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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第4章「レジスタンス」
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神竜、暴翔す

『うるさいわねえ』


 ミスリードは先ほどから衝撃音が鳴り響く、クリキント邸宅の方向を眺めながら呟いた。だが、七番街からでは距離が遠すぎて、何が起きているのか判然としない。


『ま、いいか。こっちはこっちで、ちゃんと仕事をとやらないとね』


 アズライルとリュウヤとの戦いが繰り広げられている最中だったが、ミスリードには他人事で、鼻唄まじりに屋根を軽い身のこなしで飛び降りた。

 ミスリードの足元でクリューネが大の字になっている。


『……このままあの子に触ったら、私の服が汚れちゃいそうね』


 クリューネを運ぶ算段をしたミスリードは、瓦礫の中に埋もれているクリューネの状態に眉をひそめ、周囲を見渡した。

 クリューネは煤と埃、落下した怪我でそこかしこ血だからけで、ミスリードは自分の手や服が汚れるのを躊躇していた。


『ちょっとお、誰かいないの?』


 声を掛けても反応はなく、荒涼とした瓦礫の山と化した街並には、しとしとと降りしきる雨音が聞こえるだけだった。

 生き残った住民たちは既に避難してしまっていたし、兵士たちは戦闘に巻き込まれるのを恐れて近づいてこれなかった。


『みんな情けないわねえ。それでも魔王軍の一員なのかしら』


 ぶつぶつと文句を言いながら、ミスリードはため息をついてクリューネに手を伸ばした。胸倉を掴もうとした時、突然、クリューネの身体が弾かれたようにビクンと揺れた。


『な、なに?』


 クリューネの身体が金色の光に包まれたと思うと、みるみる内に光は目が眩むほどの強さを増していった。

 ただ光っているだけでなく、発せられる金色の光から強烈なエネルギーを感じていた。


 ――何かヤバイ。


 ミスリードの本能が危険を察知して、慌てて飛び退くと、金色の光は膨張し見上げるほどとなっている。形も別の生物のシルエットへと変化している。

 まさか、と呟くなりミスリードは身を翻して駆け出した。

 噂には聞いていたが、あんな小娘ごときにと半信半疑でタカをくくっていたのだが、今はそんな自分を罵ってやりたいほど、甘く見た自分に後悔している。

 光が消え、背後から耳をろうすばかりの咆哮が響き渡り、激震がミスリードの身体を揺さぶった。


『まさか、まさかあれが伝説の神竜……』


 振り向くと、山のように巨大で血だらけとなった白竜が、ミスリードに向かって突進してくるところだった。大きく口を開き、喉の奥に白い光球が生じている。凄まじいエネルギーの量だった。


『ヤバイ、ヤバイ、ヤバイヤバイ、ヤバイ……!』


 ヒイイと悲鳴をあげながら、思わず身を屈め転んだ拍子にミスリードの頭上を巨大な光の柱が駆け抜けた。

 光の柱は半壊した家屋を次々に飲み込んで消失させ、海に到達すると白く巨大な爆光が膨れ上がり、海と大地を激しく揺らした。


  ※  ※  ※


 咆哮と激震はリュウヤたちのいる場所まで届き、目を向けると、七番街区で暴れ狂う白い竜と海から覗く光球が見えた。


「クリューネ……?」

『どこを見ている!貴様の相手は俺だぞ。ヴァルタス!』


 背後から迫ったアズライルの拳を、リュウヤは振り向き様にルナシウスを抜き打ちに放ち、拳を弾き返した。よろめいたところでアズライルの左肩に思いっきり斬り下げたのだが、鈍い音がしただけで斬った感触がない。


『ぐっ……!』


 アズライルは顔を歪め、その場で左肩を抑えてうずくまった。

 斬るまではいたらなかったが、木刀を叩きつけたほどの効果があった。

 手応えからすれば、アズライルの鎖骨を折ったはずだとリュウヤは感じていた。

 その光景を見て、魔王軍の兵士やレジスタンスの双方からはどよめきが起こった。特に魔王軍には、その声に動揺の色があった。


「やっぱり、魔人化した身体は、そう簡単には斬れないか」


 かつて、魔人化したジクードと戦った時は斬ることが出来たが、どこか雑念が混ざっていたらしい。

 リュウヤは苦悶するアズライルを一瞥したあと、咆哮しながら暴れ続けるバハムートに視線を戻した。

 不意に出現したバハムートのおかげで、リュウヤの中で先ほどまで燃え盛っていたアズライルに対する異常なまでの怒りは、幾分か静まっている。

 

