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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第4章「レジスタンス」
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それぞれの決戦

 リュウヤとクリューネが風を巻き、疾走する。

 突然の事態に右往左往する人波を、すり抜け飛び越え、黒煙立ち上るクリキント卿の邸宅を目標として駆けていく。

 駆けながら、リュウヤはルナシウスの鯉口を緩めた。

 ところで、と傍らを駆けるクリューネが叫んだ。


「敵の大将はわかるのか」


 わかるさとリュウヤが自信ありげに怒鳴り返す。


「どうせ、偉そうにふんぞり返っている奴だ」

「……」

「クリキント卿を俺たちのことを聞き出すために、あの邸宅に必ずいるさ」

「大した推測だの」


 当てずっぽうのような雑な推測に、クリューネは思わず失笑したが、それでリュウヤを疑ったわけではない。リュウヤの左後方に、従うようにして駆けていく。

 クリキント邸は魔空艦が停泊する庁舎から西の高級住宅街にある。

 二人は長い鉄橋を人浪に逆らって走る。

 その中で若い女たちと、その後ろから剣を振りかざして追ってくる兵士の姿が映った。

 その数は五人。

 女たちは主従の関係らしく、一人はメイド服、主と思われる女は乳飲み児を抱えていた。やはり、その足では足の進みものろく、悪鬼のように顔を歪ませた兵士たちは、女たちの背後まで迫っていた。

 リュウヤは足に力を込め、わずかに腰を沈めると一気に跳ねた。

 女たちの間に風が吹き抜け、キラ、キラとした星が瞬くような光を女たちは目にした。その後、崩れるような音がし、恐る恐る振り返ると五人の兵士たちが地面に倒れている。

 死体の向こうを、リュウヤが後も見ず駆けていく。


「橋を渡って三番埠頭に行け!」


 クリューネは走り過ぎながら女たちにレジスタンスのアジトの場所を告げると、リュウヤの後を追った。

 再びリュウヤの背に迫った時には、リュウヤに斬られた魔王軍の兵士の死体三つ転がっていた。

 鉄橋を渡りきり、クリキント卿の邸宅付近に近づくにつれ、絶叫悲鳴罵声怒号の声が増していき、漂う煙のくすんだ臭いが鼻腔を刺激する。


「気をつけろ。敵は近いぞ」


 クリューネがそう言った時、激しく燃え盛る炎の塊が、雨のように上空から降り注いでくるのが見えた。


「リュウヤ、来たぞ!」

「ちいっ!」


 リュウヤは結界を張り、炎の雨を弾いて飛び退くと、黒い影がリュウヤに殺到してきた。

 白い閃光が奔り、リュウヤは刃で閃光を受け止めると強大な力がリュウヤを圧してきて、閃光を放ったと思われる銀髪の男と鍔迫り合い状態となっていた。

 甲冑の左肩に、魔王軍の将たる証である鷲の紋章が見えた。


『そのクリスタルソード……。ベルサムのものだな』

「貴様は、魔王軍の大将さんかよ」

『我が名は第四軍団長サイナス。見たぞ、イバラ紋様の魔法陣……、紅竜ヴァルタス!』


「リュウヤ!」


 クリューネが魔法で援護しようと印を結んだ時、再び炎の雨がクリューネに襲い掛かってきた。

 

