丸太の上にあげることができない。


『しょうがないわね』と、ミスリードは自分の上衣を丸太とアズライルの顎に引っ掛け、近くの陸地に向かって漕ぎ始めた。

 気持ちが安定すると、これまでの出来事が思い出され、沸々と怒りが込み上げてくる。


『まったく、私をこんな目に遭わして……、絶対に許さないんだからね!』


 唸るミスリードの後ろを、アズライルの巨体が引っ張られていく。


『クリューネにヴァルタス……、こっちじゃリュウヤちゃんだっけ?絶対、絶対にお仕置きしてやるんだから!』

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