 ――暴走している。


 バハムートのブレスは矢鱈目ったらと吐き続けているだけで、攻撃に目的が感じられないとリュウヤは思った。

 クリューネの身に何が起きたのかはわからなかったが、正常な意識があるとは思えなかった。


「ジル!」


 リュウヤが、バハムートを見上げたまま怒鳴った。


「仲間を集めて町から避難しろ。魔装兵は動くよな?」

「ああ、多分。しかし戦闘は……」

「俺たちの勝ちだ。魔王軍の連中を見ろ」


 リュウヤは顎で魔王軍を指した。

 突然現れた伝説の神竜とアズライルが負傷したことで、完全に戦意を失い、怯えた表情でバハムートを見上げている。

 ジルは彼らの表情を見るとわかったと頷き、通りで戦っていた仲間たちに「退却」の合図を送った。レジスタンスが慌ただしく逃げていくのを見送った後、自分はリリシアを連れて、魔装兵のところへと戻っていった。

 その様子を眺めていた魔王軍の兵士たちは、追撃したものかどうなのか、アズライルとバハムートを見比べながら、互いに顔を見合わせて牽制している。


 ――できれば、すぐに逃げ出したい。


 兵士たちの本音としては、厭戦気分が支配していた。


『アズライル様、大変よ!』


 甲高い男の声が響き、タキシード姿の中年男が青い顔をしながら向かいの屋根から跳んできた。

 ミスリード様だと、兵士の誰かが言った。

 リュウヤの姿にも気がついたが、構ってられないといった様子でアズライルの下に駆け寄った。


『アズライル様!あれ、クリューネ姫よ。バハムートよ!』

『見ていればわかる。狼狽えるな』

『でも、でも、でもどうするの。サイナス様とお話してここは……』

「サイナスは俺が斬った」


 捲し立てるミスリードを、リュウヤが横から遮った。目を丸くして呆然と見つめている。


『うそ……、でしょ?』

「嘘だと思うなら水門まで行ってみろ」

『ああ、なんてことでしょう。軍団長が討たれるなんて!目の前に神竜バハムートが迫っているというのに!』


 悲嘆にくれるミスリードの言動は、大袈裟すぎてリュウヤからは芝居のようにも思えたが、ミスリードの嘆きは魔王軍にある効果を与えていた。

 サイナス様が斬られた。

 アズライル様が負けた。

 神竜バハムートが迫っている。

 もうダメだ。

 やがて、ミスリードの嘆きに恐怖を煽られた兵士の一人が、武器を棄てて駆け出すと、恐怖が伝染したように他の兵士たちも武器を放り棄て、魔空艦が係留している庁舎方向へと雪崩をうったように走り出していった。


『待て、退くな!』


 アズライルの怒号も兵士たちの悲鳴に掻き消され、我先にと逃げていく。


「どうだよ。これで勝負あったな」

『くそ、ヴァルタス……。いい気になるなよ』

「そうだな。変身前の身体だったら、今ごろお前はサイナスのところにいるはずだった。このまま討ち果たしたいが、こっちも身が危ない。見逃すことになるから、いい気にはなれないな」

『ほざけっ!』


 アズライルが吼えたのと同時だった。

 灼熱の高エネルギーを持つ光の柱がアズライルたちがいる数百メートル先を猛進していった。

 光の柱は家々を焼き、逃げ出した兵士たちを呑み込み、大量の土砂を巻き上げ、凄まじい暴風がリュウヤたちを襲って、視界が真っ暗となった。


「……!」


 リュウヤは言葉も出すこともできず、吹き飛ばされないように必死で堪えていたが、風が治まって目を開けると、もうもうと立ち込める黒煙の中に、大地を抉られ焦土と化した光景が広がっていた。

 ぽっかりと抉られた穴を生き残った兵士たちが腰を抜かした状態で眺めている。


「どうやら、これ以上戦っている場合じゃなさそうだ」

『くそ……!』


 悔しさを露にしてリュウヤを睨みつけていたが、身の危険を感じているのはアズライルも同じだった。


『……この借り、必ず返すぞ』


 アズライルはそう言うと、ミスリードを介添えにして、魔空艦に向かって去っていった。負傷していても体力は他の兵士を凌駕し、軽々と屋根を跳び歩いて、あっという間に兵士たちを追い抜いていった。