「しつこい!」


 クリューネは雷鞭ザンボルガで魔法を打ち消し逃れることができたが、そのせいでリュウヤとの距離が開いてしまった。

 三度目の炎の雨を凌ぐ間に、リュウヤサイナスは互いに凄まじい攻防を繰り広げ、場所を飛び回るように移動してしまっている。

 ここからでは容易に追いつけない距離となっている。


『あなたのお相手は、私よん』


 近くの民家の屋根から甲高い男の声がした。見上げると、屋根の上にシルハットにタキシード姿の男が一人佇んでいた。

 だが、その男は化粧を施し、身を奇妙にくねらせている。


『私の名前はミスリード。サイナス様の側近、副将。彼氏がヴァルタスなら、あなた、クリューネ姫よね?』

「……そうじゃ」

『どちらかというと彼氏のがタイプなんだけどね。仕方がないから、私があなたと戦ってア・ゲ・ル』


 明らかに中年と思われる年齢なのに、しなをつくってウィンクしてくるミスリードに吐き気を催し、何となく気も削がれた。

 ウェッ、と思わずクリューネが呻く。


「オカマが相手か」


 その途端、ミスリードの目が血走り、鬼のような怒りに満ちた顔つきとなった。狂気のような殺気が痩身の身体から吹き荒れる。


『オカマって、オカマって……、オカマって言わないでちょうだい!』


 突然、ミスリードは金切り声で絶叫すると、大量の炎の雨を上空から降り注がせた。

 だが、怒り狂ったミスリードの魔法攻撃は制御が利かないらしい。クリューネだけでなく、援護しようと駆けつけた魔王軍の兵士をも巻き込んでしまっていた。

 クリューネは寸前で結界で凌いで逃げたものの、兵士たちは予想しない味方の攻撃に焼かれ、半死半生となって路上に転がっている。


「こいつ、味方までも……」

『あらやだ。後でサイナス様に、取りなしてもらわないとね』


 我に返ると、ミスリードは悔いた様子もなく陽気に笑う。その冷酷な陽気さに、クリューネの背に冷たい汗が流れた。

 味方を巻き込んで何とも思わないらしい。危険な相手だと、クリューネの本能が告げていた。

 ミスリードは血のように真っ赤な唇を歪ませニンマリと笑ってみせた。


『……さあ、これから私と一緒に楽しいダンスを踊りましょ』


  ※  ※  ※


『……どうした、カーマ』


 ダーク・ベヒーモスの一頭、雌のカーマが唸り声をあげるのに続き、雄のタールがクリキント邸宅の門を睨むのに気がつき、アズライルはカーマの視線を追った。


 クリキントの邸宅に突入した兵士たちがクリキントを探しすために、残された使用人たちを庭で拷問、あるいは八つ裂きにしている光景は目に入っているが、二匹がそんなものに動じないことくらい、アズライルにはわかっている。

 カーマやタールの唸りには警戒と、そして恐怖の色があることにアズライルは驚いていた。

 これまで、二匹はどんな強敵にも恐れず、猛進し敵を駆逐してきた。主人であるアズライルにも時には扱いかねるほどの猛獣が恐れを見せている。


 ――もしかして、奴らが現れたのか。


 ある事に思い至ると、アズライルの心身に、緊張感がはしり身震いを起こした。緊張感は高揚感を伴って、アズライルに力を与える。


『……ヴァルタスとクリューネか』


 破顔一笑、アズライルは嬉しくて仕方ない言わんばかりに肩を揺すって笑っている。その内、外から血だらけの兵士が邸宅の庭に駆け込み、『ご報告!』と咳き込みながらが鳴りたてた。


『サイナス軍団長がヴァルタスと思われる者と交戦中!現在、三番街区の水門付近まで移動!』

『ヴァルタスに間違いないか』

『イバラ紋様の魔法陣を確認しております。間違いなく奴かと……』

『サイナスの言った通りか』


 サイナスはレジスタンスがクリキントの救出に来ると考え、邸宅と鉄橋の間にある広い通りまで兵を進めてレジスタンス掃討の指揮をしていた。


『しかし、羨ましい。……クリューネはいるか。ヴァルタスがいるなら、奴も近くにいるだろう』

『らしき者がいますが、魔法攻撃が魔王軍にも被害が及び近づけず、詳しくは確認できません』


 わかったと言って、伝令の兵士を戦場に戻らせると、アズライルは自分の拳をパンと叩き、兵を呼び集め部隊長に命じた。


『俺はカーマとタールでサイナスの下に向かう。貴様らはクリューネに当たれ』『しかし、軍団長、動くなら、サイナス様にクリキントを探し、レジスタンスの情報を聞き出してからだと言われたではありませんか』


 部隊長の言葉に、短気のアズライルはカッとなり、部隊長を睨み付けた。


『何だと、貴様。俺に逆らう気か?』


 言うなり、アズライルは部隊長の頭を拳で吹き飛ばし、怯える副隊長の尻をを蹴飛ばすようにして出撃させてしまった。

 生来の武人であるアズライルとしては、将として悠然と構えて指揮するなど性分に合わない。剣と魔法の中でこそ、生きている実感を味わえた。


『……と、その前にだ。そこの茂みに隠れている奴、出てこんか』


 アズライルは樹木が生い茂る庭園の隅に目を向けた。ベヒーモスが茂みに唸り声をあげると、観念したように茂みが揺れ、人影がひとつ現れた。

 正体までは予想していなかったらしく、アズライルはホウと意外そうに目を細めた。


『女のガキか。名前は?』

「……リリシア。リリシア・カーランド」

『他の連中に知らせなかったのは、たった一人で乗り込んで来た豪胆さを誉めてやりたかったからだが、ガキとはな。人間も人手なしか』

「ここには、自分の意思できた。お前たちを倒すために」


 リリシアはリュウヤたちを追ってきたのだが、戦闘で見失ってしまい、一人でクリキントの邸宅に向かって潜入していた。

 隙をついてアズライルを暗殺するつもりだったが、それも見破られていた。


『いいだろう。その言葉、気に入った』


 アズライルは闊達に哄笑すると、ベヒーモスを手で制し無造作に近づいてきた。分厚い壁、巨大な岩石が迫ってくるような威圧感が恐怖となってのし掛かってくる。

 だが、リリシアは息をつき、拳を握りしめて恐怖を。


『人間だろうが貴様の勇気に敬意を表して、俺が相手してやる』


 言葉が終わると同時に、鋭い衝撃がアズライルを襲った。アズライルの顎が打ち抜かれ、巨体が揺らぎ膝が崩れかけた。


『な……』


 一瞬とんだ意識のなかで、リリシアの両拳に光の魔法陣が浮かんでいるのが見えた。


 最上位防御魔法“神盾ガウォール”。

 どんな重い衝撃でも破壊されない強靭な盾となる魔法。


『盾を武器にしたのか。小癪な奴だ。だがな……』

「相手してやるとは、お話の相手?」


 リリシアの挑発にアズライルが乗った。

 奥歯を鳴らし、目を見開いてリリシアを凝視している。ビリビリと先ほどより凄まじい殺気がリリシアを襲ってくる。


 ――元より死は覚悟。


 リリシアはアズライルから目を離さず、腰を沈めて身構えた。

 長い闘いが始まろうとしていた。

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