 完全にアズライルたちの姿が見えなくなると、リュウヤは邸宅に視線を戻した。

 アズライルに叩きのめされた他の操縦士や機体も無事のようで、三体の魔装兵がリュウヤに向かってくる。

 剥き出しとなった操縦席から手で合図を送ってくるジルと、ジルの脇で身を潜めるようにうずくまっているリリシアの姿が見えた。


「ジル、他のみんなを頼む」

「お前はどうすんの」

「クリューネを何とか食い止める」

「食い止めるって……。いくらお前でも無茶だろ。クリューネちゃんなら、あと変身が解けるタイムリミットまであと幾らも……」


 ジルの言葉が不意に途切れた。異様な殺気を感じ、振り向いて言葉を失った。

 バハムートが巨大な口を開けて立っている。

 喉の奥に光の炎を蓄えて、今まさに、その力を解き放とうとしていたところだった。


 ――光った。


 光の瞬きを知覚した瞬間、全てを焼き尽くす膨大な熱量を持った高エネルギー波が押し寄せた。

 熱波に呑まれ骨まで蒸発する光の柱。

 逃れようもなく、ジルたちも先ほどの魔王軍の兵士たちと、同じ運命をたどるはずだった。

 だが、そうはならなかった。

 激震と轟音がリリシアの身体を包み、揺れで左腕の激痛を感じて顔をしかめたことで、自分が生きていることに気がついた。


 ――どうして。


 光の柱に呑み込まれたはずなのに。

 自分が生きていることを不思議に思いながら身体を起こすと、熱波が遮断され光の粒子が拡散して舞っていることに気がついた。

 リリシアの前に、イバラ紋様の魔法陣が浮かんでいる。押し寄せる熱波を一人の男が防いでいた。


「リュウヤ様……!」


 リュウヤはホーリーブレスを真っ正面から受けて、凄まじい圧力に頭の中が真っ白となっていた。考える余裕もなく、手足に力を込めろという本能からの声が聞こえるだけだった。

 クリューネのホーリーブレスを受けたのはこれが初めてだが、受けてみて神竜と呼ばれる理由がわかった気がした。

 これまでの攻撃魔法と異なる圧倒的な力。

 リュウヤは一撃を耐えるのに必死となっているが、バハムートはその一撃を何度でも放てるのだ。

 次の一撃が耐えられるかわからない。

 だが、とにかく今の一撃を耐えなければならなかった。

 そのためのほんの数秒間の出来事が、リュウヤには途方もなく長く続く時間のように感じられた。

 やがて、バハムートから放出された光の勢いが、衰えを見せ始めたかと思うと、潰されそうなほどの圧迫も震動も唐突に消え去った。

 あとにはリュウヤによって防がれたホーリーブレスは光の塵となり、雨の滴にキラキラと反射させながら宙に散っていた。


「カハッ……!」


 リュウヤは力が抜けて跪き、激しく肩で息をしながら、バハムートを見上げた。

 リュウヤは目眩を覚えるほどの疲労しているのに、早くも次のホーリーブレスを放とうと、口元に光の炎を蓄え始めている。ジルたちが逃れるには既に時間がない。

 しょうがねえなとヨロヨロと立ち上がると、リュウヤは無理して笑ってみせた。鉛のように重くなった腕を力無く掲げた。


「時間まで遊びに付き合ってやるよ、クリューネ」


 リュウヤがバハムートを睨み上げると、不意にバハムートが顔を背けた。


「……?」


 視線の先には、庁舎を離れて撤退を始めた二隻の魔空艦が飛行している。

 バハムートがリュウヤたちに目を向けている間、

既に魔空艦は海上の沖まで逃げていたのだが、バハムートは艦を視界に捉えると、一度雄叫びをあげ、巨大な翼を広げてそれを追った。

 嵐のような砲撃をしてくる魔空艦の攻撃に、バハムートはかわしきれず被弾し、或いは弾き飛ばされながらも、強引に、無理矢理、無謀といって良いくらいの突撃を仕掛ける。

 リュウヤが「もうやめてくれ」と悲痛に呻くほどで、二隻の正面に回り込んだ時には、おびただしい出血がバハムートの身体をまだらに染めていた。

 それでもバハムートは巨大な口を開け叫喚とともに、ホーリーブレスを魔空艦に放った。

 巨大な光の柱が魔空艦を呑み込み、爆発し融解させていく。

 ホーリーブレスが消え去ると魔空艦の残骸が、ホーリーブレスの残粒子と一緒に、寂しげな音を立てながら落ちていった。

 池に小石を投げ込むような音だと思った。

 よくやったとまでは言えず、リュウヤは素直に喜べなかった。

 バハムートの暴走は、アズライルさえも後退を決意させるほどだったが、町に及ぼした被害も大きい。

 また、クリューネの真の力を目の当たりにして、動揺したレジスタンスの仲間もいるはずだ。

 下手をすれば、クリューネも、自分も人間の敵になりかねないとリュウヤは思った。


 ――みんなと少し、距離を置いた方が良いかもしれない。


 今後について思案していると、上空から雄叫びが轟いた。 見上げると、雨が上がって、雲の隙間から陽光が射し込む空を背にしたバハムートが咆哮していた。


「クリューネ、どうした!」


 リュウヤは叫ぶも声は届かず、バハムートは狂ったように空を激しく旋回し始めると、そのうちにリュウヤたちの上空を過ぎ、東の空を駆けて雲の中へと消えていってしまった。


「クリューネ……」


 リュウヤはバハムートが消えた後も、呆然と東の空を見上げていた。

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